一日一冊を目指してスタート。
フランス・イタリアの旅11
4月8日(木)帰国
15時35分に現地を発った飛行機は10時半に成田に到着した。
帰りは飛行機で羽田から秋田まで帰る。17時45分までかなり時間はあるが、疲れきっていたので、すぐさまリムジンで羽田に向かい、トランクの中を整理したり、郵便局にいったりと、用件をさっさとすませて、荷物を預け、搭乗口の前でぐったりとしていた。
不安から始まった10日間の旅、言葉が通じないことの難しさを改めて実感した。
食を探求する目的は言葉の壁で十分達することができなかったが、初めてのヨーロッパ、少しは生活した気分を味わった。
フランス・イタリアの旅10
4月7日(水) コロッセオへ
ホテル自体がこじんまりとしていたので朝食会場もとても小さかった。でもこの旅で初めてケーキが・・・早速食べた。11時52分の列車で空港に向かうので11時にはお昼ご飯を食べたいから、朝は軽めにしようとムースだけにした。
また昨日みたいに道に迷うかもしれない。早めに観光にでよう。8時半にはホテルを出発しコロッセオまで歩いた。
ローマは1日の気温の差が大きく、朝は手袋が必要だ。日中は日が照りつけ、袖をまくるほどだが。
今日は道に迷うことなく、20分間ほど歩きコロッセオに着いた。9時からだが既に人がいた。フォロロマーノ(古代ローマの中心部)、近くのパラティーノの丘の観光がセットになっていて入場料12ユーロ。コロッセオは圧巻だった。
コロッセオを出てフォロロマーノにいったが、あまりにも広大で周りきれなかった。花が咲いていて公園のようだった。遺跡に興味のない私でも軽く1時間半はかかってしまった。
チェックアウトは11時までなので、帰り道でまた迷うかもしれないことも考えると10時にはここを発たないと。
迷うことなく10時半にホテルに着き、チェックアウトした。そして昨日見つけた駅近くのお店で9ユーロのセットメニューを頼む。
スパゲッティにサラダ、フルーツ、コーラ、カフェラテがついている。でも安ければ安いしかない。アラビアータは普通の味、日本で食べるより少し辛いかな、と感じるくらい。サラダもおおざっぱにざく切りされていて、フルーツもそのまま丸ごと出された。カプチーノが一番おいしかった。
11時半近くになったので急いで店をでて、すばやくプラットホームへ。昨日のうちにホームを確認していてよかった。まるで受験の前日の下調べのようだ。
列車はすいていた。30分で15ユーロは高いからかな。それにしてもヨーロッパの列車のデッキはどうしてこうも高いのか。高くて3段もある、20kgの荷物を上げ下げするのは困難だ。男性が手伝ってくれるのでありがたかった。日本ではこのようなことはないな、と思ったが、日本の電車はもっとバリアフリーだから当然か。
空港についた。ターミナルは3つにわかれていて、私の搭乗口はG。でも免税手続きをHで行わなければならない。アルファベットが1文字違うだけでかなり距離がはなれているのに。しかも14時20分の搭乗まであまり時間がないのに。
免税手続きは初めてで、とまどいながらも税関でスタンプをもらい、手続きカウンターにいく。やはりパスポートとクレジットカードの苗字が違うことを指摘されたが、「これは結婚前の苗字である」と何とか説得した。実物を見せる必要もなく、免税の手続き書類とレシート、そしてクレジットカードを提示するだけですんだ(念のためパスポートのコピーはとられたが)。
Gゲートに行くにはモノレールに乗らなければならず不安だった、14時半に搭乗開始。帰りは3列を陣取ることはできなかったが真ん中に誰もすわらずよかった。
フランス・イタリアの旅9
4月6日(火) ローマ市内観光
6時すぎには明るい。ナポリの朝は早い。7時頃になるとカフェはあき、人通りも多い。
今日は雲ひとつもないすばらしい天気。あーあ、これが昨日だったらな。今日のアマルフィは最高だろうな。ものすごく残念。
8時にチェックアウトし、ホテルのすぐ近くのバス停でナポリ中央駅行きのバスにのる。8時40分駅に着く。
ジェラートを食べたかったな。ローマ行きの列車の発車時刻(9時50分)までだいぶ時間がある。大きな荷物があるものの、食い意地のはった私は少し周りをあるいてみる。カフェはあるがジェラートはない。あーあ。
ローマ行きの列車はミラノまで行くので満員で立っている人もいる(ナポリからローマまでは44ユーロ)。ボックス席なのだが、私のボックスだけでなく、ほかのボックスも見知らぬ人が話している様子はなかった。携帯をいじっている人もいる。みな一人の世界だ。日本もどこの国も同じだな。車窓からはやはり桜が咲いているのが見えた。
11時、ローマのテルミニ駅に着いた。どでかい。明日、フィウミチーノ空港まで列車でいくので、まずはその乗り場を確かめた。
私が泊まるホテルは駅の近くとはいえ、看板が目立たずだいぶ探した。12時すぎにチェックインをして早速外にでる。
ローマも天気がよかった。長袖シャツだと熱い。スペイン広場に向かうはずが、トレヴィの泉に着いた。
ローマの街はわかりにくく、地図を見ても理解できず、途中途中で人に聞きながらスペイン広場についた。さすがに観光名所、たくさんの観光客がいた。
まずはお腹がすいていたので昼ごはんを食べよう。本場のカルボナーラを食べないと。
近くのレストランに入り、カルボナーラ(10ユーロ)を頼んだ。本場のカルボナーラはこれまで味わったものと全く異なり、クリーミーではなく、黒胡椒がきいたスパイシーなもの。厚切りベーコンがとてもしょっぱかった。なによりもの違いは生卵ではなく卵の黄身のそぼろがふりかけられていたこと。
もう一品、名物のサルティンポッカ(14ユーロ)もせっかくだから食べる。これは焼いた仔羊肉のスライスに生ハム、ソーセージがのって白ワインのソースをかけたものである。ソースはとてもおいしかったが生ハムがやはりとてもしょっぱかった。おなか一杯。
昼食をとり、ゆっくりスペイン広場を散策した。
付近に食材店を見つけたので入った。さまざまな調味料があり、見ているだけでも楽しかった。日本の調味料もあり、お米はまたまた「あきたこまち」。それを手にしている人がいたのでついつい「私の故郷です」と声をかけた。「おいしいですか」と聞かれたので「はい。値段も同じですよ(5kgで18ユーロ)」と商売してしまった。
ここで黒トリュフを発見。夫も私もトリュフを食べたことがないのでせっかくだからホールのまま買った(3粒入りで19.5ユーロという高級品)。お店の人にどうやって食べるかをきいたら、パスタやリゾットに使う、とのことだった。(オリーブ付けされている黒トリュフを使いバスタを作ったが、味は缶詰のマッシュルームのような感じだった)。
世界最小の独立国、キリスト教の総本山ヴァチカン市国に向かう。サンピエトロ大聖堂は人も多かったが、ドーム型の屋根、白い壁がとてもきれいだった。
暑かったこともあり、念願のジェラートを食べる。カッサータ(リコッタチーズにドライフルーツが入ったお菓子)味のジェラートを食べる。スモールサイズのシングルとはいえ食べ応えがある。
ホテルまで歩いて帰ろうとおもったが、また道に迷ってしまった。人に聞いてもよくわからない。外はまだ明るいものの、20時前にはホテルに着きたかった。
バス停で女性に聞いたところ、反対側のバス停を指し、乗るべきバスの番号を教えてくれた。ローマのバスは75分間有効で1ユーロである(ナポリは90分間で1.1ユーロ)。
テルミニ駅に着き、近くのピッツァリアでパニーニ(2.5ユーロ)を買う。ピッツァリアとはいえ、パスタも売っているし、ピッツァもパニーニもいろんな形がある。ナポリで目にしたが食べ損ねたアランチーノ(トマト味の米を詰めこんだライスコロッケ)も買った(1.1ユーロ)。パニーニもパンがしょっぱく、コロッケもしょっぱかった。
フランス・イタリアの旅8
4月5日(月) ナポリ郊外観光へ
5時半過ぎに起きる。7時にご飯を食べ、7時半ころ外でナポリ名物「ババ」(ラム酒付けしたきのこ型のケーキ)を買う。1ユーロだったが手元に小銭がなく、お店もおつりがなかったので「いいよ」とただでもらってしまった。後で返さないと。
8時半過ぎに今日の「ポンペイとアマルフィ海岸めぐり」のツアーバスが来た。
今日のツアー客をピックアップし終えたところで、ガイドが突然、「アマルフィ海岸は道が狭く、今日は休みで混んでいていくことができなくなった。ヴェスヴィオス火山に行くか、ナポリに戻るかどちらか選んでくれ」といわれた。しかたなく火山を見に行くことにする。
ポンペイでは、魔女のようなどぎつい化粧に、へそだしルックの年齢不詳、ちょっと色気のあるガイドさんに案内された。イタリア語なまりの英語で、かつ天気も悪く寒く、とくに遺跡に興味はなかったので、早くバスに戻りたかった。
ツアーバスはナポリに戻る客を乗せ一度市内に戻った。残された客、遺跡の入り口付近のレストランで昼食をとった。
私はドイツ人親子3人と一緒のテーブルにされた。居心地が悪く、どこにご飯がはいっているのやら、という感じだった。
トマトソースのスパゲッティが出てきた。次は肉か魚で、魚を選んだら海老とイカのフライだった、最悪。後はサラダとアイスクリーム。普通の味。
周りは日本人団体旅行客がいて、なんだか気恥ずかしかった。2時間くらいレストランで待ち、やっとバスが戻って来た。
それにしても海を見るのがメインだったので今日は本当に残念だった。まさか山に行くとは思わなかった。しかも、ヴェスヴィオス火山に変更したので、5ユーロ追加料金をとられた。最悪なのは、天候が悪いというのにここに来てなにをしろというのだ。さらに現地で入山料として4ユーロ必要とのこと。
もうここまできたらやけくそだ。凍えるくらいの寒さのなか、白い霧で視界が悪いなか、頂上まで登った。結果、撮れたのは真っ白い頂上で苦笑いをしている私。
バスに戻り入山料4ユーロを支払うため10ユーロ渡したところ、運転手が「チップ?」と。そのつもりじゃないことをわかっているくせに・・・でもいえなくて渡した。
ホテルに戻り、朝のお店にお金を返しがてら、そこでラザニアとちょっとしたお菓子を買って部屋に戻って夕飯を食べた。
フランス・イタリアの旅7
4月4日(日) ナポリへ
朝5時におき、朝食代わりにお菓子を食べ、準備をしているとあっという間に6時になった。早めに出ることにした。
治安は悪そうではなかったが、朝は暗いので、足早に駅に向かった。
シャトレー駅は既に混んでいた。前の日に時間を確認して切符も買っていてよかった。
6時42分列車に乗ると、30分もかからずにナポリ空港についた。荷物は20kg弱、すれすれだった。
ターミナル2に着くもののチェックインカウンターFまで相当歩いた。シャルル・ド・ゴール空港の広さを改めて実感した。
カウンターは既に混んでいた。早めに行動してよかった。チェックインを終え8時にようやく一息ついたので、コーヒーを飲んで待つことにした。
9時35分に離陸し、11時50分、ナポリのカポディキーノ空港に到着。予想していたよりも何もない空港であった。というかシャルル・ド・ゴール空港をみてしまえばどこの空港だって小さく見える。
空港の手際は悪く、手荷物も同じものが3周もまわり、やっと第2段の手荷物が回り始めた。私が荷物を手にしたころにはすでに12時半近くになっていた。
今日のホテルはムニピチオ広場の近くなので、空港の案内所に広場行きのバス乗り場を聞いた。バスは「今出発するのが最後」との話だったので、あわてて教えてもらった乗り場に向かう。
だが一向にこない。大きなトランクを持っている人が待っているし、近くにいる人に「広場に行くバスか」尋ねると、「そうだと思う」とのこと。
そうこうしているうちに、13時にやっとバスが来た。乗ったのはいいものの、アナウンスもなく、不安そうにしていたら、親切なおじさんが降りる場所を教えてくれた。ムニチピオ広場からホテルまでは遠くないのだが、石畳でトランクを引きずって歩くのは大変だった。
私の部屋は22階だったので、ナポリ湾がよく見渡せた。しかし30階建てのこのホテルは正直この街の景観を損ねていた。
お昼の時間もとっくに過ぎていたが、本場のピザを軽く食べようと、近くのピザ屋に言った。「1人前ほしい」といったところ、「1人前ならとなりのレストランで」といわれたのでそこにいった。
私としてはコーヒーとピザマルゲリータ1人前を頼んだつもりだった。しかし、なぜかワインがでた。さすがに断り、ミネラルウォーターにした。しかもピザは直径30cmもあるものが1枚どんと出てきた(合計7ユーロ)。
やけ食いしてたいらげた。本場の味なのかわからないが、モッツアレラチーズがしょっぱかった。おなか一杯だ。言葉が通じないと文句も言えないし、くやしい。
復活祭なので店はほとんどしまっていると思ったが、開いている店のほうが多くて安心した。まだ明るいうちに、駅方面に向かって歩いてみよう。
治安が悪いといいていたので大きい通りを歩きながら、小道をのぞくと、洗濯ものを外に干している光景が目に付いた。風が強いのでよく乾きそうだとおもっていたら、天気が悪くなってきた。
ナポリ名物のカフェノッチェラートを飲みたかったので近くのカフェにいく。
ノッチェラートとはヘーゼルナッツクリームでそれをエスプレッソにたっぷりと入れたものである。めちゃくちゃ甘い。立ち飲みしかできないお店だったので、私も立って飲んだ。われながら様にならない。
ホテルの部屋に戻る。今日はもう外食するほどおなかがすいていない。
のどが渇いたので近くのマックでミネラルウォーターを買う。100円マックらしからぬ1ユーロマックである(そういえばフランスのホテルは冷蔵庫なかったな)。
フランス・イタリアの旅5
4月2日(金) パリ市内観光
朝7時半ホテルを出発。地下鉄の駅はもう人がたくさん。最低気温4度、最高気温11度。今日も寒いな。
今日はベルサイユ宮殿とマルシェ(市場)めぐり。日本語ガイドが送迎するので日本人も多く、日本語を久しぶりに聞いた気がする。
ベルサイユ宮殿には9時半ころついた。日本語のイヤホンガイドを受け取り、11時15分まで自由見学なのでゆっくり見る時間があった。きらびやかな宮殿と思ったが、たいして感銘を受けなかった。私には美術館や博物館めぐりは合わないようだ。だいたいフランスに来て、美術館にも、モン・サンミッシェルにもいかない人っているだろうか。
宮殿の外にでると既に長蛇の列ができていた。早めに来てよかったと思った。
ベルサイユ宮殿を出発し、15分くらいでマルシェに到着。30分間自由見学をした。果物や野菜、肉、魚、あらゆるものが売っていた。買い食いするものはなく、しかも寒かったのでゆっくり見ずに、足早にバスに戻った。
バスは1時近くにオペラ座に戻り解散。目指すはペコンさんから教えてもらった「十時や」。雨がぱらつく中、探しまわった。
ペコンさんが言っていたとおり、「国虎や」も札幌ラーメンも行列で、ほかにもたくさん日本料理の店があった。
「十時や」にたどり着いた。「十時や」はすごく勉強になった。から揚げ、ハンバーグ、焼き鳥、とんかつ、コロッケなど主菜に、客が好きな副菜を3品選ぶ。店員の後ろにはレンジがあり、温めなおして出すしくみ。これならやりやすいかもしれない。
私はから揚げ定食を頼んだ。8.5ユーロ。副菜はきゅうりと若布の酢の物と、もやしいため、それから煮物。日本の味付けそのままだ。ご飯の量も2杯分くらいはあった、お米はなんと偶然にもあきたこまち。店内では日本の調味料やお菓子も売っていた。テイクアウト用におにぎり弁当やとんかつ弁当もおいていた。
フランスのイートインはファーストフード店のようにセルフサービス。そのほうがお客も気を使わないし私は好きだ。店員は4、5人くらいいた。私もがんばろう。
店から出ると雨が激しくなっていた。しかも強風のせいで傘も役に立たずズボンもびしょぬれ。でも明日だってどんな天気かわからないし、お昼もおなか一杯食べたので消費するためにも歩こう。
コンコルド広場から凱旋門に向かってシャンゼリゼ通りを歩く。途中からブランド店が軒を連ね、華やかな光景となった。
「英語を話せますか?」と中国人らしき女性に聞かれた。「ルイ・ヴィトンでバックを買いたいが、一人3つまでしか買えないのでかわりに買ってくれないか?」と。「中国語を少しわかる」というと、相手は中国語で話し始めた。「Neverfull」というシリーズの番号を教えられた。
そのうち私は不安になってきた。でも困っているようだし、事前にお金を渡されたので、まず行ってみよう。彼女は外で待っているといっていた。店内はものすごい人。しかもシリーズ名なんて明記されているわけでもなく、どれなのかわからない。なんだか私は犯罪に加担しているのではないだろうか。いやな気持ちがして外に出た。周りを見渡す。いない。汚いお金を渡されたのでは・・・
いた。「買えなかった」と伝えた。「日本語ができるスタッフがいるのにどうして?」といわれたが、「人が多いし、ブランド品をかったこともなくよくわからない」といってお金を返した。
今回は何もなかったからよかったが、二度とこんな不信なことにはかかわりあわないように注意しなくては。
凱旋門につくころには天気もよくなった。さらにエッフェル塔を目指す。
エッフェル塔はさすがに「うわー」と思った。古びていたが大きくて美しかった。エッフェル塔の下にはやはり長蛇の列。こんなに天気が悪いのにわざわざ見にくるんだ。天気の変わりやすさに慣れているのだろうか。
その後、惣菜店がある方向にむかったが、うまくたどりつけず、ぐるりぐるり。天気も悪いし、明日にしよう。代わりに今日はお土産を買うことにして、オペラ座に戻り、お土産を買った。
そのうち19時近くになったので、オペラ座付近から地下鉄に乗って帰った。
今日もあまりおなかが空いていないので、ホテルの近くのケバブのお店にした。軽くすまそうとおもったら、大きなサンドイッチとたっぷりのフライドポテトとドリンクになってしまった。6ユーロですごいボリュームだ。
明日こそ惣菜店にいかないと。チーズはあきたといえ、フランス料理を食べないと。
フランス・イタリアの旅6
4月3日(土) ようやく惣菜店へ
さすがに土曜日ともあって駅は混んでいた。明日、シャルル・ド・ゴール空港まで列車で行くのだが、その列車の時刻やホームをあらかじめ知っておきたかったのでRER線が出るシャトレー駅で降り、事前に切符を買った(8.9ユーロ)。
出口を間違えたのでだいぶ苦労したが、「ポンヌフの恋人たち」の舞台となったポンヌフの橋を渡り、惣菜店がある界隈にたどりついた。
まずは手持ちの現金が底をついてきたので、近くの両替所で両替する。1万円=69ユーロとはかなり悪いレートである。もっと現金を準備するか、カードで支払いをすればよかったな(フランスはほとんどの店でカード決済ができる)。
1つ目の気になる惣菜店コエノンに行ったがイートインはできなかった。
もう1つシー・エス・エフ・ペトレドゥにもいったがやはりそこも食べることはできなかった。
惣菜屋で食べることができなかったので、せめてもの記念にと、クリームサンドのマカロンを考案した老舗「ラデュレ」でマカロンとエクレア、カフェを食べた。合計12.5ユーロだったが、高級感のあるお店で緊張しながら味わった。さすがに老舗ともありどんどん人が入ってきていた。
途中お手洗いがてら別のカフェでコーヒーを飲んだ。フランスではエスプレッソが主流なのでエスプレッソマシーンで作るのが定番なのだろう。ドリップ式のコーヒーはどこで生まれたものなのだろうか・・・。そういえば、ケーキもデニッシュとかタルト系で、スポンジケーキをみることはなかったな。
惣菜屋で買わずして終わりにしたくなかったので、帰りにコエノンにもう一度よって、ホテルで食べることにした。
テリーヌ(7.49ユーロ)とキッシュ(4.26ユーロ)と甘いお菓子(2.9ユーロ)をかった。ディジョンやリヨンよりも味がはっきりしていた。
肉のテリーヌは厚さが2センチくらいで、大きさも10センチ近くあったのでものすごいボリュームだった。
キッシュも生クリームがたっぷりで濃厚だった。お菓子が一番あっさりしていたのかもしれない。
フランス・イタリアの旅4
4月1日(木) ディジョンからパリへ
今朝は7時までぐっすり寝た。8時頃に朝食会場に行くと、あまり人もいなく、軽くヨーグルトとドライフルーツで済ませる。
11時にチェックアウトをして、天気がよかったので街をぶらぶらする。それでも風は冷たく寒い。
お昼は駅の近くにあるホテルのレストランでビュッフェとコーヒーをとる(12.8ユーロ)。郷土料理があるかと思ったらなく、いつもの朝食メニューに野菜がプラスされた程度。まあ、野菜にうえていたので、おかげで体の調子も戻ってきたような気もする。
食事を取り終え、街をぶらついていると、途中、とおりすがりの人に、壁に彫られている「幸運のふくろう」を教えてもらった。そういえばガイドブックについていたな。
この時、はっと思った。フランス人は冷たいわけでもなんでもなく、私がフランス語もわからないくせに、英語で何とかすむであろうと、フランス語を何も覚えずに来た、その考え方が間違いだったのだ。フランスに来てからの不安や孤独は自業自得。やはりその国へ行くには最低限の言葉を覚えていくのがルールだと思った。
雨が降り出した。雨はすぐみぞれに変わり、冷たい風が体に強くあたる。
パリまでの新幹線TGVは16時21分なので、だいぶ時間があるが、駅に逃げ込み待合室で座っていた。(ディジョンからパリまで帰りは34ユーロ)
新幹線に乗る頃には空は晴天。でも春のフランスは天気が変わりやすく、パリに戻るまで、雨がふったりやんだり、日本の春よりも天気がかわりやすい。
18時パリに戻った。
フランス・イタリアの旅3
3月31日(水) 「美食の街」リヨンへ
朝食会場にいくと、中国人の団体客がいて、寂しさからついつい話しかけた。安徽省からきたらしい。なんだか言葉が通じる人がいてうれしかった。
今日は8時半にリヨン行きの電車にのる(ディジョンからリヨンまでは26.9ユーロ)。余裕をもって駅に行く。今日は水曜日。そっか学校は休みなんだな。プラットホームには若者の姿が目立つ。
10時半過ぎリヨンに到着。お昼から14時まで休む店が多いので、リヨンの町を歩きながら、適当なところでご飯を食べることにする。
「私が今回この地を訪れたのは、美食の街として知られるリヨンで本場の味を楽しむこと」、と言い聞かせ自分を元気づける。
リヨン名物を食べることができそうなお店をさがした。16.2ユーロだから、まあ外でとるにしては安い。リヨンの名物サラミの前菜、ソーセージの赤ワイン煮を頼む。味にアクセントがないせいか、あるいは量が多すぎるのか、食べているうちにあきてしまう。やはり一人で食べる食事はおいしくないのかな。
リヨンの街を見下ろす高台までいき、ここから、2000年の歴史をもつ景色をみた。さぞや美しい光景に感動するかとおもったが、期待が大きかったせいか、いや、おそらく私の気持ちが沈んでいたからであろうか、あまり感動しなかった。
その後、ディジョンに戻る電車までだいぶ時間があるが、言葉が通じるわけでもなく、おなかが空いているわけでもなく、くねくねと狭い道を歩きながら駅へ向かった。
ガイドブックには、仕事や観光で多くの日本人がここを訪れており、日本語のメニューが用意されたり、日本語で話しかけられたりする、と書いてあったが・・・
日本料理の店を数軒見かける程度で、日本語表記もなく、話ができる人がいるわけでもない。一言も日本語を話さず、英語もよく通じない日々はつらい。まだ3日間しかたっていないのに早く帰りたい。
途中トイレに入る。フランスはトイレが不便で、有料。しかもデパートでも1箇所しかない。0.5ユーロのコインをいれて中にはいる形式。
おなかも空いていないので、夕飯は軽くすまそうと、駅中のパン屋でチョコチップ入りのフランスパン1ピース(1.55ユーロ)とエビアン(1.72ユーロ)を買った。
リヨンはディジョンよりも物価は高いようで惣菜パンなどは4.5ユーロを超えていた。電車の中で食べたが味は日本で食べるのとまったく変わらなかった。
途中、体の不自由な人や貧しい人が目に付いた。リヨンはハイテク産業や金融業が盛んで、フランス第2の都市であり、そのせいなのだろうか、貧富の差がそこにはあり、物乞いをしている人もいた。このような光景を目の当たりにし、私の孤独は募るばかりである。フランス・イタリアの旅2(その2)
3月30日(火) ワインを求めブルゴーニュ地方へ(その2)
ディジョンから南に延びるコート・ド・ニュイ地区をめぐる。この地区はブルゴーニュ地方でも赤ワインの特級(グラン・クリュ)が集積している。
雨が降っていたが、世界最高級の誉れ高いロマネ・コンティの畑に着いた頃にはちょうど雨がやんでいて、畑の前で写真を撮った。
20何人かの人が所有している畑で、周りはブロックで覆われ、十字架の記念碑が立てられていた。
ぶどう畑を眺めると、ぶどうの背丈がとても低いことにびっくりした。ワインの質は土壌が全てなので、土壌の成分をより吸収するように、横に枝が伸びていくようにしかけをしているとのことである。また高所にあればあるほど水はけがよく、より土壌の成分を凝縮したぶどうとなる。
地名が重要視され、それでもってランク付けされている。今からもっとも高い評価を得ようとしても難しいようだ。生産量の0.8%といわれる最高ランクの地位は不動である。
2009年に収穫されたワインも出来がいいと予想されているようである。ワインは9月に収穫されてから18ヶ月くらい寝かせるので、2011年には市場に出るだろうとのことである。
その後、パトリアッシュの蔵で試飲をする。ここは他の畑でとれたぶどうも瓶詰めしているのでブルゴーニュ地方最大規模の製造所で、5kmほどある地下の蔵には300万本のワインがあるそうだ。
最古のものが1904年ものだが、さすがにこれは売っていない。蔵の中は若干息苦しさを感じるほど湿気があって驚いた。その証拠に壁の一部はコケが生えて青くなっていた。天井も低く、中は暗く、一人ではいるのは怖い。
高いワインは牢屋にでも入っているかのように、鍵で閉じ込められていた。赤ワイン10本、白ワイン3本を飲んだ。良質の赤ワインを飲んでいてもさすがに10本も試飲すれば、口のまわりが渋みでぶよぶよしてくる。
ペコンさんはフランスに来てから、ワインを飲む機会が多く、ワインに詳しくなったらしい。「安い安い」と6本も買っていた。うらやましい。
これから暖かくなるとバーベキューをするが、それにはロゼが合うようだ。田舎の家は地下に蔵があり、樽ごと買って保管しているそうだ。瓶詰めの手間がかかっていない分、安いとのこと。安いワインでもデキャンタするとおいしく、赤ワインは飲む2、3時間前にはコルクを開け空気に触れさせておくと味がまろやかになってよいようだ。また、新聞紙にくるむとより保存がきくようで、ワインは生きた飲み物なのだと改めて感じた。
車の中でペコンさんといろいろな話をした。フランスの外食は高いのか質問をしたら、外食だと最も安くても7、8ユーロはするようだ。高いとはいえ、リーマンショックの時期は1ユーロ168円もしたようだから今はましだといっていた。
生活費が高くても、フランスは最低賃金が高めに設定されているようで、日本円にすると1,000円以上、違反した場合の罰則も厳しいようである。有給もしっかりとるようで病気休暇もそれはそれできちんと保障されている。
学校はなんと水、土、日が休み。子供たちは4日間しか学校がないのだ。その代わり授業が終わるのは17時。基本的に親が迎えに行く。
パリなど地下鉄が発達している所を除くと、フランスも車社会のようだ。親は子供の休みに合わせて休む場合が多いので、8月ともなると市内は空いているようだ。
フランス人は日本人よりも食べる量も多く、食後にはしっかり甘いものをとるそうで、特に男性のほうが甘いものが好きなようだ。料理に砂糖は使わないそうで、すき焼きを作ってみせたらとても驚かれたそうだ。
揚げ物もしないようで、だからパン粉も存在しない。ペコンさんが衣代わりにフランスパンをすりおろして作ったカキフライは大好評だったとのことである(フランス人にとって、カキは生で食べるもの)。
フランスでも日本食は受けているようだ。味はしっかりしているほうが好まれているようで、お好み焼きやたこ焼きはよく、豆腐は受けないようだ。また小豆も、「甘い豆なんて信じられない」と、だめみたいだ。
パリのオペラ座近くに讃岐うどんの「国虎や」や札幌ラーメン屋があり、いつも行列をなしているようだ。私が「惣菜屋を開くのが夢だ」といったところ、「十時や」というお店を教えてくれた。フランスでは昼に休憩時間を設けるのが一般的だが、「十時や」は休まず営業しており、値段も安いことから、大人気のようである。
車の中でいろいろ話をしながら、「ブルゴーニュワインの首都」ボーヌの街中に入る。ワイン関係の食器や雑貨がたくさんあってセンスがよく、すべてほしくなる。プジョーといえば車だが、ワイン関係のアクセサリーも作っているようである。
ホテルに到着したのは18時半。サマータイムになっているのでまだ明るい。
せっかくディジョンまできたのだからきちんと夕食をとりたいと思い、ペコンさんにお勧めの場所を教えてもらう。20ユーロでお手ごろ、ということでホテルIBISのレストランを紹介してもらった。
ディジョン名物エスカルゴ、それと同じく名物のマスタードで煮込まれた肉料理を注文する。食後にチーズかデザートか選ぶのだが、チーズはお昼のパニーニにたっぷり入っていたのでデザートにする。デザートは名物カシスを使ったもののようである。
まずはエスカルゴ。あの専用のはさみのようなものでどうやって食べるのか・・・私のぎこちない食べ方は傍から見ているとかなりこっけいだったろう。6つのエスカルゴをどうにかこうにかして食べた。
その後、皿からこぼれるくらいのマスタードソースに浸った鶏肉の煮込み料理が出てきた。添えられたジャガイモにもチーズとホワイトソースがこってり。
最後のデザートがさわやかなカシスのシャーベットなのが救いだった。残さず食べたものの半端な量ではなかった。









































































