今から10年以上前、平成19年6月末のお話です。


今の港区高輪に引っ越してほんと、まなしのことです。

当時の私は今のように松葉杖をガンガンに電飾したりしていませんから、夜、会社からの帰り道、真っ暗な中、カンカンカンと松葉杖の地面をたたく音だけ鳴らして歩いていました。実はこの日装着していたゴムが行きしな破けて外れてしまい、予備のゴムを持ち合わせていなかったからゴムなしで帰っていたのです。

対向して自転車に乗った人が犬を連れてやってきたので、左端によってやり過ごそうとした刹那、犬が私の足を噛みました。

予想外の犬の行動に驚いてたのは私だけじゃなく飼主もそうで、突発的な犬の行動に飼主はバランスを崩して自転車は転倒し、私も完全には転倒しなかったのですが、左端にあった壁にもたれかかりました。私の足にかみついた犬は、私が夏用のスラックスという薄手の生地を冬でも暑かったので履いていたために貫いてしまい、完全に足首に歯型と牙が刺さりました。
飼い主が何とか犬を私から引き放した後で、飼い主は平身低頭謝罪をし、その場で1万円の現金と自分の名刺を私にわたして、
「これで急いで病院に行って消毒してもらってください。狂犬病注射はしているので狂犬病になる事はないですが、噛み口からばい菌が入ってどんな感染症起こすかわからないので」
といいました。私は本当に引っ越してきたばかりで病院を知らないので、興奮して動揺しているこの飼主に
「じゃあ、外科か皮膚科って事になりそうですが、どこかこの辺にありますか」
と聞くと、飼い主は暫く考えて、
「あります。お連れしますので」
といって、自転車を邪魔にならないところに止めるとタクシーを止めて一緒に同乗して呉れて病院まで連れて行ってくれました。犬は邪魔にならないように木に括りつけられました。犬の姿を見たのはこれが最期になります。


タクシーに乗る程の事もない数百メートルくらい先のマンションの一室に皮膚科があり、そこで、念入りに消毒してもらいました。
飼主は病院側に頼み込んで自分の免許証をコピーさせてもらったらしくその免許証のコピーと、先に名刺を渡していたことをすっかり忘れていたのか、また名刺を渡して呉れました。先にもらった名刺と後にもらった名刺は同じ名刺だし、免許証のコピーと同じ場所の住所でした。
「改めてお詫びしたいので、あなた様の住所も教えてほしい」というので「いや、もう、これだけしてもらえば問題ないと思いますよ。後遺症とかの心配もないと思いますが。」と言って断ったのですが、是非にと言われて、確かにこちらだけ個人情報受け取って相手に渡さないのも礼に欠けるなあと思い、身体障害者手帳を相手に渡して、情報を記録させました。身体障害者手帳には電話番号も書き足したりしていましたからね。(今はメルアドも追加)

翌日、加害者の飼主は単身で謝罪のためわざわざ私の家を訪問して呉れました。


缶ビールのケース2つ持って謝罪に来られ、何か異変がありましたらすぐに連絡してくださいと昨日に変わらず、平身低頭謝罪されました。

「松葉杖のゴムが壊れて、ゴムなしで歩いていたから、カンカンカンカン音を立てていたのが余計に怖かったんでしょう。普段でも叩かれるんじゃないかとよく松葉杖を見て犬が襲撃してくるんです。だから私にとってはよくある事なので、気にしないでください。昨日はほんと、お互いに災難でした。」

「人を噛むような犬には育てていなかったのですが、昨日はご迷惑おかけしました。」
「名刺にある通り、自宅で店をやっておりますので、是非、一度いらしてください。」

缶ビール二ケースももらうのも申し訳ないなあと思っていたので、まあ、お店でお金を使ってあげれば丁度お礼返しにもなるし、いいかと思い、もし、金を受け取らなかったことも想定して、リュックに実家の米を別途送ってもらいそれを背中にしょって、お店に土曜日に訪問しました。

三田や泉岳寺の周辺はオフィス街なので、土日はガラッと人の流れが変わり、ほとんど通勤客がまばらになります。今は観光地として土日でもそれなりの人の往来を見るように変わってしまいましたが、この当時は土日はほんとに休日感満載で人がいませんでした。

 

ポツンと奥まったところにある、居酒屋さんで、前日に前もって行く時間帯をお伝えしていたので、ご主人も準備して待ってくれていました。

お互いに返杯してお酒を酌み交わし、雑談に入ってしばらくしたところで、
「ところでワンちゃんはどちらにいるんでしょうか。」
するとご主人は「もういません」

私は絶句して「まさか、処分したんですか」

「はい」

ご主人の話を聞くと犬を処分したいきさつはこうでした。

 

実は、私を襲撃する以前から、動いている物に反応して噛みつく習性があったようで、家の前を通る自転車に噛み付こうとして、自転車の女性が転倒し怪我をするということがあったそうです。実際に犬にかまれたわけじゃなく噛み付こうとしたことに驚いての店頭だったので、被害者の女性も驚いて転倒しただけだから、驚かさないように飼ってくれたらそれでいいですといって立ち去ったそうです。
この後直ぐに犬のしつけ教室に通って、訓練をしたのですが、また未遂の事件を起こしたので、室外で買うのを辞めて室内で飼うようにしたそうです。
そして仏の顔も三度、三度目のそして今度は本当に噛みついた事件を起こしてしまったので、そういう素質の犬だと諦めて、かかりつけの獣医の元に連れて行って安楽死による殺処分をお願いしたら拒否られ、それではと保健所に連れて行ったそうですが、保健所では引き取りを拒否。そのため、直接ワンワンセンターまで連れて行ったのですが、ここでも受け取りを拒否されたので、奥多摩の方に連れて行って、土嚢袋の中に犬を入れて、ある橋の上から川の中へ犬を投げ込み殺して処分したそうです。本当はこんなむごい殺し方じゃなく、安楽死をさせてやりたかったんだけど、拒否されたのでということでした。

一気に酒の酔いも覚めました。

 

でも、一方で、自分が飼い主の立場だったらどうしていたと冷静に頭が働くと、やっぱり自分も同じやり方をとっていただろうと思いました。

そしてきっと同じ経緯を辿り、断腸の思いで自らの手で殺していたでしょう。
おそらく殺処分の方法も多分同じやり方だったと思います。
死体を持ち帰っても埋める場所がないから水葬にして魚の餌にするしかないと考えたはずです。
犬を人里離れたところに捨てるという発想はないですね。それこそ最大の無責任です。
今迄キチンと時間が来たら食事を与え、散歩に連れて行きというパターンある安定した生活を与えておきながら、全てを放棄して後は勝手に生きろというのは残酷です。それなら殺してしまった方が犬に取っても野良犬になって人間に追い回され、罠にハマって保健所に連れて行かれるよりはマシでしょう。飼い主として最後まで殺してもいいから責任取るのは正しい事だと私は思いますし、私は現に幼いころにそういうことをしました。

幼稚園を卒園した後、大阪への転勤が確定し、大阪では社宅暮らしになるため、社宅で飼うペットは決められていました。
金魚と鳥と観賞用の小動物と、観賞用に販売されている昆虫だけが飼育を許可されていて、犬猫ウサギ蛙亀蛇は禁止となっていたのです。
当時飼っていた亀を連れて行けない為、貰い手を捜したものの見つからず、引っ越す本当に直前になって亀に手ずから餌をやって最後の晩餐を与えた後、泣きじゃくりながら、漬物石のような大きな石で何度も何度も亀の甲羅を叩いて割って亀を撲殺し、撲殺し終えた後で泣きながら、団地のツツジの花壇の植え込みのところに埋めてやりました。撲殺したため肉片や返り血を少なからず浴びる羽目になり、壮絶な姿で家に帰って来た私を見て、両親は何も言いませんでした。この影響があって、確実に数か月で死ぬとわかっているカブトムシとか一年を越せない生き物だけは飼っていましたが、長生きするような生き物を自分から飼うことは自分が障害者に転落するまではありませんでした。

障害者になり、社会復帰に時間がかかる事がわかるようになって初めて、ペットを飼おうかなと思うようになり、一番最初に飼ったのは近所の川で拾ってきたミドリガメでした。何が原因かわかりませんが、飼って暫くしてすぐに死んでしまいました。それで気になって、死体を解剖したら、お腹の中から買い物袋のビニールが出てきました。ヒラヒラと飛んでいたのが目に入り、捕食してしまったのでしょう。可哀想な事をしてしまいました。広いところで柵だけ設けて放し飼いにしていたのが仇になってしまいました。

とまれ、まさか私がきっかけになって犬が殺されていたとは。しかも飼主の手で。
後は色々食事を供して呉れましたが、美味しいかまずいかもよくわからず、機械的に食べて、機械的に酒を飲んでいました。
これだけはどうしても確認しておかないとというのを、デザートを出して呉れた時に思いだし、
「次、また犬を飼うつもりですか」

「飼いたい気持ちがないと言えばうそになります。今度こそはちゃんと躾けて飼いたいという気持ちは山ほどあります。でも私にはその資格はありません。だからもう犬を飼うことはないと思います。犬用の用品が家にあると犬の事を思いだして家内も泣いてしまうので、どこかに寄付をしたいのですが、ご存知のところありますでしょうか」
私はそんなの知らないけど、年配のご主人の馬鹿がつくほどの誠実な態度にほだされて、インターネットで保護犬活動に熱心なサークルを見つけて、それをご主人に紹介してあげました。ご主人はその団体に犬の遺品一切合切全部タダで引きっとってもらえてこれでよかったと喜んで呉れました。またこの時に団体に多少の寄付金をだし、私にも紹介の謝礼として今度は商品券を手紙と共に送って来て呉れました。

馬鹿がつくほど、誠実で丁寧な性格が仇となり、あと味悪い結論に至りましたが、私はご主人を責める気はありません。
ただ、こういった形の縁じゃなく、普通に店の店主と客という立場で巡り合いたかったなあと出会いの失敗を悔やみました。

私が松葉杖にこだわって、反射板をつけたり、ライトを取付たりするようになったのはこの事件がきっかけとなってからです。最初は反射板だけでしたが、それでは効果が無いことがわかり、ライトをつけるように、ライトをつけても効果が無いので、近接したら音楽がなるように仕掛けたら、音楽が鳴りっぱなしになるので、これは直ぐに断念。今は如何に派手で人目につきやすくするかという一点に集中し、ド派手なデコトラならぬ、デコ松葉杖に変身してしまいました。
それでも自転車がぶつかってきたり、歩行者と衝突しかけたり、犬に噛みつかれそうになります。

スマホが原因です。
こればかりはどうしようもありません。

ながら移動は時間が過ぎるのが早いですからやりたくなるものです。

けど怪我や事故の元です。

お気を付けください。