その後、父は入院することになり、入院手続きをして、部屋を移動した。医師から父の容態について説明を受けた。
血液中の二酸化炭素の値が病院到着時には65%だったのが、その1時間後には75%と1時間に10%も上昇している数値の表を見せられて、死がもうすぐ目の前にある事を思い知らされた。きっとあのまま自宅でこの状態を迎えていたら、母も私もパニックになっていただろうし、何がどうなっているのか分からずきっと辛かっただろう。あの時救急車を呼んで良かったのだと思う。医師は二酸化炭素がこれ以上多くなると意識がなくなり、苦しみは感じなくなっていると言っていた。医師は延命治療をするかどうかを私たちに確認をした。私たち家族は父が延命治療を望まないと言っていたことを伝えた。医師も自分の親がこの状況なら同じ選択をすると思いますと言ってくれた。こうして方針が決まった。私たちは父の旅立ちを見送るのだ。
集中治療用の入院の個室に案内された。
やっと再会できた父はもう意識がなく、ただ大きく呼吸を繰り返している。もう話をすることも、返事をすることもなく、ただただ息をしている姿を見守るしかなかった。
私は夫に電話をして、父が危篤である事を伝え、娘たちと一緒に来てもらうことにした。
父を囲み母と妹と3人で少し賑やかに過ごしていた。
きっと父の聴覚はまだ働いていて、私たちの話を聴いているに違いないと思いながら。
思い出話しだったり、後悔だったりを父の身体に触れながら3人で過ごしていた。
夫と娘たちが車で駆けつけてくれて、もう意識の無い父に対面してくれた。
8時になると看護師さんが帰宅を促しに来た。
宿泊をしたい旨を伝えたら、1名ならばと親族控室に案内してくれて、掛布と枕を貸してくれた。
母と妹は主人に車で実家まで送ってもらい、戸締りと食事をしに戻った。
みんなが病室から去っていき、私1人が残され、父と2人きりになれた。看護師さんが消灯時間のため、暗くなった病室にいる私の為に小さなランタンを置いてくれた。部屋はぼんやりとした明るさ。
私は父に「また生まれ変わったら絶対また私のお父さんになってね。大好きだよ。今まで本当にありがとう。私はお父さんの娘で幸せだったよ。」と何度も伝えた。たぶん父は聴いていてくれたと思う。もし眠っていて聴いていなかったとしても、私の気持ちはわかっていたと思う。
