一時帰宅した母と妹が見つけたものがあった。

それは父が自分が亡くなったら見るようにとよく言っていたファイルの一番最初のページに挟まれた延命治療を望まないと手書きで書かれたメモだった。


救急車を呼んで欲しくないと言っていたのは、延命治療をされてしまう可能性を恐れていたのかもしれないと思った。指の酸素を測る機械を外して欲しいと最後に言っていたのは延命治療をされてるのかも知れないと心配していたのかもと妹が気がついてくれた。妹はそれに気がついて、その場で父に「これは酸素を測る機械だよ」と伝えていた。妹はこれは延命治療の装置じゃないよ、と伝えていたのだ。


本当に嫌だったんだね。

父が絶対にして欲しくないと思っていた延命治療を拒否して、自然に近い形で父に死を迎えさせてあげられたことは、本当に良かったと思う。残された家族3人、それは共通の認識だった。


父が拒否していた救急車を呼んで良かったのだろうかとまた思い悩んだ。コロナ禍も落ち着き、無事に病室で最後4人の時間をゆっくりとれたことは本当に良かったと思う。結果的には父は病院に一泊したが、24時間も経たずに病院を去る事になった。どうしだって、自宅で亡くなるというのは亡くなるまでも、亡くなった後も大変な事になったであろう。最後の最後に救急車で病院に駆け込んだことは後になってみたら、それしか無かったのだと思えた。医師から検査結果を聞き、父の肺の様子や、二酸化炭素で血液中がいっぱいになるため苦しさは感じないといった話は、病院に来なければ分からなかったことだ。


父はどう思っていただろうか…何か考える度にそう考えてしまう。ついさっきまで、いつだって答えてくれていた父がこの世にいない辛さ。答えを自分で出さなければならない辛さ。再認識させられる。


一番自分自身辛い後悔は父が私に会いたがっていてくれていたのに、10月末に実家に帰って会ったのが最後だったことだ。1ヶ月近く前に会ったのが最後になってしまったことが悔しい。

行こうと思えば行けたのに…。

なぜあの日行かなかったのか…。

なぜもっと会った時に話をもっと詳しく聞かなかったのか…。


こんなに急に行ってしまうなんて、全く思ってもいなかった。もっと少しづつ死は近づいてくるのかと思っていた。まだ私は心の準備ができてないのに、父はあっという間に行ってしまった。


本当に悲しい。

本当に悔しい。