万博やオリンピックが原因で爆発的な経済成長をした国は確かに多くあります。

しかし、これには方程式のようなものがあって、発展途上国から躍進して先進国を脅かすような存在になりつつある国が万博やオリンピックをきっかけに爆発的に経済成長していますが、そうでない国、例えば今の日本のように先進国から衰退し今や発展途上国といっても過言じゃないような国でやらかすと投資した資金を回収できないばかりか経済の起爆剤にもならずに空振りをし、かえって衰退を加速させてしまうのです。

 

では、外国の例を見てみましょう。

 

万博はオリンピックよりも時期が早く始まっていますから、こっちから見ていきましょう。

 

スタートしたのはフランス革命期のフランスでした。

ずっとしばらくはフランスだけで開催されていましたが、好評を得たので、じゃあ他の国でもやって行きましょうかという事になり、今の万博に近いものがスタートしたのは19世紀半ばの

イギリスではじまりました。

 

19世紀半ばのイギリスといえば太陽の沈まぬ国と言われるほどに海外に植民地を有していましたし、産業革命をいち早く進めたことで植民地も産業力も世界のトップを走っていました。

 

まさにイギリスの最盛期ともいうべき19世紀中葉にロンドンで開催されたのです。

1851年イギリスのロンドンで開催されました。民間主体で行い、604万人が入場しています。

 

 

1855年にフランスで政府主催で開催され、入場者は516万人でした。
1852年にフランスは第二帝政が始まっていて、権威主義体制が確立しながらも、経済に関しては放任主義で、景気自体はかなり良かった時代でした。
経済に関しての放任主義が上手くいかなくなり後に権威主義体制から自由主義に移行します。自由帝政が始まったのは1860年でした。
1867年にも政府主催で万博が開かれていますが、この時には1020万人の入場者が集まりました。
ちなみにこの3年後にフランス第二帝政は普仏戦争で破滅します。
さてこの1867年ごろのフランスはどうだったかというと、殖産興業にはある程度成功していたものの、社会保障に関しては全く未整備状態であったため庶民の暮らしは非常に不安定で暴動なども頻発していました。
それだけでなく1867年には1863年にメキシコ出兵して傀儡で建てたメキシコ皇帝がフアレス軍に捕まり処刑され完全にフランスの威信が地に落ちた時代でした。
フランス第二帝政に行き詰まりが見えていた時代でした。
 
 
1929年にスペインのバルセロナで万国博覧会が開かれました。
当時の国王はアルフォンソ13世で政情不安の国を安定させるため、1923年からプリモデリベーラ将軍を起用して権威主義体制によって乗り切ろうと考えたのですが、経済不安と治安悪化共和主義者の台頭によって国内の混乱は益々深刻な状況に陥っていました。そこで国威発揚のために万博を開催したのですがなんとか開催できたという状態でした。1930年にはプリモデリベーラは失脚後すぐ病死し、頼りになる人間がいなくなったアルフォンソは1931年に王制を打倒され国外亡命し、フアンカルロスを王位後継者に指名しましたが彼が即位したのは1975年で44年もあとのこととなりました。
 
 
さて、日本ではご存知の通り1970年に万博が開かれました。
アジアでは初めてでした。入場者数は6421万8770人で日本の万博史上最高動員を誇ります。この記録は塗り替えられていません。
 
日本のこの頃の状況はというと高度経済成長はひと段落ついた時代ではありましたが、まだまだ経済成長は進んでいた時代でした。
この3年後に石油ショックが無ければしばらく経済成長も続いていたかもしれません。
しかし、石油ショック後の日本は衰退期に入ったわけではなく低経済成長期、成長期から安定期に入ったと言えなくもありません。
 
私が実際に見に行った万博は神戸博でした。1981年の春休みに親戚と一緒に見学して回りましたが、私は兵庫縣館で歴史の展示ばかり追っかけてみていたのを覚えています。母がプラネタリウムが大好きなので一緒にプラネタリウムを見た記憶があります。
私の記憶ではどこもかしこも人込みだらけで、かなり広い会場だったのにもかかわらず、あまり落ち着いて展示物を見て回れなかった感じがしたのですが、大阪万博よりは入場者数が大幅に減少し(1610万2752人)、失敗の万博だったと当時一部報道がされていたのを覚えています。
今現在は地方博覧会ブームの火付け役として1980年代以降の小規模な地方博覧会の乱立のきっかけを作った成功した博覧会と評価されています。
どこの新聞だったか忘れたけど株式会社神戸市とまで評価され、神戸市はこの博覧会で60億円の利益を上げたそうです。
それが今や・・・
 
 
それに対し1985年のつくば万博は皇太子殿下が名誉総裁となり、皇室まで巻き込んでのある意味かなり政府主催の万博となり、これは神戸博とは違い、活況を呈したなどと言われていました。実際、神戸博よりは入場者数が増えており、(2033万4727人)後世からも評価された博覧会でした。
この博覧会から数年後バブル時代が始まります。
土地神話はもうこの頃にはかなり進んでいました。
1970年に江東区大島のマンション(公団住宅)を父が購入したのですが、この時の値段は550万でした。それがこの年には築15年経過しているのにもかかわらず、2000万で売ってくれ、うちなら2500万でという問い合わせが殺到していた時代でした。
わざわざ、東京の不動産会社が岡山まで手土産持って売ってくれと頭下げに来たのはかなり強烈でよく覚えています。(ちなみに今でも築半世紀経過しているのに販売価格は2500万前後の値段がついています。不動産屋の引き取り価格の最高値は3500万ついたこともありました。)
 
また昭和54年に大阪府箕面市で購入したマンションも1500万で買ったものが、引き取り価格が2000万に上がっていました。(今は300万や500万で売れよといってくるほどに落魄してしまいましたが(笑)ちなみに販売価格は1500万くらいです。ぼったくんじゃねえ(笑))
 
 
1990年には花の万博が開かれ、入場者数は2312万6934人でした。
この万博の名誉総裁は皇太子殿下であったことから政府主催といえる内容でした。
世はバブル時代、そしてバブル期最大のイベントと言われていました。
しかし、この万博による経済効果は期待するほど現れていません。
ちなみにこの万博、大阪で行われています。
大阪市鶴見区と守口市で行われていました。
大阪市政100周年記念だったと思いますが、それで開催されたんだと思います。
 
イベントが万博だけじゃなくいろんなイベントが乱立する時代、万博だけに人が集まるという時代ではなくなっていました。
たしかに半年間の開催、そして大型イベントという事で注目も集めますが、この時代、どんな時代だったかというと、日本各地にテーマパークが乱立し、テーマパークに近い万博は日本全国に乱立したテーマパークに客を取られて分散してしまったんじゃないかと後から思ったものでした。(ちなみにこの時代に乱立したテーマパークの多くは閉園に追い込まれています。)
 
 
さて、バブル崩壊後の大規模な万博といえば、2005年の愛知万博です。
これも政府主催に近い形で行われましたが、出資額は国・県・民間が1対1対1の割合で拠出したようです。当初予想見積もりの2倍の費用が掛かっていますが黒字化させたのは万博自体は確かに成功したといえるでしょう。
しかし、その経済効果は日本国内を活性化させるほどのパワーはありませんでした。
万博それ自体の内容も高く評価もされていますが、当時の政府の発言にもありましたが経済効果は限定的で終わってしまいました。
 
この3年後にリーマンショックが発生し、日本の衰退は確定的になりました。
 
 
このような感じで経済刺激策として万博をやるタイミングは結構重要な要素の一つであることがわかります。

 

 

 
ではオリンピックはどうなっているんでしょう。
 
1936年のベルリンオリンピックはナチスドイツ躍進の時代に行われ、国威発揚も大成功だったし、経済効果もかなりありました。この3年後に第二次世界大戦に突入します。
 
1964年の東京オリンピックは高度経済成長期に行われ、その後もしばらく高度経済成長は続きました。国威発揚にも大成功し、日本は新興国から先進国への仲間入りもその後果たすことになります。
 
1972年には冬季オリンピックですが札幌でオリンピックが開催されました。
この1年後に石油ショックが起こり、低経済成長時代に入りましたが、経済成長自体は止まってしまったわけではありません。
石油ショックというイレギュラーが発生しなければ、ひょっとしたら数年は高度経済成長が続いていたかもしれません。
 
2008年に行われた北京オリンピックは中国の国威発揚に大いに利用され、その後の中国の躍進に弾みをつけました。中国の絶頂期は短かったですが、そのきっかけのひとつにおそらく北京オリンピックも影響を与えているとは思います。
 
 
2012年のロンドンオリンピックもイギリス経済には影響を与えていないと評価されていた事を新聞記事で読みました。
 
 
2016年のリオデジャネイロオリンピックはブラジルの国威発揚には貢献しました。
経済効果についてはよくはわかりません。
 
2020年の東京オリンピック(実際は2021年開催)は中国ウイルスの影響などもあって自粛ムード漂う中で開催されました。その影響もあったと思うのですが、経済への波及効果はなく、そればかりか、無理矢理実行しようとしたためにいろんな不正がのちに暴露され前回大成功した1964年の東京オリンピックと違い、何のせいかものこさなかったばかりか、負債だけを残してしまいました。
経済衰退した日本、しかも中国ウイルスの影響で自粛ムードの中、開催を強行し、結果、何も得ませんでした。
 
 
上記のごとく、やはり、先進国でも落ち目の経済衰退している国で万博やってもオリンピックやっても何の意味がない事は証明されています。
 
 
国に力があり、経済成長しており、国威も高まりつつあるような勢いのある国でやるなら効果ありますが、衰退し、停滞感漂うような国でやってしまうとより停滞感と衰退に拍車をかけることになります。
 
愛知万博や特に東京五輪の大失敗で骨身に染みているはずだし、ついこの間の経験にも拘わらず、なぜ大阪で万博を強行するのでしょう。
大阪経済の地盤沈下は昭和から続いていて、衰退は延々と続いています。
 
そんなところで莫大な投資をしたところで持続的な投資ならいざ知らず、一瞬の花火でそれを付け火にして大阪を躍進させようなんてとんでもない無謀な行為です。
 
成功する要素がありません。
強行して負債を増やし、大阪の衰退没落を確定させてしまう事がわかりきっているのになぜやるんでしょうか。
今からでも遅くないから中止するべきでしょう。
開発も中断し、建設中の建物は改装するなどして工場や倉庫に変更し、産業団地を造り、産業を誘致した方がまだ被害を抑えることができるんじゃないでしょうか。
もしくは大学や研究機関を誘致し学園都市のようにするのもまだ万博をやるよりはマシなような気がします。
 
たった数か月か数日かはわかりませんが、1年も使わない施設に膨大な金を投入したところで経済効果などおそらくほとんど起こらないでしょう。
 
いまならまだギリギリ間に合うので万博を断念してほしいものです。
 
青島都知事が都市博を中止したのと同じように、ある程度話が進んでいても辞めた方が得ということもあるんです。
あの時も辞めた後の経済的影響を心配していましたが、実際には開催予定の費用830億円よりも低い610億円の損失で済んでいます。
博覧会が中止になったため、既に会場内の工事やイベント企画を受注していた企業が、発注先の企業から代金を受け取れないという問題が発生しました。
救済策として、東京都は1社あたり2億円を限度とした緊急融資を実施し、最終的に280社に合計約77億8500万円を融資しています。
中止から14年が経過した2009年12月の時点で全額返済したのは181社で、総額は58億円にとどまっており、2009年3月に約2億6000万円の債権を放棄したものの、約20億円が未回収のまま残っています。
都の決定した博覧会中止がそもそもの原因であるといった経緯もあり、強制的な措置を講じることも困難な状況です。
 
中止するにも大きな費用が掛かりますが中止する事で被害を抑えることも都市博である程度証明されています。
 
大阪万博と都市博では中止のタイミングが違いますが、やって何も残さないで負債だけ確実に増やすより、辞めた方が費用が抑えられるのであれば今すぐに辞めた方がいい様に思います。