「夕焼」と「ゆやけ」との違いは読み手次第という気もしますが、取り敢えず、「ゆやけ」には和らいだ感じを読み取っておくべきでしょう。歩道橋に上がるまでは極暑、「夕焼」も西日の強さのみを感じていたのですが、歩道橋の途中で風に吹かれ、夕日にも和らぎを感じたのです。それは、発話者に取っては、その日の業務から家路への切り換えであったのかも知れません。
 

一句、「渡す」ですから「歩道橋」の描写でしかないのですけれど、伏された歩道橋を「渡る」発話者の心の動きこそ、と思います。