此処での瑪論俳句を読む作業ですが、一応、一日一句を目差しています。大凡ですが、三年余、の予定です。気長にお付き合いください。

 

ところで、俳句が詩であるとするならば、これを読む作業、一句を散文化する作業は、無限に言葉を尽くしても一句の外堀を埋めるだけのことに過ぎません。一句が詩であればあるほど、読み手は隔靴掻痒、読み切れていないという意識に苛まれることになります。これはおそらく、私の拙い読みを読まされている側においても、の筈です。そしてこれは、俳句が解ってくれば解ってくるほどに感ぜられることだろうと思います。どうぞくれぐれもご寛容の程、切にお願いいたします。