「金魚玉」は金魚を入れて軒先などに吊 す球形のガラス器なのですが、明治末にはこれを季語とする句が存在しますから、明治以前の産物であることは間違いありません。しかし、少なくとも私は、実物を見たことがありません。瑪論さんは如何だったのでしょうか。
さて、一句、涼を得る為に軒に吊された金魚玉でしょう。金魚一尾が入っている訳ですから、当然に水も入っています。溢れるほど水を入れては金魚が飛び出してしまいますから、ガラス器の七割か八割か、その辺まで水が入っている筈なのですが、その水面を「水平線」と表現したことになります。室内に坐していてはこの水平線は見えませんから、金魚玉の傍に発話者は立っていたことになります。それにしても、金魚玉の中の金魚には、人の世、どんな風に見えていたのでしょうね。