この句に関しては、作者のこの月の作品七句のタイトルの「偸盗/トウトウ・チュウトウ」について先ずは考えねばなりません。「偸」も「盗」も訓は「ぬすむ」ですし、熟語「偸盗」の意味も、ぬすむこと・ぬすびと・盗賊、です。ただ、どうも「偸」と「盗」とでは微妙にニュアンスが違うようなのですが、敢えて言うならば「偸」には「密か」の意味があり、「盗」には「取る」の意味があるように思われます。
 

そこで掲句なのですが、「偸み」は「ぬすみ」と読み、他人の持ち物をこっそりと気付かれないように自分の物にする、という意味になります。単に「盗む」ではないよ、と言っていることになりそうです。「偸む」を現代の文章に見ることはあまり無いと思うのですが、『吾輩は猫である』にその用例があるところを思うと、漢籍世代には普通に二つの漢字の使い分けが行われていたのだと思います。
 

この句の季語の「日脚伸ぶ」なのですが、少しずつ日が長くなること、です。一日一日と日が永くなり、春がその分だけ近付いていると感じさせる感覚です。ひと日ひと日と畳目ひとつ分ずつ日が永くなる、という晩冬も一月下旬頃の温かな日の感覚です。
 

一句、冬に冷えきった庭石は今、柔らかな日射し浴び、それをこっそりと盗んででも居るかのように、春の近いことを感じさせているが、そう言えば日脚も随分と伸びてきたことだなあ、でしょうか。