「面貌」は「おもへり」と読ませています。「おもへり」は動詞「おもふ」の已然形に完了の助動詞「り」が付いて名詞化したもので、顔色や顔つきを言います。季語の「魚(うを)(ひ)に上(のぼ)る」は七十二候の一つで初春、おおよそ2月10日から19日頃。春になって張り詰めていた氷に割れ目が出来、そこから魚がおどり出て氷に上ってしまうことを言います。
 

そこで問題は「面貌なくしたる」です。「面貌」を「顔色」と表記すれば「顔色無し・顔色を失う」という成語があり、そちらの意味に引っ張られてしまいます(圧倒されて手も足も出ない)。それを避けようとして「顔色/かほいろ・ガンショク」ではなく「おもへり」という古語を持ち出したのですが、これを「面へり」と表記したのでは理解されぬと考えたのでしょう。そこで「面貌」と表記して「おもへり」とルビを付したのだろうと思います。つまり、「顔色を失う」の元々の意味、驚いて顔が青くなる、顔から血が引く、に意味を限定したかったのだろうと思います。
 

さて、一句です。要するに、氷に上ってしまった魚は慌てたに違いない、という成語「魚氷に上る」のその先の「魚」のことを考えて見せた、ということになります。この作者のことですから、一句は諷喩に違いないのですけれど、そこを追求すれば、写生ですよ、などとはぐらかされるのがオチなのです。