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ばけのブログ

この辺で過去を振り返り、未来を考えたいなと思いました。

宇宙のスケールの圧倒的な大きさに、自分の日常や人生が細やかで、ほとんどのことが別にどーでもいいじゃん!ということに気付かされて癒されるのですが、

 

その反対の原子の小ささのそのスケールにも「は??」となることがあって、ここでもワクワクさせてもらってます。

 

例えばニール・デグラース・タイソンのおっちゃんの「Inexplicable Universe」というTVシリーズがあって、これが面白かった。英語だけどネットで見れます。

 

 

私たちが触れる物質は全て原子でできていますが、その原子は原子核に電子がグルグル回っているモデルになっています。

電子という言葉は中学生でも知っているけれど、まだ誰も観測したことはない。

考えられないぐらい小さいサイズだから。

 

そして、原子核はそれよりも重いことになっているけど、これまた「わあ!」と叫びたくなるくらい小さい。

 

原子核をB.B弾(ま、仁丹ぐらいの大きさですね)とすると、原子の大きさは野球場ぐらいある、と。そして仁丹を真ん中にして、野球場サイズの直径を電子が回ってる。それが原子だって。しかも仁丹と電子の間は何もない空間だって。

 

それでブライアン・グリーンの「エレガントな宇宙」というTVシリーズの中では

 

 

NYで有名なエンパイヤーステート・ビルディングのあの建物そのもののを構成している原子の中の原子核とか電子とか測れる「物質」を全部1つにまとめて、原子の中の空間を全部取っ払ったら、残るのは米粒1つの物質にしかならない。つまり、すべてのものはほとんど中がスッカスカの何にもない空間だ…そうです。

 

しかし真ん中の小さな小さな原子核の密度はぎゅうぎゅうで、その米粒1つ分の物質がエンパイヤーステートビルの重さそのものなのですからね。どんだけぎゅうぎゅうか、というと

 

TED: 原子はどのくらい小さい?(日本語バージョン)

 

 

車1台分の原子核を考えた時、原子核1つの密度と同じにするには30cm四方の箱に車を67億台詰め込まなきゃならないって、何言ってんのかよくわかりません。

 

しかもね、原子核って、中は陽子と中性子でできてる、って言い出されたのが1910年代で証明されたのが1930年代ね。

で、それもクォークとレプトン(素粒子)でできてるって証明されたのが1960年代も後半に入ってから。

そしてクォークには電荷の大きさによって、アップ・ダウン、ストレンジ・チャーム、ボトム・トップと6種類あり

素粒子には電子・電子ニュートリノ、ミューオン・ミューオンニュートリノ、タウ・タウニュートリノと6種類あり

 

それさえも最近では「超ひも理論」でもっと小さい紐状のものがそういうのをつないでんじゃないの、と言われてて、

原子1つを太陽系の大きさと考えた時にそのヒモの大きさが、そこらへんにある小さめの木と同じ大きさだって。

 

そしてそして

この前ノーベル賞受賞したヒッグス博士の言ってるヒッグス粒子も小さいなんて言葉じゃ表せぬほどの小ささだけど、何にもない、という空間にそれがビッチリつまってるのよ、見えないけどさ、と分かってきて

 

何にもない、という空間だってダークマターという重たさのある、引っ張る力があるから銀河とかがバラバラにならないで済んでいるらしいことが分かってきて、

 

しかしながら今までビッグバンだけでここまで宇宙が膨らんできたと思ってたけど、途中から斥力が加速したことが分かってきて、そのダークエナジーってなんなの?とまだ分かってない。

 

分からないけど、なんかすごいので、ワクワクしてくる。

 

私の目の黒いうちシリーズでどこまでわかるか。長生きしたい、と考える原動力となってます。

世の科学者の皆さん。頑張って、一刻も早く解明してください!

 

 

 

 

 

 

 

宇宙は果てしなく大きい。

こういう動画見ると癒されるんです。

 

 

私の今抱えている問題とか、あまりにも小さい。

自分の一生もあまりにも小さい。

 

ぜーーーんぜんどうでもいいことだぁ、と

心からホッとするというか。

 

バイトでコップを割ってしまった時に驚いて時間がスローモーションになった話を同級生にしたら、とても面白い話をしてくれました。

 

それが自分の体験より、もっと興味深かったんです。

 

曰く:

 

5歳ぐらい…就学前の頃、自分の家の近くの原っぱで走り回って遊んでたんだ。

そこは子供の膝下ぐらいの高さの雑草がびっしり生えていた。

だから足元は見えなかった。

で、思いっきり走っていると…あるところで足がつくはずのところに地面がなかった。

その瞬間、なぜか「ここは深い井戸に違いない。下まで落ちて死ぬんだ」と確信した。

それから、まぁ5歳ぐらいだから人生なんてまだ短いんだけど…僕が生きて覚えている限りの全てのシーンが順番にパァっと目の前に映画みたいに全部見えた。

随分と長い時間だった気がするんだけど

急に足が地面に着いたんだ。穴と思ったのに、思ったより全然大したことなくて、20cmぐらいしか段差がなかった。でもその20cmの間に全人生が映像として再生されたんだよね〜。

 

すごい!

 

人生が走馬灯のように再生される、という現象はよく臨死体験とかで出てくるけど、

 

彼の場合が本当にすごい!と思うところは、

怪我して意識がなくなったり、溺れるなどして脳に酸素が足りなくなったわけでもなんでもなく、ただ「死ぬ!」と思うほど驚いただけでこの体験をしたという点!

 

つまり臨死体験でよく聞くような体験は、身体が(特に脳が)傷ついて臨死したため、と思われてるけれども、そういうのとは一切関係なく「自分の死を想起させるほど驚いた」ことに対するリアクションである可能性がある、ということなんです。身体は全く異常がなく、完全に精神的なショックで、というところですね。

 

そういう観点で研究されたことなんて一切聞いたことがないから、心理学とか勉強している人に是非とも研究してもらいたい、と思っている案件です。