恋はつづくよどこまでも二次創作小説【あをによし:最終話.桜舞う道を帰ろう】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【あをによし:最終話.桜舞う道を帰ろう】


三月下旬、もうすぐ生まれてから三週間になろうとしている澪(みお)は、ご機嫌で良く笑う女の子だった。泣き声もどこか甘えるような笑い声に聞こえるから、不思議なものだ。颯(はやて)はもうすっかりお兄ちゃん気分で、妹の世話をよくするので、七瀬も本当に助かっていたし、浬(かいり)も大層 感心していた。澪の沐浴もそろそろ終えて、浬が一緒に入浴させていた。その際も颯は先にシャンプーまで済ませて、七瀬が澪を連れてくるのを待っていた。バスルームのドアを半分だけ開けて、今日も颯の声が聞こえる。
「ママ~澪を連れて来ていいよ」
「はぁい、今 行くね」
澪は大人しく抱かれて来たが、浬に手渡されると、嬉しそうにニッと笑った。それを見ていた颯は、すかさず澪に頬摺(ず)りをした。
「わぁ、澪が笑った。可愛い、可愛い」
そばで見ていた浬も、その光景に思わず顔を綻(ほころ)ばせた。バスタブの中で気持ち良さそうにしていた澪は、大きく口を開けて欠伸(あくび)をした。
「もう、暖まったかな」
浬の声に颯がいち早く反応した。
「じゃあ、先に僕がお風呂を上がるね」
そうしてドアを開けた颯は、自分のバスタオルで身体を拭くと七瀬の元に走って行った。
「ママ、もうすぐ澪も上がるよ」
ちゃんと七瀬に伝えている声が聞こえる。七瀬は柔らかなガーゼとバスタオルを持って、浬から澪を受け取った。

身体に付いた滴(しずく)を優しくバスタオルで拭き取って、ガーゼでそっと濡れた髪を拭(ぬぐ)う。直ぐに着替えを着せないのは、まだお風呂の暑さで汗ばんで冷えて風邪を引かないようにだ。数分経ってゆっくりと一枚ずつ小さなベビー服を着せられた澪は、ご機嫌な笑顔で手足をバタつかせた。その間に自分で着替えた颯は、澪に用意されたベビー用麦茶を持ってきた。
「僕が飲ませる」
そう言って慣れた手つきで麦茶を飲ませる颯は、優しい眼差しで澪を見つめていた。バスローブ姿でやって来た浬は、その光景を笑顔で見ていたが、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、二個のコップに注いだ。
「颯も飲まないと」
「パパ、先に飲んで。僕は澪が飲んだら飲む」
澪は時々 休みながら、ベビー麦茶を全部飲み干した。それに続いて颯もミネラルウォーターが入ったコップに口を付ける。澪は母親の七瀬の胸に抱かれて、リラックスした表情を浮かべていた。その姿を浬が覗(のぞ)き込む。
「澪は七瀬に似ているな」
「寛(くつろ)いでいる時の先生にも似てる」
透かさず颯が二人の間に割って入った。
「澪は僕にも似てるよね」
「あぁ、よく似ている」
「どこが一番似てる?」
「歌って踊りそうなところかな」
「ママが歌ってパパがダンスする。そうして僕と澪も一緒に歌って踊る」
浬は嬉しそうに颯の頭を撫でた。

澪が生まれてから直ぐに、浬と七瀬は産後ヘルパーと颯の幼稚園のお迎えに、ベビーシッターを手配していた。朝は変わらず浬が幼稚園まで徒歩で送って行き、その後に大学病院へ向かっていた。ある日、颯は少しばかり寂しげに呟(つぶや)いた。
「パパ、4月になったら僕は幼稚園の年長組になるけど、東京に帰るから皆とサヨナラだよね」
「そうなるな」
「僕、ちょっと寂しいな」
「楽しかったからな」
「うん、楽しかった」
「東京ではまた、前の幼稚園に通えるよ」
「だけど、コロナで幼稚園もお休みになって、僕は入園式しか行ってない。友達も知らないよ」
手を繋いでいた浬は、颯の顔を覗(のぞ)きこんだ。
「颯が奈良の幼稚園に転入して、直ぐに皆と仲良くなっただろう。友達もたくさん出来た。東京の幼稚園に戻っても、また友達が出来るんだよ」
「そうだけど…僕、拓磨君と離れるの、寂しい」
「また、いつでも会える。大人になってからでも会えるんだぞ」
「パパと光太郎おじさんみたいに?」
「あぁ、そうだ。小学生の夏休みに怪我をして同じ部屋で入院して、それから高校生で再会した」
「大人になった今でも友達だね」
二人は顔を見合わせるとニッコリと笑った。一年未満の滞在の中で、颯は転入した幼稚園に、見事に溶け込んでいた。
「楽しかったか」
「うん、楽しかった」
「春休みに入るまで、思い切り楽しむといい」
「わかった、そうする」
小さな手が、ギュッと浬の手を握り返した。

幼稚園が春休みに入る前日、七瀬は澪を連れて、颯のお迎えに向かっていた。3月も下旬になると、外気も暖かさを増してくる。幼稚園に向かう道に並んだ桜並木も、今を盛りと咲いている。いつもはベビーシッターにお迎えを頼んでいたが、今日は幼稚園に転出の挨拶をしに行かなくてはならない。こんな綺麗な桜が咲く中を歩くのは気持ちが良いが、颯の別れの寂しさを思うと、どこか切なくなる。そんな七瀬を気遣うでもなく、澪は頬に落ちた桜の花びらと共に、ニッコリと笑った。
「ご機嫌ね、大好きなお兄ちゃんを迎えに行こうね」
七瀬はそう言うと、澪と共に歩を早めた。

幼稚園に着くと、送迎バスに乗る前の子供たちが、颯を囲んで笑顔で談笑していた。
「颯君、東京に行っても奈良の幼稚園を忘れないでね」
「忘れない。皆、友達だもの」
「新しい幼稚園の制服になるんでしょう」
「前のは、背が伸びたから小さくなったかも知れない」
それを聞いていた七瀬はクスクスと笑い出した。
「確かにずいぶんと大きくなったものね」
新しい制服を用意しなければならないかも知れない。先生方も、感慨深げに子供たちを眺(なが)めている。そんな中、颯と一番仲良しだった拓磨が、颯に声を掛けた。
「俺、サッカー教室に行くことにした」
「僕は、パパと同じ剣道がしたい」
「ふぅん、面白そうか?」
「面白そうだよ」
「前に大型犬を追い払った時の、あれ?」
「そう、あれ」
「颯のパパ、強かったもんな」
「うん、パパ、強かった」
颯はそこまで言うと、少し涙ぐんだ。
「拓磨君、サッカー頑張ってね」
「拓磨でいいって」
「拓磨…」
二人は抱き合うと声を上げて泣き出した。
「離れたくないよぅ」
「俺も颯と一緒にいたい」
それを見ていた子供たちも、一斉に泣き出した。
「颯君、行かないで」
「寂しいのは嫌だよ」
それでも先生方に抱きしめられて、子供たちは颯に別れを告げた。
「バイバイ、またね」
「また会おうね、颯君」
幼稚園バスに乗り込みながら、子供たちは幾度も振り返る。颯は泣きながら大きく手を降り、バスを見送った。いつの間にか、澪もグスグス泣きべそをかいている。七瀬は涙に濡れた颯の頬を優しく拭(ぬぐ)った。
「皆にバイバイ出来て、良かったね」
「うん」
「東京に帰ったら、写真撮ろうね」
「僕、いっぱい撮るよ」
「今日のこと、パパに教えようね」
「パパも寂しいかな」
「そうね、パパも寂しいと思うよ」
颯は頷(うなず)くと、先生方の前に出た。
「先生、さようなら」
「颯君、元気でね」
そして最後に、颯より大泣きしているのは、大学生アルバイトの花垣碧(はながき あお)だった。
「碧先生、泣かないで」
「ごめん、寂しくて」
「そんなに泣いたら、赤ちゃんみたいだよ」
「そ、そうか」
花垣碧は、颯の前に手を差しのべた。
「サヨナラだと、また泣きたくなるから、握手しよう」
「いいよ」
二人は泣き笑いのまま、握手を繰り返した。風が吹いて、何処からか桜の花びらが舞い落ちる。碧は瞬(まばた)きをすると顔を上げた。
「東京で桜を見たら、僕らのことを思い出してね」
颯は力強く『うん』と頷(うなず)いた。

七瀬は颯と手を繋ぐと、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。お世話になりました」
「天堂先生にも、よろしくお伝えください」
頷(うなず)いた七瀬は、もう一度、頭を下げた。

くるりと振り向いた道は、桜色に染まっている。七瀬は颯と共に、その道を歩き出した。

去年の今頃はまだ東京で、颯は幼稚園の入園を楽しみにまっていた。そしてせっかく入った幼稚園もコロナで通園を控えることになり、その後、七瀬はコロナの重症患者の看護に追われ、自宅に帰ることも控え、颯は鎌倉の上条さんの祖父母のお宅に預かっていただいた。二ヶ月間の看護が交代になり、やっと一息ついた頃に、浬の奈良行きの話が持ち上がった。今は澪も生まれ、家族が一人増えて、あっという間に時間は過ぎていった。颯は初めての奈良の地に慣れるだろうかと、最初は心配したが、直ぐに新しい幼稚園にも馴染み、その順応性の高さに驚かされた。奈良での幼稚園の時間は、親子共々、感慨深いものだった。

帰宅すると颯は幼稚園の制服を脱ぎ、丁寧(ていねい)に畳んだ。
「これ、東京に持っていっていい?」
「いいわよ」
どんなに楽しかったか、その横顔が物語っている。実は浬に幼稚園の年中組修了のお祝いに、ケーキを買ってきてもらうよう、頼んでいる。それは颯には、まだ内緒だ。せっかく奈良の幼稚園で楽しく過ごして、友達もいっぱい出来たのだからと、浬がお祝いをしようと、申し出た。似た者同士の父と息子だから、きっと別れの寂しさも、よく分かるのだろう。七瀬も快く、その申し出を受け入れた。それもあって、今日の夜は、豪華なちらし寿司のご馳走だ。藤原准教授が、美味しいお寿司屋さんに手配して、持ってきてくれると言う。せっかくだからと、浬と七瀬は、藤原朔夜と高木冴子夫妻を夕食に招くことにした。

夕刻、浬が帰宅すると、お祝いのケーキに颯は大喜びだった。暫(しばら)くすると藤原夫妻がちらし寿司を手土産に天堂宅を訪れた。
「颯君、元気ですか。これは ちらし寿司のお土産です」
「いらっしゃいませ。お寿司をありがとうございます」
丁寧(ていねい)に頭を下げる颯に、夫妻は目を細めた。澪もご機嫌で、冴子に抱っこされても泣くこともなく、ニコニコとしている。
「澪ちゃんは本当に可愛いらしいですね」
朔夜の言葉に冴子も顔を綻(ほころ)ばせた。
「赤ちゃんの香り、懐かしい。佑都が生まれた頃を思い出すわ」
「佑都お兄ちゃんって、どんな赤ちゃんだったの」
「夜泣きをしない子で、朝までぐっすり眠っていたのよ」
「澪はお腹が空いた時に泣くよ。眠い時は、あんまり泣かないで直ぐ寝ちゃう。ね、ママ」
七瀬は笑顔で頷(うなず)くと、浬の隣に寄り添った。
「朝早く起きても泣かないで声を上げるので、私も先生も慌てず、助かっています」
「僕、知ってるよ。澪は赤ちゃんの言葉でおしゃべりしてるんだ。ね、澪」
颯はそういうと、抱っこされた澪の足を擽(くすぐ)った。直ぐに澪は小さな足の指を丸めて引っ込めると、可愛らしい笑い声を上げた。
「1ヶ月に満たない赤ちゃんが、こんなに楽しげな声を立てて笑うなんて、びっくり」
更に澪は冴子の腕の中で、ニッコリ笑うと首を傾(かし)げた。
「まぁ、澪ちゃんたら、本当に愛らしいわ」
透かさず颯がその言葉に応えた。
「きっと、可愛いのはママに似てるんだよ。だってパパはいつもママのこと、可愛くて仕方がないって言うから」
「颯、やめなさい」
「なんで?ホントのことじゃないか。パパはママの事が大好きなんでしょ」
照れる浬と七瀬は、どうにも言葉が続かない。それを見ていた朔夜は、浬へ穏やかな言葉を返した。
「いつまでも愛する妻と子を熱く称えるのは、遥か平安の世、古(いにしえ)からの美しい思いです」
「畏(おそ)れ入ります」
浬がそう言って頭を下げると、直ぐに颯も真似をした。
「藤原先生、平安って藤原先生の大学のお勉強?」
「そうですよ。颯君の天堂先生のおばあちゃんも、同じ平安和歌のお勉強をしたのです」
「へぇ~そうなんだ。僕、今度おばあちゃんに聞いてみようかな」
「きっと美しい和歌を教えてくださると思いますよ」
「東京に帰るの、楽しみになっちゃった」
「良かったね、颯」
七瀬の言葉に呼応するように澪も声を上げたので、また笑いが起こった。
「藤原先生、高木先生、こちらへどうぞ」
浬と七瀬の誘いに二人は笑みを浮かべ、頷(うなず)きあった。
「実は、私たち、入籍することになりました」
「まぁ、それはおめでとうございます」
七瀬の言葉に颯は不思議そうに首を傾(かし)げた。それに答えたのは藤原朔夜だった。
「結婚するんですよ。勧めてくれたのは、佑都(ゆうと)くんです」
「佑都お兄ちゃんが結婚してって言ったの?」
「そうですよ。私たちの事を応援してくれたんです」
「わぁ、サポーターだ」
「颯くん、上手いこと言うね」
高木冴子は、嬉しそうに颯を眺(なが)めた。
「佑都、どうしているかしら」
「僕、後で佑都お兄ちゃんにも、おめでとうの手紙を出すね」 
「それはいいな」
「パパ、ニューヨークにもお手紙、届く?」
「あぁ、届くよ」
「ありがとう、颯くん」
「藤原先生、高木先生、結婚おめでとうございます」
しっかりとした口調でお祝いを述べる颯に、浬も一層 表情を崩した。
「さぁ、食べよう」
浬の言葉と共に席に着いた皆は、心尽くしの料理に舌鼓を打った。

4月も上旬となり、澪も生まれて1ヶ月となった。天堂一家は、一年弱の奈良の滞在を終えて、東京に帰ることになった。桜全線はどんどん北上し、東北南部まで到達している。それを追うように奈良から京都まで電車で行き、京都から新幹線で東京までの旅路を辿る。新幹線のぞみに乗り込んだ颯は、名残惜しそうに窓から手を振った。
「バイバイ、拓磨くん。バイバイ、奈良の幼稚園」
ちょっとだけ泣きべそになった顔が、ホームと共に流れて行く。瞬(またた)く間に新幹線のぞみはスピードを上げた。

車内の快適な揺れに幼い澪も、ご機嫌な笑顔を見せている。七瀬がゆっくり出来るようにと、浬が澪を抱いて座っている。隣にいる颯は、にこやかに澪に話し掛けて、楽しげに時を過ごしている。車窓からは春の景色が絶え間なく続き、一枚の絵物語のようになっている。澪は心配していたほどぐずることもなく、浬の腕の中で、遊んだり眠ったりしていた。颯は傍(かたわ)らの浬の顔を覗(のぞ)き込んだ。
「澪は初めて新幹線に乗ったね」
「そうだな。あまり泣かないところを見ると、気に入っているようだ」 
「パパ、僕たちって、奈良に行くときには3人だったけど、東京に帰る時は4人だね」
「あぁ、澪がもう少し大きくなったら、座席も4席になるな」
「一緒にゲームをしたり、おしゃべりも出来るね」
そこへ浬のスマホに連絡が入った。
「姉貴からだ。東京駅に迎えに行くと言っている」
「まぁ、流子さんと会えるのね」
「ちょっと待て。親父とおふくろも一緒だそうだ」
「わぁ、厚木のおじいちゃんとおばあちゃんに会える」
浬から澪を受け取った七瀬は、嬉しそうな笑顔を見せた。
「颯、良かったね」
澪とは初対面の両親が、逸(はや)る気持ちを押さえきれず、新幹線の改札口に迎えに来ているのは、浬にとっても、この上なく嬉しい。そんな気持ちと相まって、新幹線のぞみは快適な走りのまま、一層スピードを上げた。

新幹線が東京駅に到着すると、颯は浬としっかりと手を繋いでホームを歩いた。人混みの中をはぐれぬように、澪を抱いた七瀬が続く。一年前に新幹線に乗れるとはしゃいでいた颯も、今はすっかりお兄ちゃんになり、澪を気遣っている。やがて新幹線の改札口に着いた颯は、いち早く流子の姿を見つけた。
「あっ、流子おばちゃんだ」
「颯、お帰り」
「おじいちゃん、おばあちゃん」
改札口を抜けた颯は二人に飛び付いた。
「颯、大きくなったな」
「ただいま」
甘えて祖父に抱きつく颯は澪を指差した。
「妹の澪だよ。凄く可愛いんだ」
七瀬から手渡された義母は、満面の笑みで澪を見つめた。
「まぁ、なんて愛らしいんでしょう」
「よく笑う子で、新幹線の中でも泣かなかった」
そういう浬も穏やかな表情で語りかけた。
「ご機嫌なところは姉貴に似ている」
「私?」
「あぁ、今にも鼻歌を歌って、踊り出しそうだ」
「それなら、そのうち色々と教えてあげるわ」
「要らないことは教えるなよ」
「うふふ~私に似ているなら、きっと気が合うわ」
和(なご)やかな会話のまま、浬は家族と共に電車に乗り込んだ。

最寄りの駅から自宅のマンションまで、浬と家族はゆっくりと歩いた。見慣れていた街並みも、今はとても懐かしい。颯は浬と手を繋ぎながら、楽しそうにあちらこちらを指差している。澪は電車の中で眠っていたが、外に出ると珍しそうに、辺りを見回していた。
「澪は東京は初めてだものね」
七瀬の言葉に流子が、ウンウンと頷(うなず)く。
「澪ちゃんは新幹線でも電車でも、泣かないで眠って、堂々としているわ。浬にも似ているし、ナナコちゃんにも似てるか」
「私ですか?」
「そぅ、あの魔王な浬を手懐(なず)けたんだから、凄い度胸だわ」
「うふふ」
「俺をダシに使うな」
「颯くん、パパの悪いところは真似しちゃダメよ」
「パパはカッコいいよ」
「奈良にいるうちに、相当手懐(なず)けたわね」
「でもね、流子さん。先生は澪が生まれる前から、何でもしてくれて、私は本当に感謝してるんです」
「まぁ、浬はナナコちゃんと付き合ってから、甘々になったからね。ナナコちゃんと子供のためなら、何でもするわ」
浬は苦笑しているものの、否定はしなかった。

自宅に帰った颯は、早速(さっそく)リビングのカーテンを開けた。最上階から見える春の景色が霞(かす)んでいる。颯は感慨深げに言った。
「パパ、東京に帰ってきたね」
「そうだな」
「僕、頑張るよ」
「パパも、頑張るとしよう」
「澪は初めての東京だから、僕が色々と教えないと」
「それは良いことだ」
「パパは魔王と呼ばれていたんでしょう」
「教えたのは姉貴か」
「秘密だよ。それにママは魔王を落とした勇者だって」
「やっぱり」
浬は流子に視線を向けたが、そっぽを向かれた。
「僕さぁ、魔王も勇者も、カッコいいと思うよ」
浬は苦笑したものの、七瀬は楽しそうに笑っている。そして颯は、畳み掛けるように言った。
「パパ、安心して。僕は魔王のパパも、勇者のママも大好きだから」
浬は感慨深げに颯を抱き締めた。
「ありがとう、颯」
そんな二人のやり取りを、七瀬と流子、義父母は、穏やかに見守っていた。

翌年、3月になると、澪は一才の誕生日を迎えた。やがて4月にカレンダーが変わると、颯は幼稚園から付属小学校へ入学した。今度は電車で通学しなければならない。それでも電車好きの颯は、ラッシュの人混みにもまれながらも、元気に通学していた。駅から自宅への行き帰りの道は、美しい桜が咲き誇っている。ある日の休日、剣道大会の帰り道、颯は一緒に歩く浬に話しかけた。
「パパ、僕、奈良の桜を思い出したよ」
「幼稚園に向かう道にも、桜並木があったな」
「幼稚園でサヨナラして、ママと澪と僕と三人で歩いた。悲しかったけど、綺麗だった」
颯は浬を見上げた。
「今は悲しくないよ。皆、どうしてるかなって思う」
「幼稚園にも写真、送ったんだろう」
「この前は、小学校入学の写真を拓磨くんに送った」
「早く返事、来るといいな」
「うん」
「待っているのも楽しいぞ。特に大好きな人ならな」
「パパも待ってた?」
「あぁ、ママを待ってた」
留学から帰って来た七瀬が引くキャリーバッグのカラカラという音が、今でも耳に残っている。歩を進める浬と颯の前には、ヨチヨチ歩きの澪と七瀬の姿がある。あの日、桜の舞い散る中、婚姻届を出しに行った二人は、今は四人家族になった。
「もうすぐ、お家だね」
「あぁ、今日は颯も剣道、よく頑張ったな」
「うん、楽しかった」
僅(わず)かに振り向いた浬は、桜に目をやると、この上ない幸せな微笑みを浮かべた。


終わり




風月☆雪音