夏休みは忙しい。
だってさあ、ラジオ体操のために早起きしてさ、夏休みの日誌を朝のうちにやっちゃってさ、
絵日記書いてさ、アサガオ観察してさ。そんで時々海水浴して、近所の里山に登ってさ、
花火大会とお盆の里帰りがあんじゃん。そんでまたさんすうとこくごのプリントやってさ、
そんで最後に工作と理科研究が残るんだよ。
ダサいJ-POPとかきいてる場合じゃないっての。
覚えてるのはそれこそ”何度も何度も”かかっていた青山テルマの曲だけ。うるせえよ!
そしたらさあ、赤塚不二夫がついに死んじゃったんだよな。
それが何よりもショックだったぜ。
上野の森美術館で「赤塚不二夫展」やったとき、わざわざ上京してトークイベントに行ったもの。
ところでみなさん、みなさんの血中赤塚度の割合はどんなかな?
オレは7割で、2割が梶原一騎。残りの1割はいつも変わるんだけど、
最近はベルマークのひみつだな。いや~夏休みの研究テーマだったんだ。
それなさておき、
オレたちくらいの年代って、赤塚ギャグがいちいち、血となり、肉となっているよな。
太陽が昇るのはバカボンの歌の反対側からと覚えたり、
41歳の春に特別の感慨を持ったりとか、
昔の女の子達なら、
化粧用コンパクトはゴージャス系のものを一つは持っときたいとか、そういうの。
何よりすごいことは、「世の中に起きる出来事はすべてに意味がある。」という常識を、
「そんなもんねえんだよ!」と言い切って、しかも「
これでいいのだ」と全肯定したことだ。
しかし、その後「無意味」を肯定された後の世代は、
「無意味であるかもしれない自分」から逃れるため、逆にど~でもいいことにも意味を求めたがる。
世界でたった一人しかいない自分は、ものすごく特別な存在なのだと。
しかしそれは、オリジナルであるというだけのことで、それ以上の意味はないのだ。
それでも「無意味の向こう側」にあるものを見つけたいなら、
無意味の大河に流される時間もときには必要だ。
しかし無意味を意味のあることに変えられるのは、自分だけだ。
だってさあ、子供の理科研究の手伝いして、いったいなんの得がある?
あいつら自分でやりゃあいいんだよ。それこそ無意味の極みじゃん。
でもさあ、ベルマークがついたものを探しに買い物に行くなどという、
オトナになってまだそんな馬鹿げたゲームを真剣にやれるなんて、
すげえ楽しいとは思わんかね。
無意味と意味あることは表裏一体であり、
地続きであるのだということを大人は子供にしっかり教えてやるべきだ。
赤塚不二夫がオレたちに教えてくれたように。
だってさあ、ラジオ体操のために早起きしてさ、夏休みの日誌を朝のうちにやっちゃってさ、
絵日記書いてさ、アサガオ観察してさ。そんで時々海水浴して、近所の里山に登ってさ、
花火大会とお盆の里帰りがあんじゃん。そんでまたさんすうとこくごのプリントやってさ、
そんで最後に工作と理科研究が残るんだよ。
ダサいJ-POPとかきいてる場合じゃないっての。
覚えてるのはそれこそ”何度も何度も”かかっていた青山テルマの曲だけ。うるせえよ!
そしたらさあ、赤塚不二夫がついに死んじゃったんだよな。
それが何よりもショックだったぜ。
上野の森美術館で「赤塚不二夫展」やったとき、わざわざ上京してトークイベントに行ったもの。
ところでみなさん、みなさんの血中赤塚度の割合はどんなかな?
オレは7割で、2割が梶原一騎。残りの1割はいつも変わるんだけど、
最近はベルマークのひみつだな。いや~夏休みの研究テーマだったんだ。
それなさておき、
オレたちくらいの年代って、赤塚ギャグがいちいち、血となり、肉となっているよな。
太陽が昇るのはバカボンの歌の反対側からと覚えたり、
41歳の春に特別の感慨を持ったりとか、
昔の女の子達なら、
化粧用コンパクトはゴージャス系のものを一つは持っときたいとか、そういうの。
何よりすごいことは、「世の中に起きる出来事はすべてに意味がある。」という常識を、
「そんなもんねえんだよ!」と言い切って、しかも「
これでいいのだ」と全肯定したことだ。
しかし、その後「無意味」を肯定された後の世代は、
「無意味であるかもしれない自分」から逃れるため、逆にど~でもいいことにも意味を求めたがる。
世界でたった一人しかいない自分は、ものすごく特別な存在なのだと。
しかしそれは、オリジナルであるというだけのことで、それ以上の意味はないのだ。
それでも「無意味の向こう側」にあるものを見つけたいなら、
無意味の大河に流される時間もときには必要だ。
しかし無意味を意味のあることに変えられるのは、自分だけだ。
だってさあ、子供の理科研究の手伝いして、いったいなんの得がある?
あいつら自分でやりゃあいいんだよ。それこそ無意味の極みじゃん。
でもさあ、ベルマークがついたものを探しに買い物に行くなどという、
オトナになってまだそんな馬鹿げたゲームを真剣にやれるなんて、
すげえ楽しいとは思わんかね。
無意味と意味あることは表裏一体であり、
地続きであるのだということを大人は子供にしっかり教えてやるべきだ。
赤塚不二夫がオレたちに教えてくれたように。