季語は「鳥曇/とりぐもり」で春です。日本で越冬した鳥たちが北へと帰る頃の曇り空です。季としては晩春の「花曇」よりは少し前、仲春ということになっていますが、然程の差はないように思います。
 

「記憶」と「記録」、なにかと食い違ったりするのですが、どうなのでしょうか。食い違っては困ることの為に記録は残すのですが、生きていく上では、大事なのは記憶の方という気がしないでもありません。渡辺鮎太さんに
  鼬見しこと美しく語りをり
という句があるのですけれど、「記憶」を美しく語ることは出来ても、「記録」は記録でしかないような気がします。それと一句では、「うすれゆく」は「記憶」だけを形容しているだけのようにも読めるのですが、「記録」もまた、薄れゆくような気がします。というよりも、「記録」は紛失したり消去されたりすれば、薄れるどころか、無くなってしまいますね。
 

それはそれとして、この季語からすると、瑪論さん、誰かに語りかけているような気がしないでもありません。私のこと、その記憶も記録も、いつかはうすれ、失われ、ただこの曇り空の向こうに消えてしまった何ものかであるような、そんなことになってしまうのだろうなあ、と。

季語は「雪囲とる」で、雪垣を解いたり、雪除を取り外したりすることです。「雪囲/ゆきがこい」は、丸太を組んでそれに竹簀(たけす)とか筵(むしろ/藁や萱などを編んだもの)とかを括り付けたものなのですが、冬の風雪から何かを守るためのものです。集落全体を守るように組むこともあるのですが、この句の場合ですと、庭を含めた一軒の家の全体を囲ってあったのだろうと思います。これを解けば、当然に庭には春の光が溢れるように射すのですけれど、冬の暗さを一掃する気分にもなるでしょう。冬から春へ、暗から明へ、雪囲を解くことはそこで生活する人々の心の有り様をも入れ替えることになるのだと思います。

季語は「うりずん」で春(おおよそですが二月下旬〜四月下旬です)。沖縄の時候の季語なのですが、沖縄を知らないので、なんともかんともです。その説明を読む限りでは、湘南だったら初夏の気候に該当するような気もするのですが。
 

一句、とにかく沖縄です。瑪論さんは沖縄の自然保護にも詳しかったと記憶していますから、沖縄とは何らかの接点があったのだと思いますが、その沖縄の海です。「風の痕」ですから、意味的には風の残した「傷痕」なのですが、ここは「海の荒れ」程度に読んで良いのだろうと思います。

季語は「苗札」で春、花や野菜などのいろいろな種を苗床や鉢に蒔いた時、それに添えて何を蒔いたのかを記しておく札のことです。「苗札に野心」、当然ですがこの「野心」は苗札を書いた人のものでしょう。花なら美しく、野菜なら美味しく育ててみせようという思いです。しかし、それだと「うすうす」では物足りないものを感じます。どうやらこの句、人の「野心」のその先を詠んでいるように思えます。苗札に書きつけられた人の野心、そして、それと同時に、そのように書かれてしまった「苗札」にも、人に思いを込められてしまった「苗札」にも、人の期待以上にこの種を、苗を守ってやろうじゃないか、という野心の芽生えが見え隠れしていたのです。一句は、この「苗札の野心」をこそ表現したもの、と私には思えます。

瑪論俳句を読むも、明日から平成30年の6月号です。あと、28句。早ければ三月中、遅くとも四月中には終わります。四年近くに渡ったこの作業も、あと少し。随分と勉強をさせられましたが、終わってしまうのが少し寂しくもあります。

   甲比丹
 

苗札にうすうす野心ありにけり
 

うりずんや海に残れる風の痕
 

雪囲解いて日射しを入れ替へぬ
 

うすれゆく記憶と記録鳥曇
 

甲比丹が雲を引き連れ渡りけり
 

野遊びのはづれ何処へとつづきたる
 

桑ほどき四方の風の騒ぎたつ

季語は「鶯餅」なのですが、正統派(?)は、「鶯餅の如く」の「鶯餅」は季語なのか、と批判します。私の先師登四郎は、何も言いませんでしたが、採りました。瑪論さんの師の中原道夫には、「屏風絵の鷹が余白を窺へり」があります。一応は「屏風」が季語なのですけれど、一句の本当の季語は「鷹」です。「大方は空でありけり秋草図」、これは登四郎門の先達、久保田博の句です。登四郎の「沖」に育ってしまうと、「秋草図」は季語ではない、などと息巻く人に出遇ったりすると、可哀想に、と思ってしまったものでした。
 

さて、一句です。あの和菓子の鶯餅のように「ねまる」なのです。「ねまる」にはいろいろな意味があって、この句の意味がそのどれであるかを決めかねるのですが、上句の「まつたりと」からすると、「寝そべる」とか「くつろぐ」とか「腰を据える」とか「腹ばう」あたりが良さそうに思います。それにしてもの「鶯餅のごと」、笑っちゃいました。

先ずは「腕を和服に通す冷え」の発見、そしてこの「冷え」を活かす為のこの季語の斡旋なのです。


この句の「冷え」に季語を代入したとすると、例えば「春寒」「花冷」「冴返る」「余寒」などのどれを使ったとしても、作者が感じたであろう「和服の冷え」、春に和服へと腕を通すときの「冷え」そのものからは違うものになってしまいます。そこで、「通す冷え」を活かすことを第一に考えることになります。句末は「冷え」と体言止めですから、上句の五音に季語を据えさえすれば良いのですけれど、「冷え」と重複したり、「冷え」を打ち消したりする季語は使えません。ここからは作者の季語知識のみです。おそらく、瑪論さんとて随分と考えたのだろうと思います。その末の「春の鳥」、なる程ねえ、でした。この季語ですと、晩春の花の頃、寒くはないのですが着替えるには少し肌寒い、でしょうか。外出に先立っての和服への着替えの折、窓が開け放たれていたのか、あるいは男ですから縁側に立っての着替えだったのか、兎に角も庭に春の鳥が来ていたのです。ここで「囀り」や「百千鳥」にしてしまうと、囃されている印象が介入してしまいますから、これは避けたのでしょう。そうしての「春の鳥」、季と同時に場の背景を巧く取り込んでいる、私にはそう思えます。

春の季語の「雲雀/ひばり」の傍題に「揚雲雀/あげひばり」があります。空高く舞い上がって囀り続ける雲雀のことなのですが、この句はこの「揚雲雀」を踏まえています。空が高ければ高いだけ、雲雀は高く舞い上がるのだ、と言ってしまう代わりに、雲雀が高く舞い上がれば舞い上がるほど、天と地とは引き離され、天は尚更に高くなってしまうのだ、と言っているのだと思えます。天と地との距離を決めているのは、揚雲雀の囀っている高さ、雲雀の舞い上がる高さなのだと。
 

今瀬剛一に
  雁よりも高きところを空といふ
という句がありましたが、あの句では雁行(がんこう)する雁たちよりも高いところを「空」というのだと決めつけていました。瑪論俳句はこれと同じことを「揚雲雀」で言ってのけたことになります。

 

追記/この句の「天地」は「あまつち」と読ませています。

個人的には、ですが、「春の雨」には春の訪れの歓びとともに春の明るさを感じるのですが、「春雨」には花冷え季の雨の細さと冷たさとを感じてしまいます。勿論、「春の雨」でも濡れれば風邪を引くでしょうし、「春雨」には月形半平太ではありませんが艶冶なものを思いもします。
 

一句、喩です。「やう」は直喩の指示詞なのですが、それにしても「雨が雨を縫って降る」という喩、この把握には感心してしまいます。「春雨」らしいとも思いますし、細雨という経糸(縦糸)に風に流されている霧雨という横糸という印象も受けます。日本人には降る雨を見詰めるという習性があるようで、雨に関する言葉はとても多く、『雨のことば辞典』が存在してしまうほどです。それによれば、細雨(さいう・さあめ)の雨滴の直径は1ミリ以下、霧雨は0.5ミリ未満を言うのだそうです。
 

さて、作者はこの「春雨」を見詰めながら何を思い、何を考えていたのでしょうか。雨の細さは淋しさでもあるでしょうし、何かに対する愛(かな)しさでもあるでしょう。「縫ふ」には織ることの出来なかった布が意識されているのだとすれば、思いの深さは人生に関わることであったのかも知れません。