でも今はたとえそれが嘘でも本当だと信じたいような気持ちだ。
感情はもはや三つ巴のようになっていて、本物は何なのかさっぱりわからない。
五感で感じた全てが今でも嘘のようで、まるで小説の世界にでも放り込まれたような気分だ。
自分が果てしなく醜く思える一方で、心から陶酔しているような感覚。
感覚はもはや理解を越えて、鼓動だけがただ加速していく。
最近「アミノ~」っていう清涼飲料水が減ったなぁ。一昔前はいろんなメーカーが競うように似たような製品を販売していたというのに。
でも実際日本人の平均的な水準を満たした食生活を送っていたらサプリとして補給しなきゃならないほどアミノ酸欠乏に陥るわけないんだよなぁ。肉、魚、大豆製品などから、さらに成分的にはパスタとかからもアミノ酸を摂取できるんだ。
おそらく「アミノ~」という飲料は、ダイエットなどといった贅沢な欲望を満たす為に生まれた奢嗜品に過ぎないんだろうな。流行が去れば容易く市場から消えていくんだ。
今でこそ白米と水道水がメインで毎日うすら長い距離を走ったりしてるからアミノ酸に飢えてきたけど、自分がいままで如何に飽食の時代を貪るように生きていたのか思い知らされたよ。
世界のどこかでは未だに飢えに苦しむ人たちがいると聞くけど、それも所詮人間が自然を制圧して文明を築いたことによって原始共産政に回帰することが出来なくなったことのしわ寄せを被っているに過ぎないんだ。もしも今この瞬間、今日のような文明が築かれていなかったらとしたら、飢えや病気が蔓延するような土地では人間は栄えず、おのずともっと生活のしやすい場所に流れていったはずだから。
進化という名のもとに人間は数を殖やして調和を崩し、地球を蝕み、本来あり得るはずのない貧富の差などといった弊害をももたらしたんだ。
しかもその弊害を被ったのは貧しい土地だけじゃない。日本のような資本主義国家ですらも、社会に馴染めず孤立したり、理不尽な人間社会の抑圧に精神を病み生きる気力を失ってしまったりする人を確実に増やしている。
俺の好きなSF映画『コンタクト』でジョディ・フォスターの演じるアロウェイ博士が「もし地球外生命体と接触できたら何を話しますか」という問いに対して「それほどの(地球に向けて世界初のテレビ放送や地球の文明では到底不可解な転送装置の設計図を暗号化して送信するほどの)文明を持ちながら、どうやって進化を調整し滅亡を避けたのかを訊きたい」と答えたが、それも納得出来る。
進化の果てにあるものは滅亡に過ぎないんだ。
(エヴァの使徒も進化を促進するプログラムで殲滅したよね?)
しかしそこで新たな問いが生まれる。進化とはそもそも滅亡に瀕した時にそれに抗うために起きてきたのではないか、と。
卵が先か鶏が先かの話になってしまうけど、今のような見方も考慮に入れれば「進化」も「滅亡」も表裏一体なのではないかとも思えてくる。
だとしたら、進化を繰り返して絶望的な迷走を繰り返しているだけのように見えるこの現在も、本当は「来るべき新たな進化への過渡期なんじゃないか」というポジティブな推測もできるわけで。
薄っぺらなオプティミズムを振り回して何も反省しないことも、自ら生み出した絶望的なペシミズムに打ち負かされて非生産的な懐古主義に浸るのも気に食わないけれど、明日も太陽が上ることを信じ、おおいなる恩恵に感謝して、希望を持って今日を生きるのも悪くないなと思った。
久々にいろいろと考えてしまった5月8日の朝…PriceLess(←某マイミクさんのパクリ。笑)
長く書いたので初のmixi・アメブロ連動日記にしときました♪
さて、今日は仕事終わったら実家に帰るぞ!!
待ってろ、犬&猫たち[e:51]