恋はつづくよどこまでも二次創作小説【あをによし:第14話.ふわり春が来たよ】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【あをによし:第14話.ふわり春が来たよ】


節分が過ぎて立春を迎え、暦の上では、もう春がやって来た。奈良ではまだまだ朝晩は冷え込むが、日中は暖かなお日様の光が差している。七瀬のお腹の中の胎児も順調に成長し、もうだいぶ前に競り出してきた。浬(かいり)は変わらず家事をこなして協力しているし、颯(はやて)も幼稚園で楽しく過ごしている。仲良しの拓磨のところには、いち早く妹が生まれて、その可愛らしさを伝えてくれるものだから、どうやら颯も妹が生まれることを、少々期待しているらしい。七瀬のお腹に顔を寄せては、いつも話し掛けている。
「赤ちゃん、僕はお兄ちゃんの颯だよ。何をして遊びたい?そうか、絵本か」
そう言って、お気に入りの絵本を持ってきては、読み聞かせをするが、夜には眠くなって、そのまま眠りこけてしまう。そんな颯を抱き抱えて、そっと寝かしつけるのは、このところ浬の役目になっていた。
「さぁ、颯。もう、寝ような」
広げていた絵本が小さな手から滑り落ちる。
「颯、また明日ね」
そう言って絵本を閉じる七瀬は、お腹の子供に話し掛けた。
「優しいお兄ちゃんね」
その声を聞いた浬も、自然と口元が綻(ほころ)ぶ。春が近づくと七瀬も、そろそろ臨月になる。二人目の子供とはいえ、今度は東京から遠く離れた奈良での出産だ。頼りになるのは夫の自分しかおらず、颯の面倒も見なければならない。それでも七瀬は家族が一緒に泊まれる産院を見つけて、準備は万端といったところだ。第二子の出産予定日は3月上旬、ちょうどひな祭りの3日となっていた。

奈良もだいぶ暖かくなり、2月も末となった頃、浬と七瀬は颯を伴い、デパートのベビー用品売場にやって来た。それまで七瀬は少しずつベビー用品を買い求めていたが、せっかくだから、春らしいものを眺(なが)めたかった。デパートの店内は桜や春の花のディスプレイに満ち溢れている。颯は早速、可愛らしい桜が施されたベビー服に目を止めた。
「ママ、見て。お花がいっぱい付いてる」
「それは桜の花ね」
「僕、赤ちゃんにはこれがいいと思う」
浬はクスクス笑うと颯の隣に立った。
「これは女の子用だぞ。弟が生まれたらどうする」
「弟が着てもいいよ。綺麗だもん」
「そうだな」
颯はクルクルした眼差しを向けた。
「僕の時はどうだったの?」
「どちらが生まれてもいいように、真っ白なベビー服だった」
「ふぅん、僕はピンクも好きだけどな」
「そうか」
浬は七瀬の耳元に囁(ささや)くように話し掛けた。
「看護留学から帰ってきた時も、桜が満開だったな」
「思い出したわ」
「桜吹雪の中を、二人で婚姻届を出しに行った」
七瀬は僅(わず)かに恥じらうように浬を垣間見た。
「覚えてる。手を繋いで行ったから」
「入籍して、その足で鎌倉の上条さんの、お祖父様とお祖母様の所へ挨拶に伺ったな」
「私、お腹が空いてしまって、ご飯をご馳走になったもの」
颯は小耳に挟むと二人の間に割って入った。
「鎌倉のおじいちゃんとおばあちゃんのお家のご飯は、とっても美味しいもの。僕も大好きで、いっぱい食べたよ」
コロナの入院患者の看護に際して、浬と七瀬は颯を鎌倉の上条家に預かってもらった経緯がある。ベビー用品売場には、桜のベビー服のそばに、桜がデザインされた誕生お知らせのポストカードがあった。そこには淡い桜色で『赤ちゃんが生まれました』と書かれていた。浬はポストカードを手に取ると、フフンと笑って見せた。
「とてもよい。生まれたらこれを出そう」
両脇から覗(のぞ)き込んだ七瀬と颯は笑顔で応えた。
「名前が決まったら出しましょう」
「わぁ、僕も考えていい?」
「いいよ」
浬は七瀬と相談しながら、桜色のポストカードを数枚買い求めた。

予定日が近づいて来ると、七瀬のお腹はより大きくなった。『よいしょ』と言って腰に片手を添えて、ソファーにそっと寄り掛かる。そんな時には颯が小さな手で、七瀬を支えてくれる姿が、何とも愛らしい。テレビのニュースでは桜前線が、少しずつ北上していく様子を伝えている。
「もう、桜が咲いたのね」
「幼稚園に行く途中にも桜の木があるってパパが言ってた。まだ、咲いてないけど」
「奈良はまだみたいね」
「赤ちゃんが生まれたら咲く?」
「そうねぇ…もう少し先かな」
そんな桜の頼りが多くなると、春が近いのが実感出来る。いつの間にか、日差しも少しずつ暖かく感じられるようになっていた。

颯が桜を待ち遠しく思っていたのが通じたのか3月に入ると、浬は珍しく和菓子を持って帰ってきた。包みを開けると青々とした青葉で包まれた桜色のお餅が行儀よく並んでいる。
「綺麗なピンクだね。葉っぱも付いてるよ」
颯は興味津々だ。
「桜で有名な吉野の桜餅だそうだ。昼休みに藤原准教授が訪ねてきて、この桜餅をいただいたんだ」
「桜はまだでしょう。吉野まで行かれたのかしら」
「いや、付き合いがある吉野の和菓子屋さんが、仕事で出掛けて来たついでに、手土産に持ってきてくれたそうだ。お裾分けなので、遠慮なくと言っていた」
「嬉しそう、いただきます」
七瀬は早速、嬉しそうに桜餅を頬張った。久しぶりの和菓子に、笑顔もこぼれる。それ以上に喜んだのは颯だった。
「桜餅、凄く美味しい」
「和菓子、好きか」
「鎌倉の上条さんのおばあちゃんから、おやつに貰った」
「何を食べた。大福か?」
「上生菓子、紫陽花(あじさい)のお花の形で、綺麗だったよ」
七瀬は目を見張った。
「上生菓子なんて、よく覚えていたね」
「うん、おじいちゃんから教えてもらった。的屋のお菓子は美味しいって」
今度は浬が目を見張ることになった。
「的屋は光太郎の実家だぞ」
「鎌倉でも老舗の有名な和菓子屋さんなんでしょう」
「人気のカスタードクリーム饅頭から、上生菓子まで、美味しい和菓子があると評判だ」
「僕ね、カスタードクリーム饅頭も食べたよ」
ニヤリと笑った颯は、その出所を暴露した。
「周志(ちかし)おじさんが杏里お姉ちゃんと二人で、おじいちゃんのお使いで、買いに行ったんだよ」
「そうだったの」
「二人とも、凄く仲良しなんだよ」
浬と七瀬は顔を見合わせた。
「仲がいいのは知ってたけど」
「まぁ、杏里ちゃんは上条出版から児童文学賞をもらっているからな」
「僕、周志おじさんと杏里お姉ちゃん、結婚すればいいと思う」
「颯ったら」
いつの間に、こんなことを言うようになったのかと、二人は颯を交えて笑い出した。
「パパ、赤ちゃんが生まれて東京に帰ったら、的屋さんの和菓子を買ってね」
「あぁ、いいよ」
「また江ノ電に乗って鎌倉に行こうね」
可愛い笑顔が待ち遠しさで、いっぱいになった。

七瀬の出産予定日、3月3日がやって来た。いつものように午後に幼稚園から颯をお迎えに行って帰宅すると、七瀬はお腹の張りを感じた。
「いつもより違う感じ。もしかしたら陣痛が来るかも」
時間間隔はまだ長いが、産院に電話をして、タクシーを手配した。
「ママ、病院に行くの?」
「颯も一緒に行こうね」
浬に連絡を入れて産院に向かった七瀬は、出産の準備に取りかかった。

浬が産院に到着すると、七瀬はまだ病室にいて、陣痛の真っ最中だった。颯はその間、一人で病室の中にいた。
「パパ~」
心細かったのか、颯は浬に抱きついた。
「よく、一人でいたな。偉いぞ」
「看護師さんが来て、怖くないよって、ニコニコして教えてくれた。僕、頑張った」
浬は七瀬の傍(そば)に行くと、しっかりと手を握った。
「一緒にいるから」
「先生が来てくれて心強いわ」
「ママ、痛い?」
「大丈夫、ママ、頑張るからね」
少し涙ぐんでいる颯を、浬は片方の腕で抱き寄せた。様子を見に来た看護師から、もう少し時間が掛かると告げられると、七瀬は二人に夕食を取るように促した。
「颯の好きなお子様ハンバーグセットにしたから、パパと食べてね」
「ママは?」
「ママは赤ちゃんが生まれてから食べるから」
「僕、ハンバーグいっぱい食べて、赤ちゃんが生まれるの待ってる」
「うん、待っててね」
隣のリビング風の部屋に運ばれてきたお子様ハンバーグセットを、颯はもりもりと平らげた。
「颯、パパのハンバーグも食べるか」
「ううん、いい」
首を横に振った颯は、口を拭(ぬぐ)うと、また七瀬の傍(そば)に駆け寄っていった。

七瀬の陣痛は徐々に間隔が狭まっていった。颯の小さな手が、変わらず七瀬の身体を撫(な)でている。七瀬は息を整えると颯に話しかけた。
「赤ちゃんはまだ生まれないから、先にパパとお風呂に入っておいで」
「でも、僕ママといたい」
「今夜はここに三人でお泊まりするから、颯はお風呂に入ってパジャマを着て、寝る準備をしないと」
「わかった」
少し項垂(うなだ)れた颯は、浬に連れられてバスルームに向かって行った。帰ってきた颯は上機嫌だった。
「ママ、赤ちゃんが入るお風呂があったよ。ちっちゃいお風呂だった」
「颯も赤ちゃんの頃には小さなお風呂に入ったんだぞ」
「ほんと?」
「あぁ、パパがお風呂に入れた」
「わぁ、僕も赤ちゃんのお風呂、手伝うよ」
そうしているうちに、七瀬は分娩室に入ることになった。
「七瀬、俺も一緒に立ち会うよ」
「ううん、先生は颯を見ていて」
「しかし」
「私一人で大丈夫。待っていて」

ほどなくして七瀬は第二子を出産した。
「おめでとうございます。女の子ですよ」
赤ちゃん誕生の知らせに、ちょうど眠りに付いたところだった颯は、パッチリと目を開けて飛び起きた。
「赤ちゃんが生まれた。妹だ」
浬は颯を伴って、七瀬と新生児の元へ駆け付けた。
「よく頑張ったな。ありがとう」
「先生、とても可愛い女の子よ」
颯は小さな手に、そっと触れた。
「小さくて柔らかいね」
「可愛いな」
「うん、とっても可愛い」
颯はそう言うと、目元の涙を拭(ぬぐ)った。
「あれ?おかしいな。悲しくないのに、涙が出てきちゃった」
浬は優しく微笑むと颯を抱きしめた。
「優しいお兄ちゃんだな」
「僕、凄く嬉しい」
浬の胸に顔を埋(うずめ)めて、颯は涙を流した。そうして、にこやかに手を振った。
「バイバイ、またね。お休み、赤ちゃん」
颯はベッドに入ると、幸せ一杯の微笑みのまま目を閉じた。
「パパ、赤ちゃんの名前、何にしようか」
「そうだなぁ、幾つか候補があるから、明日 一緒に考えよう」
「うん、分かった」
その夜、颯は満面の笑みを浮かべて眠りに付いた。

翌朝、早くに浬と颯は目を覚ました。隣の部屋には、七瀬と生まれたばかりの赤ちゃんが眠っている。颯はそっとドアを開けると中を覗(のぞ)き込んだ。
「赤ちゃん、眠ってる」
「まだ、生まれたばかりだから、たくさん眠るんだよ」
「目を覚ましたら、話していい?」
「あぁ、いいよ。その前に顔を洗って歯磨きと着替えだ」
急いで身支度を済ませた颯は、テーブルの上にあった何枚かの紙に目を馳せた。
「パパ、これ赤ちゃんの名前?」
「そうだよ、どれがいいか、相談しよう」
浬と颯は頭を突きつけた。
「夕凪(ゆうな)、瑠花(るか)、桜奈(るな)、澪(みお)」
「ルナ?」
「桜という字を選んでみた」
「ルナもいいけど、僕は澪がいいかな」
「そうか、実はパパも澪(みお)がいいと思うんだ」
二人は七瀬と赤ちゃんの元へやって来た。
「ママ、赤ちゃんの名前だけど、僕とパパは澪(みお)がいいな、と思ってる」
「可愛い名前ね」
颯は赤ちゃんに自分の指を握らせた。
「桜奈(るな)と澪(みお)、どっちがいい?」
可愛らしい指先が後者を握り返した。
「澪がいいって、言ってる」
颯は浬の顔を見返した。
「僕も澪がいいな」
「そうか、じゃあ、ママにも聞いてみよう」
七瀬は優しく微笑んだ。
「ママも澪がいいわ」
「名前は天堂 澪だ」
三人が『澪』と呼び掛けると、受け応えるように、 可愛らしく にっこりと笑った。

窓辺にお日様の光が差し込む。澪は大きく伸びをすると、心地良さそうに欠伸(あくび)をした。それはまるで、ふわりと訪れた春の暖かさのようだった。





続く…


風月☆雪音