不意に過去のことを思い出すことがある。
たいがいロクでもない、苦い思い出ばかりだ。
学生時代はともかくひたすらに、学級ヒエラルキーのド底辺で必死に生きながらえてきた俺であるが、中学生だった当時もけっこうな腐敗状況だった。
どうでも良いがあの、教室という名の狭い空間での人間関係というやつ、あれはもう大変なものである。
学校生活におけるクラスメイト同士の変な格付けというかマウントの取り合いというか、もう思い出すだけでヘドが出そうなほど気分が悪くなる。
人類みな平等というが、そんなことは嘘っぱちであることを俺は学校で学んだ。
クラスにおける階級の頂点はいわゆる「イケてる奴ら」である。
イケてるの内容には様々あるが、例えばクソダサヤンキーで頭悪くても仲間同士でウェーイやってれば全てOKな感じで、そいつらは自分たち以外の格下だと見なした人間を徹底的にバカにして見下すことによって、そしてごくたまに実力行使(暴力)などで支配的に、自分の立場を維持するような、そんな連中のことです。
・・・ある日の出来事を記そう。
昼休み、気づいたら俺の美術の授業で使うスケッチブックがロッカーから無くなっていた。
(ロッカーなんて御大層なものではない、扉もついてない単なる棚である)
で、どうやらそれは、上記のバカでウェーイな連中が、机をくっつけて手打ち卓球をやっているやつの、卓球ネットの代わりなっているらしいことがわかった。
くっつけた机でスケッチブックを挟み込んで、前後のコートを分けているというね。
これがさっきから盛り上がっていて、うるせい。
ピンポン玉が俺のスケッチブックにばっつんばっつん当たっているのであり、それはあまり気分の良いものではない。
それでその首謀者というか先ほどのイケてるやつの頂点というのが、実はだいぶ以前にこのブログの記事で書いた「夢」で空虚なマウント取ってきた彼であるww↓
そこで俺はかわいそうなスケッチブックを救出・奪還するためにバカたちに抗議に向かった。
俺「そのスケッチブックは某(それがし)のものである、返したまえ」
A「今良きところであるので邪魔をせず控えてもらいたい」
俺「しかしそれは某のもので、そのように乱暴に扱われては心許なき。疾く返されよ」
A「このスケッチブックがそこもとのものである証拠はなきものと存ずる、記名も見当たらぬ」
俺「いやしかし某のものが現在不明である。そのスケッチブックの端に見えるちょっとした傷も我のものと思しきもの也。中身をちょっと見れば自明である」
A「このとおりピンポンが面白きところ也。さればしばし待てばよろしかろう」
俺「いやしかし某のものを勝手にそのようなことに使われるのは甚だ心悪ろしこと也」
A「さようなればしばし待たれよと重ねて申して居る」
俺「おかしなことを申される、そこもとらも、ちょっと中断されればよかろう」
と押し問答(実際はもっと盛大に口汚く、品が無くて、頭の悪い会話なのであるが)は果てが無く、
ついにバカB(さきほどの夢マウントの彼Aの取り巻き君)が
B「まあまあ、これがお前の(人のことは平気で「お前」呼ばわりである)ものだにせよ、もししばらく貸してくれって頼んだとしたら、貸してくれてもいいだろう、結果は同じだし」
とますますおかしなことをぬかす。
だからぜったい俺のものやって。順番が違うことも、人のものを勝手に、そういう扱いしているのが大問題なんだって。
そして自分のを使わんかいね。
と、もう呆れて、ぷりぷりしながら俺は仕方なく席に戻った。
そしてしばらくしてバカABの下働きをしている(使いっぱしり役、これも頭が良くない)グループの下男Cが俺のところに来て
C「そこもとのスケッチブックはロッカーの、そこもとのカバンの中ではあるまいか」
とぬかす。
はあ!?となって俺が慌ててカバンを開けて見ると、まあ、確かにカバンの中にあった。
ほんの一瞬だけ、俺は混乱した。
つまりスケッチブックが不明となったのは、実はしまい忘れていた俺の勘違いで、俺がバカABに抗議したのはお門違いだった、というストーリーが構築されたわけだ。
しかしだ。
俺「おい待て、そもそも何で君がそれを知っているんだ?」
「え?」と下男C。
俺「何で君は俺のカバンの中をわざわざ開けて見たりしたんやって言うとんのや」
C「・・・えーと?」
俺「そもそも俺のスケッチブックは普段カバンなんかに入れたりしない。他のやつらもそうだが、スケッチブックはデカいからわざわざ家に持ち帰らない。だから通常、カバンにいれずにロッカーに入れっぱなしなんだよ。ところが今聞いたら君はカバンの中にあったといきなり言う。今俺が見る時、カバンの上面のチャックと留め金は閉まっていたぞ。ちょっと見てわかる話じゃない。じゃあ君は俺のカバンを開けないとわからないはずだが、開ける理由が不明だ。そもそも必要性が無い。・・・・大方、AかBに言われて君が俺のカバンに入れでもしたのだろうがね」
と俺はとんでもなくデカい声で周囲に聞こえるように言った。
Cはみるみる情けない表情になり
C「・・・・お代官様」
と俺に頭を下げた。
しょうもな。
その後のことはもう知らん、と思った。
ABが何かリアクションをしてくるかと思ったが、別に何も起こらなかった。
バカたちがバカなりに何か考えて貶めようとしたのかもしれないが、さらにバカな作戦をバカに実行させようとして、このような結末を招いた。
ロッカーに戻して最後まで黙ってりゃ良かったのにバカが余計なことを、無い頭で考えたりするから尻尾と馬脚を盛大にひり出しちゃうんだよ。
あれからもう、40年近く経過しているが、懐かしくも腹立たしく思いつつ、彼らはどういった人生を歩んでいるのか、非常に気になるところだ。
というのも勉強できない彼らとは高校からの進路が分かれ、その後一切消息が知れないのである。
まあ、贅沢を言えば、
すでにバツイチもしくはバツニぐらいでゴロゴロ子供がいて、毎月慰謝料・養育費・身の丈に合わない車のローンを稼ぐために安月給の現場仕事を日々繰り返し、休日は酒飲んでくだまいて、こんなはずではなかった、と後悔ばかりしている、
なんていう実に麗しき日々を送っていることを切に願うばかりである。