不妊治療の軌跡①   の続きです

 

   2022年5~6月に妊活目的でレディースクリニックを受診

   その後、2022年10月から体外(主に顕微授精)を本格的に開始しました

   2025年2月に無事出産し、私の不妊治療(体外)もこれをもって終了です

  (元々40才までは頑張る、と夫婦で話し合っていた)

 

   その間、色々な事がありました

   初めての陽性判定、後期流産での我が子との別れ

   

  文章が読みにくい所がたくさんあるかと思いますが「こんな人もいるのか~」というような感覚で見て行ってくれたらと思います

 

 KLCでは、誘発剤はクロミッドのみの内服で注射なし(私の場合)

 内服のみで良い、というのはかなり良かった目どうやらAMHが低いのもあって、無理に注射はしない様子。やる人はやるらしいびっくり

 内診&診察室のある階(確か5F)に設置されているモニターで注射の仕方とか注意事項の動画が流れていたテレビ

 

 採卵は無麻酔、ということもあり最初は大丈夫かな凝視と終始ドキドキしていたけれど

 採卵前の消毒する時がかなり痛く、その後の採卵の時は

「あれ、こんなもんか~びっくり

 というくらい痛みは感じなかった驚き

 

 ちなみに、KLC転院後初めての採卵では成熟卵3個ニコニコ

 鍼の先生は「いいじゃないニコニコ」と言ってくれた

 今までのクリニックや不妊治療界隈では「3個なんて少なすぎる」と言われるのが一般的なんだろうけれど、鍼の先生は決して「採卵の個数が少ない」とは言ってこなかった

 

 その3つの成熟卵、全て顕微授精が良いでしょうとの事でそれでお願いしますと培養士さんへ伝え

 通常の顕微授精よりも高倍率なやり方で選別できるという『IMSI』という方法を取り入れてもらい、もちろん『タイムラプス』も(KLCでは全員タイムラプス使用できるらしい。前院ではできなかった)

 

 まだ1回も移植をしたことがないため、保険は残り6回(KLC受診の37才当時)

 AMHも低く、このまま移植できずに40才を超えると保険回数は3回になってしまうので、今の内に1回でも移植しておきましょうダッシュ

 ただ、3個しか採卵できず、前のクリニックでも胚盤胞にならず全滅してしまった経過があるため

 まずは『初期胚移植』をしてみることに。そして胚盤胞になったらそれを移植する。ならなかったらまた採卵から始める。という流れになった。

 

 結果としては、初期胚移植では陰性に終わってしまったもののKLCへ結果を聞きに行った時に先生から「次の胚盤胞が本番ですからニコニコ」と一言もらえた

 

 3つの成熟卵のうち、1つは初期胚移植に使用し1つは途中で培養中止

 胚盤胞凍結は1つだった目

 

 KLCでは採卵後の培養経過をアプリで確認することができ、凍結の確認もそのアプリからできる。

 緊張だったり諸々あって、凍結結果の確認は旦那にしてもらったが「これは心臓に悪いよ~えーん」と言いながら見てくれたのだった照れ

 

 そのたった1つの胚盤胞を移植し

 1週間後に結果受診

 

 結果はhCG61で陽性判定をもらうことが出来たびっくり

 その後、胎嚢確認、心拍確認も順調に進み

 

 陽性判定時に渡されるピンクの用紙、卒業時に渡される黄緑と水色の用紙と封筒(黄緑は妊娠22~23wで記入、水色は1か月検診の後に記入するやつ)

 インスタで時々見かけていたそれらの用紙を自分も手にし、なんだかまだ信じられないような

 それでも、妊娠初期からの悪阻がそれは現実だと教えてくれているような魂が抜ける

 

 そんな思いをしながら、私はKLCを卒業していった

 

ちなみに、妊娠初期からひどい悪阻があり

通常時は電車で約1時間~1時間30分の通院時間だったものが、最終的に3時間以上かかっての通院となった。

特に、山手線はきつかったネガティブ

多分、一駅ごとの間隔が短くて

 発車⇒停車⇒発車⇒停車

が細々とあるから、余計に酔いやすかったのかも知れないネガティブ

 

 

 胚盤胞を移植したあとからはサプリをエレビットに切り替えたり、胎嚢確認後からはエレビットDHAを追加して飲んだりしていた

 

 

 

下差し⑤以降書きました

卵子凍結しようかどうしようか悩んでました。当時、、、

 

初めて通院し出した頃の話です(地元)。AMHが低すぎて50代と言われたよ…えーん

 

22週未満は”流産”のため、延命治療は何もできない

 

たった1週間なのに、永遠に感じた日々
 
 
 
 
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