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ばけのブログ

この辺で過去を振り返り、未来を考えたいなと思いました。

イギリスで活躍なさってる保育士&コラムミストの方の最近の記事を見て、そんだそんだ、アメリカだってだよ、と思いました。

労働者階級の子供は芸能人にもサッカー選手にもなれない時代

私が留学したいと思った頃はアメリカの主な大学の学費が私立でも年100万程度で後は居住費、飛行機代とかだったんです。

あの頃はバブルが全盛期を迎える頃でバイト探すのは容易でしたし、実質4年掛けて資金を貯めることが出来るレベルでした。

それが今だったら私なんか留学は無理だよ。

なんせ教育&健康保険は売り手の方が強気、強気の市場だからね。インフレ率はそれより低いのに、母校を含め大学の学費はどこも毎年5%きっちり値上げを続けてきたんでいつの間にか私がきた頃の学費と比べたら4倍以上にまできてしまってる。しかも居住費、テキスト代とか入れたら軽く1年で少なく見積もっても5万ドル~5万6000ドル以上かかる時代になっちゃった。
医学生でも無いのに4年で1000万以上かかるなんて奨学金必須にしてもあり得ないよねー。
外国人枠には全額無料の奨学金給付はまずないし。学生が独りで用意できる金額じゃない。

まぁでも音楽で大学行くなんて日本でも私の頃から親に経済力がなきゃ普通は出来なかったっけか。

地方から受験って子達は私の頃から毎週レッスンに新幹線使って上京してた。
ウチがボンビーなのに音楽やれたのは東京生まれというラッキーもあったんです。


とにかく高卒じゃどうしょうもないからってんでアメリカ人の大学進学率は日本に比べてずっと高いのですが、教育にもインフレが起こってて大学の卒業証書がありさえすれば食べられる仕事に就けるという保証もなくなり

アメリカの大学進学率は高すぎる

しかも学費高騰が止まらないので、若いうちから学生ローンで借金まみれになる層が中級の白人家庭にまで及ぶにいたってメジャーなメディアでも議論になってます。

米国の高等教育:大学に行く価値はあるのか?

莫大な借金までして学位取ったのに仕事ないんじゃ、取り敢えず借金分は返せる学位を選ばなくちゃならなくなってる。それで当然やめとくことになるのは音楽/芸術系ってことになる。

でもね、大学受験で他の受験生と差をつけるのに有利な特技は音楽なんですよ。高校レベルでどれだけやったかっていう。だから大学では経済学ぶって学生も高校までは音楽も頑張るとかいう差を親が付けさせたがるわけです。

で今教えてる音大の幼児教育部なんかね、去年トップが変わってエリート校にする方針を打ち出し来年度からは土曜日だけのクラスカリキュラムに年間1万ドル払える家庭でなければ来れないようになってしまいます。昔から居る先生方はそんな体制は反対だと思う人も多いけど私立大は州立みたいに先生を守る制度が何もなく「ウチの方針が嫌なら結構!」と簡単に首を切られる立場なので何も言えない。音大の教授でも福利厚生のつくフルタイムは各科1人とかで後はパートだしね。

才能があれば奨学金がもらえる、ったってね義務教育の学校でも音楽、美術、スポーツとかは予算カットで選択制になったりクラス自体がなくなってしまってて習わなかったりする。課外で習おうとしてもレッスン代がこんなに高いんじゃ習いに行けないから低所得者層はオーディションに受かるレベルにまでなれないんです。

それにね、クラシックだけじゃない。ジャズだって今やナイトクラブやカフェで気軽に聞くようなもんじゃなく、大きな団体でトップダウン的にやってかないと経済的に成り立たなくなってしまった。結果「こんなのジャズじゃない!」って音楽を大きく挟んで行かないとシーズン乗り切れなくなったし、才能あるローカルなプレイヤーより名前売れてるアーティストを外から引っ張ってこないとやってけない。

底辺は昔なら教会に通って毎週何曲か歌い、そこでベーシックなコード進行とか体得してたんだけど今はみんな教会行かないからね、何の音楽教育もないと国民全体的な音楽レベルが下がる。

そんな世の中でこれからの頼みの綱は昔には考えられなかったインターネットの普及ですね。
ヨウツベで素晴らしい昔のアルバムをまるまる何時間でも聞けるようになったし、グーグル先生では分かり易いインストラクションが無料で無限に置いてある。

長年ピアノ教えててつくづく思うけど、音楽やってる人なんか掃いて捨てるほどいる。最初にやり始めた頃の才能なんか全く関係ないとさえ断言できます。ほぼ全員が途中下車の旅なんで、最後の方の景色(かどうか分からないけど最初とは全然違ってる景色)が見れる人ってのは才能なんかで到達できる地点をとーーっくにすぎた後にそれでも「どうしても!」という気持ちがある人だけ。

みんな~、がんばろーぜーーーっ!!
今日は日当たりの良い居間で雑用をこなしてたら、猫たちも日当たりの良さに惹かれていつの間にか集まってきてた。
気持ち良いもんで何時もはモメる距離も許せている模様。。。



さっき夫に指摘されるまで気がつかなかったんですが、ソトちゃんの毛並みが何気に変わってる!

去年の夏、ソトちゃんが初めてうちにきた頃は上半身と下半身ではっきり毛並みの濃淡が違い、しかも長さにも差があってちょっとライオンぽいようなツートンカラーでした。
そう言えば毛の薄くて短い部位が特にガリガリ度が高かったような…。
夫に、変なツートンカラーだねぇ、フランケンキャットだね。なんて言われていたのに。



いつの間にかどこも同じ色で同じ長さの毛並みになってる。



毛並みにも栄養が足りなくてあんなになってたのか。

ヘルニアも直したので栄養が均一に回るようになったとか?

今はムッチリセクシーをやや通り過ぎて少し食事制限しようか、くらいになっちゃってますから(^_^;

外に遊びに行く?って庭へのドア開けてあげても「いや、家の方が暖かいし」とすぐ戻って来てしまうんで運動も足りなくなっちゃてるんですよね。

『何たって家ネコの醍醐味は食べることでしょう!!』と隙あらばスミちゃんの餌も盗み食いしようとするし。

ま、いずれにしろ健康になったので良かったです。
自分のブログのアクセス解析を見たら、
2011年の一月に書いたエコ・コーヒースリーブの記事が地味にいつもアクセスされてるんで、こういうの需要があるのかな、と。

あの時の他のパターンも公開させていただきましょう。



アラスカのおばちゃんたちが伝統的なレースニット編みを紹介している本を買って読んだ結果、すべり目にして穴を開けた上の段では、ねじり目で編むと穴が変に広がったりしなくてきれいな仕上がりになるそうで、そうしてみました。今見たら段の数が間違ってる!模様編みにするのは奇数段で、偶数段はただ表目でぐるりです。



このように木の葉型の形にすると、三目一編みにする部分が3段続くところあるでしょ。あれやると、段々つれてきて、下の方が波形になってきてしまいます。それを狙っていないのなら、最初数段ゴム編みにするという手があります。どうせなら後でとれる作り目にして、編み終わってから逆にゴム編みをしていくといいですよ。

これは17目のパターンですが、パターンを繰り返して円周を大きくすればレッグウォーマーにもなるし、今はやりのブーツカバーなんかにしてもいいかも。

編み物は本当に『一目瞭然』系のもので、どんなに写真満載で判りやすく書かれているようなものでも本ではどうしても?????となるところが必ず出て来てそこでつまり、挫折することが多かったです。昔から。
今やインターネットで色々なことがすぐに調べが付くようになったのに、アメリカの編み方は毛糸の指の掛け方が日本とは反対で、指の動かし方も違い、ビデオ見てさえ判りづらい事が多い。逆にヨーロッパのビデオで何言っているか一言もわからなくても動画を見て納得できたりします。

個人的に、日本で主流なヨーロッパ型の持ち方の方が絶対、疲れないし早く編めると思うので、自分がアメリカ型を練習しようって気はさらさらないのであります。

アメリカっていっちいち日本と単位関係で違ってる事が多くて不便です。

もうこっち来て四半世紀が経とうとしているというのに、未だに「今日は天気で、華氏57度でしょう」って言われてもさっぱり実感が湧かない。(14℃ぐらいです)

でも日本で編み物っていうとかぎ針編みの方が多いんですよね。私は棒針編みの方が断然好きなんです。

紀伊国屋行く機会があると、必ず編み物の本をチェックするのですが、せっかく日本語で書いてあるのに編みたい、という気になるような本があまり見つかりません。まぁこっちで日本語の本を買うと高い上にさらに消費税がかかるし、油断するとペラッと一ヶ月分の食費ぐらい使い込みそうになっちゃうんで欲しいのがない方がいいんですけど。

大体さ、本を出版するようなベテランで才能のあるニッターさんは、私みたいなど素人だけどやってみたい、というチャレンジャーの頭の構造を理解できてないんよ。私に言わせると説明が説明になってない。あまりにも当然と思ってすっ飛ばしてる、そこんとこが判らなくて挫折するのよ、こっちは。

あとね、可愛いを追求し過ぎだって。

私も可愛いのは嫌いじゃありません。

しかしああも全面にだされるとね、段々『あ〝~~~~~~っ』と絶叫しつつ心のちゃぶ台をひっくり返したくなってくる。鬱陶しすぎて。

自分がサラリーマンのおっさんで、妻が自宅をああいう調子で可愛くちまちまそこらじゅう飾りつけてたら、息が詰まって帰宅拒否になりそう。奥さんを愛してても、あんな部屋の中でさあやりましょうって言われても無理って気がするんだ。

何かな。何とも言えない理想を通り過ぎて妄想の域にある幸せ感の強要っての?脅迫的って感じちゃうんです。私が既に大人になってから行ったディズニーランドでショックを受けた、あれですね。

それはともかく編み物にはまってから、世界の経済についてまざまざと実感を持って考えられるようになりました。

何たってね、百均に行くと、自分で作ったものと同じようなテクニックで作ったものがたったの100円+税で買えてしまう。すごい事ですよね!もう少し値段の高い普通のデパートででもですけど、リサーチによって得た消費者ニーズに関する情報を元にデザインを起こし、生産量を決めて毛糸を買い付け、染色し、どこで生産するのかを決定し、人を雇い、機械あるいは編み物師を雇い、品質管理をし、期限を限って納入してもらい、それを運び、人件費をかけて売って、あの値段設定。とても個人の趣味で作ったものが市場で太刀打ちできるものではない。大勢の人の努力と勤勉がなきゃできない価格なんだな、とつくづく感じ入ります。
ま、道を歩いててみんなが違う服を着ているっていうこと自体すごいとだと思う。人類って思った以上にすごいんじゃん?って気がする。

とにかく素人が自分で作る意味は、値段じゃないってことだけは確かだ。量産には向かないような趣味人向けに作られた、色に味わいのある毛糸を選ぶこと、それがまず80%以上。あとは量産には向かないデザインの面白いものにトライする事、それが10%、最後の10%は、自分の気に入るように作ることですね。

忙しくてしばらく放っておいたけど、また作りたくなってきました。