午月でもないのに端午の節句とは、これ如何に? | 大石眞行の玄学ライフ

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大石眞行が占いの観点から日常を観察します。

たとえば、手相の結婚線。

その社会に婚姻という制度が出来る前には、その線は何を意味していたのだろう。

あるいは婚姻制度の異なる国、一夫多妻の国の人の結婚線はどう見るのだろう?

 

全ての占いの象徴体系には、原始的(根源的)意味というものがある。

 

あるいは紫微斗数の廉貞星、

これが費仲なんぞでないのは当然すぎる大前提だが、では何なのか?

望文生義と言われる恐れも多分にあるが

本人が廉にして貞だといっているのである。(笑)

名は体を表すを、ひとまず信じよう。

 

廉、本来は部屋の角の意

そこから、

いさぎよく、恥を知り、意志の固い意味となる。

貞、本来は占って問ただすこと

そこからピタリと当てはまり、正しい意味ともなる。

廉貞ならぬ貞廉という熟語ならある。

心正しくいさぎよいこと、とある。

 

ご覧のように、ほぼ悪い意味ではない。

無理にあらさがしをして欠点を探すならば、部屋の角を原義とするゆえに狭い。

他を排除することで成立する正しさである。

ここから、好き嫌いが激しく、味方にすればこれほど心強い存在はないが

敵に回すと恐ろしい廉貞と、(知る人の間では)よく言われるのである。

 

ちなみに、正しさを追求する方向性にはもう一つ全く逆のやり方もある。

他を排除するのではなく、他をすべて包含することで完全なる正しさを目指す方向性である。

他を取り込むことを貪で表す。

貞の逆を狼で表す。

そう、貪狼星である。

興味と好奇心から多くのことを体験し、そこから多くのことを学び取る。

貪るように学習する。

貪狼と呼ばれる所以である。

 

廉貞と貪狼、この二つの星は全く関係のない星のように思われているかもしれないが、とんでもないことである。

同じライン上の逆ベクトルなのである。

しかもそのラインとは正しさのライン、そしてさらに、このラインは桃花のラインでもある。

何故、正しさが桃花なのか?

それはね、、、、

 

あ、あまり私がしゃべりすぎると、他の先生の飯のタネを奪うことにもなりかねないから

高名で博学な大先生に訊いてみてください。

私のもたもたとした分かりにくい答えなどとは比べ物にならない明快なるお答えが、たちどころにいただけることでしょう。

 

総括すると

やっぱり柏餅は味噌餡だよね!

ということです。