この句の季語は「鯊釣」なのですが 、季語「鯊/はぜ」の方の傍題に「鯊日和」があります。一句は寧ろ、この「鯊日和」を表現していると思います。そんな好天気の河口付近や、岸壁などには昔なら鯊釣が集まり、鯊の竿(鯊釣の釣竿のこと)が並んだものでしたが、今はどうなのでしょうか。
鯊日和、海は穏やかで日差しも夏の暑さを過ぎていますから、吹く風も心地良いのですが、一句はその穏やかさをまるで釣人達がそうしてしまったように表現しています。このあたりの喩は「銀化」らしいレトリック表現なのですが、あざとさがありませんし、使われている言葉も平易です。これは瑪論さんの銀化俳句の遣り過ぎに対するアンチテーゼだったのかも知れません。