昭和最後のガキにとっての栗橋町 序 | STATIONS OF THE 暮らす。

STATIONS OF THE 暮らす。

しがない新中年の何も起こらない日々

8/10の資料性博覧会でストリップ関係のサークルが出していた「ライブシアター栗橋 8月20日閉館。」の告知を見て思わず立ち止まってしまった。

 

 

自分がハタチ(1995年)まで過ごした栗橋町にあるストリップ小屋がとうとう閉まるのか。いつか行かねばと思いつつ行かないままここまできてしまった。

自分にとっては旧名の栗橋大一劇場の方がシックリくる(通称:栗劇)。高校時代とか自分が栗橋出身だというと「あぁ、大一劇場の」と挨拶代わりに返されたものだった。ここは自分が生まれる前(1975年以前)からあったんかなーとなんとなく思ってたが、図書館で調べてみると1977年の地図では『小右衛門ドライブイン』がそこにあった。

その次の1980年版ではもう栗劇が建っていた。

 

とにかくもう8/20まで日が無いので、次の休みである8/15に車で栗橋へ向かった。

少し時間が早いので鷲宮付近を見て回る。

 

初詣によく連れてかれた鷲宮神社。アニメで町おこしの元祖じゃなかろうか。あれからもう結構経つなぁ。当時の盛り上がりにすげえ驚いたな「なんであんな何もないとこが⁉︎」て。

大鳥居は少し前に老朽で倒壊したとかニュースで見た覚えがあるが現在は立派に再建。

 

初詣の帰りにポニーでお年玉を使うのが恒例だった。栗橋を離れる30年程前にここで買ったロボダッチ『大島』は、今でも作らず部屋に飾られている(ちょっと箱画の色が褪せてきちゃってる)。


 


通ってた高校の最寄駅。基本チャリンコ通学だったのでたまの利用だった。当時は東武ストアが営業してたけど今も建物はそのまま。2Fのゲームコーナーで遊んだ記憶がある。出たばかりのストⅡやベルトスクロールのSDガンダム?とか。あとUFOキャッチャーが流行り始めたり。今思うとかなりチープなぬいぐるみだったな。

 

駅出てすぐに天狗堂っていう本屋があった。本の注文の仕方がよくわからず、何故か『つげ義春とぼく』と『必殺するめ固め』を3冊ずつ注文してしまい泣く泣く全部買った情けない思い出がある。

今は学習塾になってるみたい。

 

高校時代によく行ったパン屋で少し買ってブラブラ歩いてると、まずここで日射しがキツいなぁと自覚。とにかく暑い。この日埼玉県の気温は36℃あったらしい。

 

やっと見つけた〝オワシス〟は準備中…

今思うとこれがケチのつきはじめだった。

 

つづく