この句は能村登四郎の「春ひとり槍投げて槍に歩み寄る」を踏まえています。登四郎句がとても短歌的なフレーズであるのに対し、瑪論さんは俳句的な時間(今・瞬間)の切り取り方で応じています。むしろ、芝不器男の「永き日のにはとり柵を越えにけり」を踏まえているとすら言いたくなるような作りです。この槍、いったいいつまで「宙/そら」に在るのでしょうね。ゼノンのパラドックスの「飛んでいる矢は止まっている」を踏まえているとすら言いたくなります。