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フランス・イタリアの旅2(その1)

3月30日(火) ワインを求めブルゴーニュ地方へ(その1)



朝何度も目が覚めた。ホテルから外を眺める。曇天だ。雨がざあざあ降っているよりはましか。ホテルの前はすぐ鉄道が走っていた。


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朝食会場には日本人旅行客が何人かいてほっとした。朝食はパン、ハム、チーズ、ヨーグルト、フルーツ、コーヒーのビュッフェスタイル。・・・野菜はない(これからもずっとこのスタイルが続く)。


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4月1日にこのホテルに戻るので、トランクは預かってもらい、小さなバックに1泊2日分の荷物をまとめてチェックアウトした。


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今日はブルゴーニュ地方でワインをたしなむため、ディジョンまで新幹線に乗っていく(パリからディジョンまでは28.5ユーロ)。


ホテルから最寄の地下鉄の駅までは歩いて5分くらい。駅の周りにはこじゃれたお店が並んでいた。地下鉄は、1回分チケットが1.6ユーロである。


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ディジョン行きの新幹線TGVに乗り換えなければいけないのだが、駅の構造や電車の利用方法がよくわからない。何回も切符を機械に入れて、乗り場を目指す。この切符でどこまで乗り換え口まで進めることやら。


新幹線(TGV)乗り場に着きほっとした。電光掲示板に番線が表示されたのは10時近く。外は寒い。手袋をして新幹線を待つ。


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TGVは日本の新幹線よりも早くて、写真を撮るにもとれない。車窓からは桜が咲いているのが見えた。フランスでも桜が咲くんだ・・・。

 
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10時28分にパリを出発し、約1時間40分後、正午近くにディジョンに到着。電車の中は香水がきつくて鼻についた。


駅についてから食べる場所を探したが、よくわからない。街を歩き、看板を見ても中をのぞいても英語で表記されたメニューもない。値段もとても高い。


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ふとするともう12時半を過ぎてしまっている。オプショナルツアーまで時間もないので、どこでもいいやと、適当なパン屋に入る。


どうオーダーしていいのやら、店員も何をいっているのやらさっぱりわからない。何となく言われたとおり、パニーニとコーヒーを頼んだ。4ユーロ。フランスでは何を食べるのも高いせいか、パンを食べ歩きしている人や、ケバブなどのファーストフード店が目についた。2階のイートインスペースで食べたがこれといって目新しい味ではなかった。


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ホテルにチェックインするとすぐにフロントから電話が回ってきた。今日のワイナリーめぐりのガイド、ペコンさんからである。すぐに下に行き、プジョーの車に乗る。個人手配とは聞いていたが、小型乗用車にガイドと運転手と私だけ、とは思わなかった。


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(その2につづく)



フランス・イタリアの旅1

3月29日(月) 初ヨーロッパに向け出発


前日22時に秋田を出発した高速バスは午前6時には新宿駅西口に到着した。トランクを持っていては動きが取れないので、すぐ成田空港行きのリムジンバスに乗り、8時前には空港に到着。東京は雨がふっており思ったよりも寒く、姉が退職祝いにくれたカーディガンを羽織って寒さをしのいだ。


アリタリア航空は第一ターミナルだが、第一ターミナルは航空会社が少ないせいか、少しさみしかった。


10時25分にチェックインが始まり、数分ですんなりと手続きは終わった。搭乗口も出国審査も混雑しておらず、シーズンを外すと成田もこんなにも空いているのか、と思った。


荷物を預けると体の自由がきくのでぶらぶらしつつ、11時45分の搭乗開始前まで搭乗口近くで休む。


12時25分離陸。飛行機の中はこれまでに経験したことがないくらい空いていて、真ん中3列を陣取ることができた。


13:30頃に、飲み物と食事が出る。せっかくだから赤ワインを飲む。料理は和食かイタリアンかどちらか。もちろんイタリアンを頼む。冷菜にトマトソースのペンネ、ジャガイモと白身魚のバジルソース煮込み。日本で食べる味と同じだった。ちょっとうれしかったのはベビーチーズかな。カマンベールみたいで、「ベビー」とはいえ、直径3cmくらい。これが一番おいしかった(この後いやというくらいチーズを目にするのに、この時は新鮮だった・・・)。


ぐるぐるぬるぬる-軽食 ぐるぐるぬるぬる-機内食

食後しばらくして暗くなる。さすがに満腹も手伝ってかウトウト。12時間という長いフライトだが、3列シートのファーストクラスだったから、十分くつろげた。


現地時間18時前にはミラノに到着(既にサマータイムに切り替わっているので時差は7時間)。乗り換え口に進む。


ぐるぐるぬるぬる-ミラノ空港 ぐるぐるぬるぬる-ピザ

日本人はパスポートを提出するだけで、入国審査は素通りするだけ。20時50分発のパリへの便まで時間があるため、まだ搭乗口が決まっていない。


19時半近くになってようやく搭乗口が決まりほっとする。20時半頃搭乗、通路側を指定したのに窓側。パリまでは1時間半とフライト時間は短いからまあいいか。


21時55分、突然目の前に一面の夜景が広がった。パリの夜景、美しい。温かみのあるだいだい色の夜景はとても美しい。眠気が一気に取れ、暗闇に広がる蛍のような輝きに目を奪われた。やっと空港に到着したかと思ったが、しばらく暗闇の中、低空飛行を続けた。考えてみればシャルル・ド・ゴール空港は巨大な空港で、着陸地点まで空港の敷地内を20分間くらいも飛んでいたのだろう。私がこれまでで見た中で最大の空港である。


ぐるぐるぬるぬる-シャルルドゴール


空港のタクシー乗り場は混んでいたが、流れがよくすぐ乗ることができた。ただ、夜も遅いし、一人なのでホテルに到着するまではドキドキした。運転手は道をよく知らないようで、さらに不安、ホテルまですごくすごく遠く感じた。不安なのに眠くて眠くて仕方ない、タクシーの中で寝てしまいそうだ。51ユーロもかかった。チップも含めて55ユーロ渡す。成田空港で1ユーロ=127円で兌換してきたから高いタクシー代だ。


 ホテルに到着。フロントで明日からの列車やオプショナルツアーのチケットを受け取る頭はもう働かないくらい眠かったが、念のため確認した、間違いはない。


アンコールワットの旅8

※旅行記は私のツレのものを掲載します。



1月3日(水)

旅行7日目(→ハノイ空港→中部国際空港→仙台空港→秋田着)


【なんとか帰国】

 0時15分ハノイ発、4時頃にはちょっと早めの朝食。前日はお昼も適当だったし、夜も軽食だったのでそれなりにお腹がすいていた。たいらげた。さすが食欲で生きている私。


 ツレはお腹が危険なのでほとんど食べなかった。6時くらいに中部国際空港に到着。眠気と体調不良で空港内を見て回る気力などなく、ひたすら仙台への飛行機をまつ。


 長い、眠いよ。ツレはまた空港を撮影しているのかな。ふと後ろをみると横になって寝ていた。本当に眠いよ。


 9時55分発、あー、眠い。11時少し前に仙台空港に到着した。お、これは14時台のバスに乗れるかもしれない。バス会社に電話したが、満席らしい。そっか、初売りか。そっか、正月か。15時までまつしかない。


 その時、勝負にでた。12時ジャストのバスに賭けよう。「こちら私、11時10分手荷物受け取り完了!」「こちら俺、仙台空港アクセス線チケット購入!」


 11時22分初の電車にのり46分仙台駅到着。初売りで若者でにぎわう駅をかきわけ、12時高速リムジンバスに乗車。あー、よかったーーー。乗れた。昼食をとる間もなかったが、二人ともお腹の調子がいまいちで、結局飲み物だけで過ごし、夕方16時にバスターミナルに到着した。


 すぐさまタクシーにのり、アパートに。年末は相当荒れたと聞いていたので、「あの寒いところにかえるのか」「雪がどっさりつもっているのか」と思ったけれど、この日は穏やかだった。すんなり寒さに馴染んだ。そんなもんか。やはり生まれ育った地が肌に合うんだな。


 ただお腹だけが、まだ日常に戻りたくないと抵抗している。



アンコールワットの旅7

※旅行記は私のツレのものを掲載します。



1月2日(土)

旅行6日目(気球→アンコールワット→シェムリアップ空港発)

 

【カンボジアプチ在住の終わり】

 今日は憧れの気球。憧れだけれど、頭ががんがんし、胸焼けする。あーこんな体調で乗れるかな、乗ったら具合悪くなるんじゃないか。でも生まれて初めての気球だよ、乗りたい。


 5時20分迎えが来た。サンライズ同様に、ここでもしばらく待たせられる。待つうちに少しは落ち着いた。そして気球を目の前にすると興奮のほうが先にたった。周りが白んできた。心が浮きだつ。これなら大丈夫そうだ。


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 …そう現実甘くなかった。「乗れません」。試運転後、風が強いため運休となった。前日も14時まで気球はあがらなかったようだ。残念。でも確かに、降りてくる気球は、人が落ちてもかまわないくらいぐらぐらゆれていた。落ちるのが先か、自分の具合が悪くなるのが先か・・・そんな感じだった。

 

 ホテルに戻る。何か物をいれれば何とかなるかと思ったが、何を食べてもいまいち元気がでない。今日はあまり宿泊客がいないのか、この時間にしてはたくさん食べ物があまっている。・・・残念。


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 9時半、トゥクトゥクにのって最後のアンコール・ワットへ。前回行った時とは大違い。人はまばら。日本人はほぼ私たちだけ。日本人がもう帰ってしまったのか・・・。あるいは「アンコールワットは西向きだから午後からの観光をお勧めします」、このマニュアルどおり観光しているのだろうか。マニュアルどおりこなす・・・日本人だけかもな。


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 ちょうどこの日は土曜日、現地の人の姿が多い気がした。カンボジアの若者はどちらかというと小柄でスリム、肌は日焼けしていて、目鼻立ちがくっきりしている。男の人はちょっとチンピラっぽくて怖い。坊主・尼さん団体もいた。記念撮影なんか取っている姿はお茶目で、奈良の“遷都くん”を思わせる。他にもアプサラダンスの装いをして、モデルなのかしらないが撮影をしていた。


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 体調がいまいちなので、ビデオ撮影に懸命なツレはほっておいて、ゆっくり歩きながら木陰をさがす。途中で、フランス資金で修復中の経蔵の中に入ると、なんと10名位の女の子たちがダンス衣装に着替えている。記念撮影なのだろうか。こちらのほうが恥ずかしかった。他にも合同結婚式と思われる4組のウェディング衣装をきたカップルがいた。アンコール・ワットはカンボジア人にとって重要なお寺であり、安らぎの地なのだな。


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 11時すぎにホテルに戻る。私もツレもリンゴとちょっとしたお菓子のみを食べた。私はホテルに残り、ツレだけが出かけた。あのタ・プロームへ。トラウマの地。またお腹を壊して帰ってきた。


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 ホテルのバーでドリンクを飲み、迎えのバスをまつ。


 15時15分ホテルを出発。20分程度で空港に到着した。降り立った時は暗くてよくわからなかったが、本当に美しい空港である。平屋で三角屋根のまるで別荘のような建物である。


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 チェックインカウンターでEチケットを提示する。あれ、ハノイまでのチケットしかない。不安・・・ハノイからのチケットは?あの空港でどうやって手にするの?ものすごい不安を抱えながら、18:05分。さよならシェムリアップ。


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 20時前にハノイに着く。あっという間だ。あー、どうしよう混迷の地、ハノイ空港。


 よくわからないが機内で配られた出入国カードをもって入国審査に並ぶ。これも誘導がいい加減で、混んでいるのは手前だけで、奥のほうはすかすか。入国審査を終えると、ターンテーブルが動いているのが見える。一度荷物を受け取るのだろうか。2回転、3回転、あれ、ないな・・・・近くの職員に聞くと、同じ航空会社なので荷物はそのまま名古屋までいくそうだ。よかった。それはいい。それはいいけど、どこでチケットを手に入れるの、トランジットは?


 あ、外に出てしまった。どこにいったらいいのだ。職員に聞いても、私の顔も見ないで、「あっち」、みたいに指をさす。あっちってどっちだ。大きな電光掲示板はなく、14インチのブラウン管テレビが数台あるだけ。遠くから見えない。


 でもようやく並ぶべきチェックインカウンターを見つけた。日本人だ。ほっとした。でも名古屋行きの人もいれば、東京行きの人も、関空行きの人も同じところに並んでいる。ここでいいのかな。チェックインの開始って2時間前だよな。まだまだ時間があるんだけど。ここで立ってまっていなければいけないのか・・・と思いきや、いっきに「TO TOKYO」、「TO NAGOYA」・・・とチェックイン手続きが始まった。日本はまとめてやるんだ、不思議だけど、やっとこれでチケットを手に入れることができる。


 一安堵。もう疲れたよ。深夜まで眠気との戦い(寝てたけど)

アンコールワットの旅6

※旅行記は私のツレのものを掲載します。



1月1日(月)

旅行5日目(オールドマーケット→トンレサップ湖)


【あけましておめでとうございます】

 夜遅くまで起きていたが、昼寝をしたせいか、いつもどおり目が覚める。


 馬鹿食いをしたので、7時半すぎにホテルで軽い朝食をとる。この時間ともなると食べ物は少なくなっていた。サラダはない。「なくなってます」といったが、行ったきり、出てくる気配もない。仕方ない、あきらめ、今日は外のテラスで。風が心地いい。ふわふわ浮かんだ日よけ傘が心を癒す。


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 おっと、「1月1日付け」のはがきを日本に送らないと。おいが生まれてからは必ずはがきをだす。大きくなった時にいろんな世界を身近に感じてもらいたいからだ。日本まで2枚で$1.75。10日間くらいでつくといったけど無事届くかな。


 9時半、歩いてオールドマーケットまで行くことにする。


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 15分くらいでつくといったが、まともにいっても30分はかかる。でも地元のスーパーにも入れたし、シアヌーク元国王の別荘前でも写真をとったし(こういう時ってなぜかその国のリーダーのファンになるんだよね)、歩いて散策すると楽しい。


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 昨日行ったオールドマーケット近くの地元民の市場“センターマーケット”にもいく。オールドマーケットとたいして変わらなかった。ここでお土産は買い収めだ。


 さて、まだ食べていないカンボジア鍋を食べるぞ。昨日チャムランさんから教えてもらった「スープ・ドラゴン」に行く。


 “チュナン・ダイ”といえばいいと、地球の歩き方に書いていた。それがこういう時に度忘れするんだよな。あーなんだっけ。メニューを見てもみつからない。わけのわからない英語でわけのわからないことを言う。「ここで有名な料理があると聞いた」、ガスコンロをさしながら四苦八苦していう。どうやら察したようだ。メニューを開き、従業員が指をさす。「そうそう、それそれ」、「どうやって頼むの?」うーん、なかなか通じない。どうも彼は新米のようだ。鍋をやってくれるようだが、手際が悪い。途中で見かねた女性が代わってくれた。


 肉団子、野菜、豚肉、麺を食べた。それに自分の気に入った香辛料を入れる。私はそれプラス「ココナッツジュース」。ずっと飲みたかったんだよね~。やはり目の前にするとものすごい大きい。そしてタプタプ。甘いのかと思ったら、ポカリスエットの甘さをとったような感じ。確かに飲みやすい。でもこの鍋には合わないかも。


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 たらふく食べ、これまた念願の「トゥクトゥク」に乗る。オートバイの馬車って感じだ。風が気持ちいい。こりゃ本当に気持ちいい、わーい。


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 14時半に迎えが来て、トンレサップ湖に向かう。


 市外から南へ。おととい郊外に行き、高床式の家々を見て驚いたが、ちょっと離れるだけでこのような高床式の普通の民家があるのだ。


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 湖に住む人々は、湖の土地を買って住んでいる。4万人住んでいるが、内戦から逃れてきたカンボジア人と、ベトナム戦争から逃れてきたベトナム人が半々である。柱建ての家と、下がボートになって雨季になると移動できる家とがある。柱建ての家の柱は細いが、地震もなく、軽い建材を使っているので心配ない。


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 湖には、小学校、中学校まではあるが、高校はない。市街地にある高校に行くためにはボートが必要なので金持ちでないといけない。小さな掘っ立て小屋みたいな家もある。貧しい人々の家のようだ。


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 ついこの前までは水面下にあっただろう道路も見える。ぎりぎりまで車やバイクがあるのはびっくりだ。水没しそうだ。


 川の色は赤い。きれいに見えない。メコン川が入るので赤いそうだ。川で小石を投げ合って遊んでいる子供たちがいた。危ないし、衛生上だいじょうぶかな。でもここで生まれ育った子供たち、大丈夫だろう。


 たらいこぎをしている子供もいる。ボートに乗って飛び乗ってきた子供もいた。


 物売りにきた子供なのだが、ガイドはベトナム人には厳しく「物を買わないでください。おなかを壊します」と。途中にあったベトナム人の学校に対しても「外国人が見に来るときだけ勉強します」と・・・。ずっと内戦時代も対立していたベトナムに対する憎悪は計り知れない。島国にいる私にはこのような気持ち、何もしていない子どもに対しても抱く憎しみは、その奥深さはわからないのである。この溝を埋める方法はあるのだろうか。時間をかければそれは埋めれるのだろうか。


 途中、レストラン兼お土産屋に立ち寄った。湖には、休日に魚を食べに観光客が来るのでレストランもある。帰りのボート、なんだか胸焼けがする。船酔いかな。ちょっと変だな。


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 今日の夜は、サービスのディナー、イタリアンレストランで最後の晩餐。でもアルコール飲んだとたん一気に具合が悪くなった。最初の一皿も無理して食べた。どうもだめだ。ツレには申し訳ないが、途中で退散させてもらうことにした。悪寒がする。ベッドで休む。


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 「トントン」、ドアをあけるとルームサービス。気持ち悪いって言うのに・・・残りの食事をわざわざもって来てくれた。「トントン」、次は何だ、ベットメーキング。はー、具合が悪いときに限ってこうも人がくる。


 ツレが帰ってきた。一人のご飯は居心地悪く、寂しかっただろう。


 しばらくして小腹がすいたような・・・。メインディッシュに手をつけた。この食べるのが大好きな私でも味わえなかった。


 それからの夜は格闘だった。朝まで何度もトイレにいった。便秘のせい?いや、頭ががんがんする、風邪?何の薬を飲んだらいい?なぜか酔い止めを飲む。もうろうとして思考能力がない。あー、飲んだとたん、なぜ酔い止めをのんだのか自分を疑う。胃薬のほうがよかった。体調が悪い。


 

アンコールワットの旅5

※旅行記は私のツレのものを掲載します。



12月31日(日) 

旅行4日目(アンコールワット→郊外遺跡→オールドマーケット)


【海外で年越し】

 今日はアンコール・ワットから日の出を見るため、朝早い。


 5時25分にフロント集合。外は真っ暗。暑くはないが湿度を感じる。なんでこんなに早く集まる必要があるのだろう。夜が明けるのは6時10分ころ、しかもアンコール・ワットから太陽が昇るのが見えるのは6時40分ころという。はじめは、すごい混雑だから早く行かなければいけないのかと思っていたけど、この広い公園、人がいて見えないなんてことはない。ただ単に一年中、同じ時間帯なんだろう。臨機応変にやってくれてもいいのにな。


 それにしてもやっぱり北半球、暑いとはいえ、日は短いんだな。日本海に住む私たちは朝日を見ることはないから、朝日は実に感動的である。今は、北東40度くらいから日が昇って見えるが、春分、秋分にはアンコールワットの中央塔から日が昇るのが見えるようだ。神々しい・・・。


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 朝食後は、北東の郊外遺跡(スラ・スラン、プレ・ループ、バンテアイ・スレイ、バンテアイ・サムレ)を観光。車窓から外の景色を眺めていた。


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 ちょっと郊外に出ると畑で、牛が自由に飼われていた。ポルポト時代に森林伐採が進んだ。軍人が賄賂のために森林を伐採したからである。1972年には73%だった森林面積が今は35%。野性動物もたくさん殺された。


 一昔前は金持ちが銃を持ち歩き、よくけんかをしていたそうだ。大学でも金持ちは我がもの顔で、悪い成績をつけた教師には車のタイヤをピストルで撃って報復した。いつもけんかばかりだった。


 今も金持ちは、賄賂をもらう警察官や裁判官である。近いうちに贈収賄法が出来るようである。これがうまく機能すれば良いのだが。カンボジアは天然資源が豊富で、アメリカ資本が海底油田の採掘をしているようだが、この利益が一部の人にいくのではなく、国民にいきわたるものであってほしい。


 人々の家は、雨季があるため高床式となっている。かやぶき屋根は1年に1度葺き替えなければいけない。トタン屋根は5年くらい持つが暑い。一家族には5、6人子供がいて、蚊帳で区切って寝る。


 都会と田舎の貧富の差は激しい。田舎には電気もなくバイクもない。確かに電柱も電線もない。カンボジアは山がないため、火力による電気は高く、65%は電気が通っていない。田舎の人々は時計がないので鶏が時計だ。


 家の前にはまきがたくさんあり、火をたいて料理をしている。ハンモックで寝ている姿は心地よさそうだ。アンコール・トムの壁画がそのまま再現されているよう。なにげなく目に付いていたが、大きなペットボトルに入っている黄色い液体はなんとガソリン。しらなければ、飲んじゃうよ。


 最初の郊外の観光地はスラ・スラン。僧侶の沐浴場として使われていた人口池だ。ポルポト時代に寺は壊され、今は洗濯をしたり、泳いで遊ぶのに使われたりしている。シェムリアップ川は、今は生活排水がそのまま流されているため汚染されている。確かに茶色い。一旅行客として、自分もその原因を作っているかと思うと胸が痛む。


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 正直、どれもが同じ石のお寺でよくわからない。しかも、この日の午前中は、チャムランさんが一番やる気がないのか、疲れているのか、説明がほぼない状態。仕方ないから他の日本語ガイドの話に耳を傾けた。


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 私自身、遺跡の違いがよくわからないので、比較的印象に残ったのはバンテアイ・スレイ。小さい遺跡であるが彫刻が一番美しかった。小さなお城のようで、彫刻も透かし彫りのような繊細さを持つ。そこに描かれている天女は“東洋のモナリザ”として称えられている。遠く離れてよく見えないが、そういわれれば美しい気がする。


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 昼食はタラ・アンコールホテルでタイのコース料理。さすがホテルの料理、きちんとしている。でもタイ料理とカンボジア料理何が違うときかれると・・・、ちょっとタイ料理が辛いくらいかな。パクチー風味のマーボーナス、グリーンカレースープ、ワンプレートランチ、そして果物の盛り合わせ。ご飯が非常に非常に硬い。箸、フォークはもちろん、スプーンでもすくえない。カレースープを残しておくべきだったのだろうか。


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 日本語がうまいスタッフがいたので尋ねた。スープはスープで別にご飯をいれて食べるためのものではないようだ。小柳津さんが「日本語うまいですね」と一言。「日本人です」と一言。爆笑した。


 ホテルに戻り休憩。朝早かったので90分くらい昼寝した。そうしないと夜のカウントダウンパーティまで起きていられないもの。


 15時に市街地より少し離れた遺跡、最初に都があったロリュオス遺跡群に向かう。ロレイは大貯水池にある孤島だった。今は水が涸れており、農作が行われている。カンボジアも米が主食(麺も米)で、なんと三期作もできる。そして、道路の両脇に溝があるが、これは雨季に排水溝の役目を果たすそうだ。


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 バスは常にクラクションを鳴らしている。交通ルールがきちんと整備されていない。カンボジアはオートバイの免許がいらない。何歳からでも運転できる。信号も少ないので、歩行者は道路を渡るのは大変である。だから、一番多い死因は、昔は戦争、一昔前はエイズ、そして今は事故である。地元の人々が日常的に遣う公共交通機関もない。


 そのまま日暮れのオールドマーケットに行った。ここは外国人旅行客目当てのお土産屋が軒を連ねている。値段は交渉で決まる。昨日の土産屋にあったような物はなるべく目にはいらないようにした。きっとこちらのほうが安いから。ここでも「お姉さん」と声をかけられる。いいな、男性は。


 中には生鮮市場もあり、さまざまな野菜や果物、生肉、生魚が売られていた。面白かったが鼻につく匂いがした。


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 オールドマーケットを40分くらいぶらぶらし、ホテルに戻る。やはり2日間、案内してくれたガイド、チャムランさんとは別れが惜しい。最後に記念撮影をした。チャムランさんは私と同い年。


 チャムランさんに「何歳ですか?」と聞くと、「何歳に見えます?」。「…30歳?」。そうすると私に向かって「なにどしですか?」カンボジアも干支があるようだ。しかも中国と同じで最後は“いのしし”ではなく“ぶた”。「ウサギどし」。誕生日はわからないそうだ。内戦で逃げ回ったからだ。


 「私と同じ誕生日にしようよ」冗談っぽくいったが、私は本気だった。彼にきちんと、毎年祝える日にちを作りたかった。内戦のころは夜早くご飯を食べて、トンネルに散り散りになって寝た、家族みなが死なないように。そんな話を聞いていたから、何人兄弟いるかは怖くてきけなかった。みな生きているとは思えないからだ。


 シャワーを浴び、洗濯をし、少し身なりを整えて、20時にホテルのガラディナー会場へ。


 「2010年」と氷で描かれた文字、きらびやかな電飾が、私をわくわくさせた。生まれて初めて“カウントダウンパーティ”ってやつをやるのか。テレビで見るニューヨークのタイムズスクエアの光景が目に浮かんだ。実は、カンボジアやタイ、ラオス、ミャンマーは4月14日から16日が正月なので、まさに観光客のためのイベントなのだ。


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 席は円卓になっていて私たちともう1組、今日ついたばかりの静岡から来た夫婦と一緒になった。2人とも今日ついたばかりでつかれたのだろうか22時頃にいったん退席した。


 はー、今日も絶対食べ過ぎる。でも私の大好きなチョコの甘いお菓子が目に入って仕方ない。あー、これは自制しろっていうほうが無理だ。会場の中央ではアプサラダンスやフラフープなどの出し物が行われていた。


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 ツレはひとしきり食べ、ビデオをとると満足したのか、23時半ころ戻ってくるといって部屋に向かった。私はこの雰囲気を楽しみたかったし、2日間一緒に歩いた皆さんの連絡先を知りたかったので残っていた。どこにいるのかなー、探すことにした。


 中央ステージから右半分から周り始めたが、これが失敗。どうやら右は欧米、左はアジアときちんとわかれているようだ。右を回ってから左に行くと、時すでに遅し。3分の2はもういなかった。


 私のいた席の周りはだれもいない。ふと見ると、西さんご夫婦と、小柳津さんご夫婦がいた。図々しくまぜてもらった。この時一緒に話せてとても楽しかった。後で中島さんご夫婦もここにいたのを知り、この楽しい仲間と1枚も写真をとれなかったのが悔やまれた。


 23時半ころツレが戻ってきた。眠い。でもあと少しだ。「カウントダウンです」アナウンス。・・・あれ?「3,2,1!ハッピーニューイヤー!」はないの?あららら、あららら、なんだか花火があがる。クラッカーを急いで鳴らさないと。まったく、湿って不発。なんだよ。悲しいよ。乾杯も結局欧米人は欧米人でやっているし、えー、国境を越えてみんなで祝おうよ。私のタイムズスクエアは・・・?


アンコールワットの旅4(その2)

※旅行記は私のツレのものを掲載します。



12月30日(水)

旅行3日目(アンコールワット→プトンバケン)


一度ホテルに戻って、一休み。14時半に迎えが来た。いよいよ、アンコール・ワットへ。アンコール・ワットは王の墓でもあったため、この遺跡だけが西向きに立てられている。だからこそ午後のほうがよく見えるわけである。


 ホテルの近くに病院があるが、病院の前は長蛇の列。テング熱の子どもが一日300人くらい病院に来るそうだ。医療費は無料。カンボジアの平均寿命は55から60歳だそうだ。55歳にもなれば“老人”だ。短い人生。定年は日本と同じで60歳だが、国会議員は給料がいいので辞めたがらないそうだ。一方、若者には職がない。


 学校は、日本と同じく、6,3,3,4年制である。カンボジアは暑いので朝が早い。学校も朝早い。自分の身の丈よりも大きいような自転車に乗っている制服姿の子供たちをみかけた。7時から11時までの朝のクラスと13時から17時までの午後のクラスに分かれている。牛を連れ歩くのは子供の仕事である。朝、家の手伝いをしたり、観光地で物を売ったりして、午後から学校に行ったりする。義務教育ではないので、まったく学校にいっていない子もいる。田舎では、学校すらないところもある。教師は田舎にはいきたくない。食料は乏しく、それどころか、地雷がある。公務員や教師の給料は安く、1月1万5千円くらいである。都会の教師も教科書を売らないと生計が成り立たない。識字率は35%しかない。


 1970年(ベトナムとの戦争、そして内戦)から1993年(新生カンボジア王国誕生)までは、学校で勉強をできなかった。田舎では寺小屋でお坊さんが寺の壁に薪の炭を使って勉強を教えた。シアヌーク時代(フランス植民地独立後の1953年から1970年まで)はタイやベトナムよりも発展していた。ホンダやコカ・コーラの工場もあった。しかし、タイやベトナムとの国境戦争や内戦により、工場は破壊されてしまった。


 アンコール・ワットについた。奥に塔がそびえている。アンコール・ワットの周囲のお堀はインド洋、アンコール・ワットはヒマラヤ山を象徴している。そのため、アンコール・ワットより高い建物を建ててはならず、5階以上の建築物は禁止されている。よく見ると塔には避雷針がある。雷はカンボジアの人々にとっては縁起が悪いので雷がなると建築をやめたり、あるいはお坊さんにお払いしたりしてもらう。


ぐるぐるぬるぬる ぐるぐるぬるぬる
ぐるぐるぬるぬる

 アンコール・ワットが発見されてからは、以前から住んでいた地元の人々は他の土地へと移住させられた。だが、遺跡の周辺にはレストランやホテルの従業員が集まり、25万人の都市となっている。シェムリアップの地価は1㎡当たり6万円で、プノンペンよりも高い。


ぐるぐるぬるぬる ぐるぐるぬるぬる
ぐるぐるぬるぬる ぐるぐるぬるぬる

 帰り道、猿に会った。人なれしているのか逃げない。猿や象は胸が2つなので人と一緒とされ、“輪廻転生”の思想から、猿や象は食べない。犬肉はスペシャルフードとして食べられる。


 周囲は蝉の声がなり響いている。日本の蝉の声と違って、「ピー」という音で鳴き、耳鳴りがしそうだ。


ぐるぐるぬるぬる

 日が落ちるのは18時すぎ、それまでまだ時間がある。時間つぶしに、アンコールクッキーのお店に連れて行かれた。ほとんどのお土産をここで買った。


 夕陽が沈むのを見るため、アンコール・ワットのちょっと南にあるプノンバケン“山”に登る。カンボジアは国土のほとんどが平地であるため、単なる丘も“山”と呼ぶ。はじめ「山に昇ります」と聞いたときは、ぞっとした。高所恐怖症だから。


 頂上には17時半に到着した。「10分間見て帰ります」。え、日が落ちないじゃん。せっかくホテルから懐中電灯借りたのに、意味ないよ。でも考えてみれば、日が落ちるのはアンコール・ワットと反対側だし、こんな急な階段、懐中電灯持っていたって怖いよ。帰りの山道も日が暮れる寸前だったからまだいいものの、本当に日が暮れたら真っ暗。だって電灯ひとつもないから。


ぐるぐるぬるぬる-夕焼け

 そして今日2軒目の土産物屋に連れて行かれた。外国人用の土産物屋。きっと高いのだろうと知りつつも、お土産のことを頭に残しておきたくないのでまず買ってしまおう。


 アプサラダンスショーを鑑賞。アプサラダンスとはクメール時代から続く伝統舞踊である。レストランでのダンスだから、正直、一流ではない。アプサラダンスと民族芸能が披露されたが、特に民族芸能は、その辺の人がやっている、という感じだった。カンボジアにも“どじょうすくい”があった。こちらは“雷魚すくい”のようだが・・・。


ぐるぐるぬるぬる ぐるぐるぬるぬる

 ショーは、21時半ころまで続いた。眠くて眠くて仕方ない。ゆったりした踊りがなお眠りへと誘う。早く帰って眠りたい。明日は朝早いし。


 ホテルにやっと戻る。昨日洗った衣服がまだ乾いていない、雨季がおわったばかりで湿度が高いのだろうか・・・。


 

アンコールワットの旅4(その1)

※旅行記は私のツレのものを掲載します。


12月30日(水)

旅行3日目(アンコールトム→タプロム)


【世界文化遺産の中へ】

 今日は、観光初日。午前中にまずはアンコール・トムとタ・プロ-ムをめぐる。


 8時20分ロビーに集合。ゆっくりしたスタートでよかった。


 朝のビュッフェはご馳走だ。サラダもフルーツもたくさん。フランスパンもたくさん種類があって魅力的。でも初日は、地元カンボジア料理を食べないと。麺、それからココナッツ風味のスープ、炒め物などなど、うん、まあまあおいしい。レモングラスの味がする、脂っこくなくてさわやかだ。コーヒーはプレス式コーヒーで薄い(普通のコーヒーもあるようで次の日からはそちらにした)。お茶はここでもジャスミン茶をよく飲むようだ。


ぐるぐるぬるぬる

 今日、明日の2日間のガイドはチャムランさん。昨日のナカラさんよりはたどたどしいが、日本語でガイドをしてもえるなんてよかった。


 アンコール遺跡を観光するには、料金所でパスポートを買わなければいけない。長蛇の列だった。料金所から遺跡までは思ったより離れている。遺跡に入ると、遺跡が広大なせいか、人の混雑をそれほど感じなかった。やはりこの時期は日本人が多かった。

 
ぐるぐるぬるぬる


 最初はアンコール・トム。アンコールは“都”、トムは“大きい”という意味のようだ。ちなみにシェムリアップは“シェム”(タイ)を追い出したという意味である。

 

 アンコール・トムは12世紀の仏教遺跡。仏教遺跡の特徴は3つの回廊からなっており、ヒンズー教遺跡がピラミッド型であるのに対し、平面型の構造であること。


 アンコール朝時代は、時の王様によってヒンズー教だったり、仏教だったりしたようだ。王宮は木造だったため、全く残っておらず、宗教建築物は石で作られたので残っているようだ。


 バイヨン寺院の観音様は四面あり、喜怒哀楽を表しているようだが、どれもが穏やかな笑みを浮かべていてどれを見ても同じように見える。ガイドさんですらよくわからないようだ。


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ぐるぐるぬるぬる

 アンコール遺跡にはサンスクリット語で書かれた石碑文がある。文字が刻まれていたことが、1860年、フランス人学者が現地の人に案内されて発見したアンコール遺跡のなぞを解く大事なものとなった。私達が新婚旅行で行ったマチュピチュは、文字を持たなかったため、いまだに何だったのかわからない。


 創建者であるジャヤバラマン7世は、道路網を整備し、脇には宿駅を作り、病院なども作った。宗教融合をはかり、仏教徒とヒンズー教徒が戦争をしないように牛を食べなかった。今でもカンボジア人から尊敬されており、学校にも病院にも肖像画が掲げられている。


 バイヨン寺院の回廊には日常的な暮らしが刻まれている。砂岩なので彫りやすく、細やかな彫刻が施されていた。カンボジア人は耳がたれているが、これは重いピアスを身に着けていたことによるそうだ。魔よけのために入墨もしている。


ぐるぐるぬるぬる


 敵国チャンパ(ベトナム中部にあった国)人はスカーフをしている。耳が短い人は中国人である。イスラム教徒との戦争では中国人と助けあった。量り売り、ボクシング、出産、闘鶏など今でも見られる日々のシーンがつぶさに描かれている。


ぐるぐるぬるぬる ぐるぐるぬるぬる

 だいぶ汗をかいた。バスに乗り、次の観光遺跡、タ・プロームへ。『トゥームレーダー』という映画の撮影現場だったこともあって、かなり有名になったようである。ガジュマロの木が建物に覆いかぶさる姿は神秘的である。


 メインに近づくにつれ、ツレのおなかの調子も悪くなる。とうとうトイレに行ってしまった。帰りは戻らないで別の道から出るようだ。チャムロンさんに夫がトイレに行き、元の場所で待っている旨を伝えた。来た道を戻ってもなかなかいない。携帯もここは圏外で使えない。焦る・・・その時「なかちゃん」、と呼ぶ声が。ツレも焦って混乱していたのだろう。「なかちゃん」なんて、そんなに聞ける機会はないぞ。ほっとしたが、うけたよ。


ぐるぐるぬるぬる

 ツレの腹痛も少しは落ち着いたであろうか・・・。今日の昼食は、カンボジア料理。コース料理ではあるが4人で皿をとりわけなければいけないので、ちょっと遠慮気味に食べる。デザートはかぼちゃプリン、すごく楽しみ。でも出てきたのは、単なるゆでかぼちゃ。中はプリンでもなく、味もそっけもなく、茶碗蒸しのような感じ。どうしておかずは変な甘さがあるのに、デザートは甘くないんだろうな・・・。もう少し甘くてもいいのだけど。そうそう、「かぼちゃ」は「カンボジア」からきたらしい。


ぐるぐるぬるぬる

 そうそう、チャムランさんに聞いたが、日本語とまったく同じ言葉は、「釈迦(シャカ)」と「噛む(カム)」。私が唯一覚えたクメール語は「ありがとう」、「オークン」。




アンコールワットの旅3

※旅行記は私のツレのものを掲載します。



12月29日(火)

旅行2日目(仙台空港発→中部国際空港→ハノイ空港→シェムリアップ空港着)


【いざアンコール遺跡6日間の旅へ】

 6時8分発の仙台空港アクセス線に乗るため、ホテルを5時半に出発。仙台空港の国内線ターミナルでシェムリアップまでの航空券を入手した。これから海外に行くのだという実感がやっとした。何せ年末まで仕事のことで頭がいっぱいで“地球の歩き方”すらろくに見ていない。ツレのお父さんの様態も心配で、行くことを決断したのは26日。それまで本当に今日ここにいるということを想像する時間も心の余裕もなかった。


 8時に仙台空港を出発し、9時10分ころに中部国際空港に到着する。もうチェックインが始まっている時間だ。席を選ぶには早めにチェックインしないと。


 到着後すぐに、ベトナム航空のチェックインカウンターに並ぶ。通路側の席を指定。私達2人は、ハノイまでは通路を挟んで何とか隣の席をとれた。ハノイからシェムリアップに向けては1列とび。でもどう見てもこのアルファベット(A)は窓側だよな・・(結局そうだったけど)。


 チェックインを済ませ、何かの時のためにと、携帯電話をレンタルする。なんだかんだであっという間に時間がすぎ、“セントレア”を満喫する時間はなかった。まあ、いいか、帰りはいやなくらい時間があるんだから・・・(結局帰りは体調がいまいちで眠気と疲労とで見学どころではなかった。そんな状態をその時は知るよしもなかった)


 11時半ハノイへ向け出発。飛行機の中のベトナム語は、おたまじゃくしがアルファベットの上や横で泳いでいるようなわけのわからない文字。カンボジアの文字は、もっと理解し難いものだった。ハングルみたいに音を記号で表しているような文字だ。ガイドさんにクメール語で私の名前を書いてもらったが、残念ながらソフトがないので私のパソコンでは表記できない。


 15時前には(現地時間、日本より2時間送れ)ハノイに着いた。曇りなのか、ほこりのせいか空気はくもっていた。ハノイは18度だったので長袖でもちょうどよかった。


 トランジットのため入国審査をしなければ。機内で出入国カードを渡されず、到着したら書くように機内放送があったが、どこで書けばいいのだろう。職員も旅行客もみな要領を得ない感じだ。空港職員に聞いても不親切だし、まあ、とりあえず指示に従って列に並ぶ。


 そのうち、職員がシェムリアップに行く人のパスポートと航空券を集め始めた。よくわからないがこの人に渡せばいいのだろう。海外では命同然のパスポート、無事戻ってくるか心配だ。そして驚いたことに、10冊くらいのチケットを挟んだパスポートを適当な人にどっと渡し、皆に配れと・・・。


 2回目の束は私たちの手元に来た。「○○さーん」、私は添乗員か・・・。こうゆう時、周りが皆日本人であったのは救われる。


 仙台空港では「荷物は一度受け取って税関を通るように」と言われていたが、結局、どうやらその必要はないようで、そのまま出発ロビーに向かった。不安が伴う。しかも気がつけば搭乗口がわからない。どこを探しても表示しているものがない。職員に聞くと、そっけなく、チケットに番号と時間を手書きされ返された。


 搭乗口の前は閑散としている。土産物屋の店員もまったく売る気もない。3階にいってみる。ただっぴろいイベント広場のようだ。レストランが寂しく片隅にあるだけ・・・


 16時55分ハノイを出発、18時50分シェムリアップ空港到着、ハノイ空港があまりにも古臭かったので、この2006年に新設されたきれいな空港に感激した。


 ナカラさん、という現地ガイドに案内してもらう。すばらしい日本語である。英語、韓国語、中国語、フランス語、各言語ごとのガイドがいる。アンコール・ワットにはあらゆる国から人が集まっていることがわかる。


 同じ便で来たHISの旅行者10名程度で夕食をとる。見知らぬ人同士でつつく中華料理はちょっと気まずい。飲み物はアンコールビールを飲まないと。日本ビールに近くておいしかった。1缶2ドル。中華料理は甘かった。中国の味というよりは、日本の中華料理に近く、それをもっと甘くした感じ。


ぐるぐるぬるぬる-カンボジア料理 ぐるぐるぬるぬる-アンコールビール


 ル・メリディアン・アンコールに到着。私の興奮は絶頂に達する。なんと高級感あふれたホテル。ロビーでウェルカムドリンクをいただきながらチェックインを。きらびやかなクリスマスツリー。はー何もかもが夢のよう。日本人スタッフがいるから安心(でもちょっと気が強く、短気だったけど)


 部屋もまたまた超きれい。汚す前に、恒例のカメラで記念撮影。すごいすごい、どこを開いてみてもすごい。さ、まずはひと風呂浴びるか・・・ここで愕然。ユニットバスの音、部屋に筒抜けじゃん。なんでこういう構造にしたのかわからないけれど、バスと部屋の間が扉で開くのだ。これさえなければ完璧だったんだけどな・・


ぐるぐるぬるぬる-ル・メリディアン

アンコールワットの旅2

※旅行記は私のツレのものを掲載します。



12月28日(月)

旅行初日(秋田発→仙台泊)


【旅のはじまり】

 今日は御用納め。そして海外の旅に向けた大事な日。道路に雪がなくてよかった。カンボジアで履くスニーカーのまま職場に出勤。今日は早く帰らねば。ツレは午後から休みをとっている。


 17時15分、周囲への挨拶をそそくさとすませ、17時半に市役所前でツレの乗ったタクシーに同乗、長崎屋バスターミナルに向かう。


 時間があったのでドンキホーテで夕飯を食べ、18時20分発の仙台行きに乗車。


 今晩の宿「ホテルS」についたのは22時すぎ。歩いて4、5分ほどの近いホテル。でも安いだけに寂しげなホテル。


 寒くて寒くて何度も起きた。やはり安いだけある。前の日に電話した時に、誰も出なかったので嫌な予感はしていた。


 部屋は余計なくらいに広い。そのせいで寒い。布団も使いふるした薄っぺらい布団、そして浴衣はひざ下10cmくらいの中途半端な丈で田舎娘だ。しかたなくズボンをはいて寝た。こんなところで風邪をひいたらばかばかしい。


 スタンプカードをもらったけど、二度と泊まることはあるまい。