恋はつづくよどこまでも二次創作小説【あをによし:第10話.日暮れて秋の宵闇】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【あをによし:第10話.日暮れて秋の宵闇】

10月、秋も一層深まってきた今日この頃。安定期に入った七瀬の体調もだんだんと良くなり、ゆるりとした日々を送っていた。夏に比べて、少しずつ日が沈むのが早くなってきた。夕焼けと共に訪れた残暑の暑さも、今は心持ち涼しくなっている。夕方、まだ浬が帰宅する前の時刻、颯(はやて)は英語のレッスンに勤(いそ)しんでいた。夏休みまでは大学生の佑都に英語を教わっていたが、その佑都も秋の新学期に向けて、ニューヨークに帰って行った。秋から新たに通い始めた英語教室は、颯のお気に入りだ。今日は乗り物がたくさん出てきたらしく、いつにも増して気分は上々だ。発音もスムーズで、七瀬にそれを誉められた颯は、覚えたての英単語を、はしゃぐように繰り返していた。
「今日のレッスンはここまで」
「上手に出来たね」
颯は、嬉しそうに英語の教材を七瀬の元に持ってきた。
「エディ先生からスマイルマークもらった」
「良かったね」
「僕も早く英語 上手に話したいな」
「颯なら、きっと上手に話せるわ」
颯は懐かしむように英語の教材をなぞった。
「佑都(ゆうと)お兄ちゃん、どうしてるかな」
「ニューヨークでも9月から大学が始まったから、元気に通っていると思うよ」
「佑都お兄ちゃんとまた、遊びたいな」
「颯は佑都君と仲良しだったものね」
「次は僕と赤ちゃんと佑都お兄ちゃんと3人で遊ぶんだ」
颯は七瀬のお腹にそっと視線を向けた。
「赤ちゃんにも聞こえたかな」
「もちろん、赤ちゃんも遊びたいって言ってる」
ちょうどお腹が動き、七瀬は颯の手を重ねた。
「赤ちゃんが動いたよ」
「ちゃんと、颯の声が分かるのね」
「赤ちゃん、僕はお兄ちゃんだよ」
隣で見ていた七瀬は顔を綻(ほころ)ばせた。

風に乗って、どこからか笛や太鼓の音が聞こえる。
「そういえば、そろそろ神社の秋祭りの季節ね」
「秋祭り?」
「ここからすぐのところに、神社があるのよ。小さな神社だけど、秋祭りの時には出店も出て、たくさんの人がお参りに行くんだって」
「ママは神社、行ったことある?」
「子供の頃からよく行ってた」
七瀬はベランダから外を眺(なが)めた。
「飾り提灯(ちょうちん)と幟(のぼり)が見えるわ。たぶん、秋祭りね」
時計を見ると、まだ夕刻には早い時間だ。
「秋の収穫を祝って、巫女(みこ)さんたちが舞を奉納するのよ。その後は、獅子神楽(かぐら)が見られたりしたわ」
「獅子神楽?」
「じゃあ、せっかくだから見に行こうか」
「行きたい。僕、秋祭りに行きたい」
颯は目を輝かせた。
「ママ、パパも一緒に見に行ってもいいでしょう」
「そうね、パパに聞いてみようか」
時計に目を移せば、浬の勤務時間が終わるまで、あと少し残っている。
「病院が終わったら、僕が電話する」
颯はワクワクしながら何度も時計を見つめていた。

時計が6時を回ると、颯は早速、浬(かいり)に電話を掛けた。
「パパ、お仕事終わった?」
「あぁ、終わったよ」
「あのね、お家の近くの神社でお祭りがあるんだって。一緒に行こう」
「神社のお祭りか」
「直ぐそこだって。お店もたくさん出るんだって」
「そうか、じゃあ、皆で行こうか」
「わぁ、ホント?」
「今から急いで帰るから、ママと用意していなさい」
「わかった」
電話を終えた颯は大喜びだった。
「パパが皆で行こうって」
「ママも楽しみ」
七瀬は徐(おもむろ)に立ち上がると、バッグからおみくじを取り出した。
「これ、恋御籤(みくじ)よ」
「猫がついてる」
「先生と出会う前に、ママが神社で引いたおみくじ」
「ふうん」
七瀬は愛おしそうに、おみくじと猫のお守りを胸に抱いた。
「先祖代々、男運が無いと聞かされていたけど、私は先生と出会ったの。開運っていう言葉通り」
颯は後ろから覗(のぞ)きこんだ。
「開運って、どういう意味?」
「嬉しいことが、やって来るということかな」
「わぁ~」
颯は嬉しそうに跳び跳ねた。
「僕のお家には、赤ちゃんが来るよ。赤ちゃん、開運。赤ちゃん、開運」
「颯ったら」
滑稽(こっけい)に踊る颯の姿に七瀬は笑い出した。

夏の盛りには長かった日差しも、秋になると、あっという間に夕暮れがやってくる。帰宅した浬は一息付く間もなく、外出の支度をし始めた。
「神社の秋祭りとは気づかなかったな」
「大学病院とは反対の方向だから」
浬は頷(うなず)きながら七瀬の支度を気遣った。
「秋祭りで境内も混んでいるだろうから、躓(つまず)いたりしないように、気をつけるんだぞ」
「先生の傍(そば)にいます」
それを聞いていた颯は七瀬の手を取った。
「じゃあ、ママは真ん中。僕と手を繋ごう」


マンションを出ると、遠くから笛や太鼓の音が聞こえてきた。遠くにポゥと輝くのは、屋台の明かりだろうか。若い者同士や家族連れが向かう姿も見える。手を繋いだ浬と颯は七瀬を気遣い、ゆっくりと歩いていく。やがて明かりに照らされた秋祭りの神社に着くと、颯は楽しそうに鳥居をくぐった。

感慨深げに見上げる浬は、綻(ほころ)ぶ口元に笑みを作った。
「懐かしいなぁ、小学生以来だ」
七瀬が声を掛ける。
「先生は中学校からキリスト教の学校だったものね」
「クリスマスのチャリティーやバザーは楽しかったよ」
浬は遠い日を懐かしんだ。

先ずは神殿に参拝をしようとする人々が列をなして並んでいる。幾らも経たず自分たちの番が来ると、颯は二人の真似をして、小さな手でお賽銭(さいせん)を入れた。浬と七瀬はもちろんのこと、生まれてくる子供の健康を願う。
「僕も赤ちゃんの事を、神様にお祈りしたよ」
三人は代わる代わる御神籤(おみくじ)を引いた。
「これ、何て読むの?」
颯の御神籤を浬が覗(のぞ)き込んだ。
「大吉だ、一番だよ」
「わぁい、一番だ」
「願いが叶うとあるな」
「赤ちゃんは妹かな」
七瀬はクスクス笑い出した。
「颯は妹がいいの?」
「うん、妹は可愛い」
浬が問い掛ける。
「弟だったら?」
「弟でもいいよ。一緒にいっぱい遊べる」
颯は浬と七瀬の御神籤も見たいとねだった。
「あっ、パパのは僕と同じ大吉だ」
「日々精進して過ごせとある」
「パパも勉強しなさいっていうこと?」
「真面目に仕事を続けなさいということだろう」
「パパはお医者さんだものね」
七瀬の御神籤は中吉だという。
「私のは、お産は案ずるなかれ、とあるわ」
それを聞いた浬は柔らかな表情を見せた。
「良かったな」
「ホッとしたわ」
颯は浬に抱っこして貰うと、御神籤を枝に結びつけた。

神社の境内には小さな舞台があって、笛や太鼓のお囃子(はやし)が響いている。それに追随して、巫女舞が始まった。大人たちの合間で見えない颯は浬に肩車をしてもらって、大喜びだ。巫女舞の中に小さな女の子を見つけると、颯は驚いたように目を見張った。
「ママ、見て。小さい女の子が巫女舞してる」
「颯と同じくらいかしら。上手ね」
颯は瞬(まばた)きも忘れるほど、熱心に見つめていたが、そのうちなぞるように巫女舞を真似し始めた。身振り手振りで、拍子も上手く取るものだから、周囲の人々の表情も和(なご)やかになる。やがて巫女舞から軽快なお囃子(はやし)に乗って獅子舞が披露されると、颯は身を乗り出して熱心に見入っていた。どうも獅子頭の首の動きが気に入ったらしく、何度も真似している。浬は嬉しそうに問い掛けた。
「獅子舞、好きか?」
「カッコいい」
「颯が上手に真似をするのも、ブレイクダンスをやっていた先生に似ているのかも」
そう言われた浬は満更(まんざら)でもない表情で、フフンと笑った。

そうしていると舞台から降りてきたお獅子が、子供たちの頭をガブリと噛み始めた。子供たちの邪気を祓(はら)い、厄除けと無病息災のご利益があるという。怖くて泣いてしまう幼い子もいたが、颯は興味津々、大喜びだった。
「僕もお獅子に噛まれた」
「よかったね」
「ママ、赤ちゃんは噛まれないの?」
「赤ちゃんはまだ、お腹のなかにいるからね」
「赤ちゃんが怖がって泣いたら、僕が大丈夫だよって言ってあげる」
それを聞いた浬は嬉しそうに颯の頭を撫でた。

周囲から容赦なく美味しい香りが空腹を刺激する。そろそろ日も落ちて宵闇が辺りを包み、神社の提灯(ちょうちん)や灯籠(とうろう)、屋台の電球の明かりが煌々(こうこう)と灯っている。その下には香ばしい煙と、焼けた匂いや音、甘いお菓子の香りが満ちている。颯は浬に抱かれて、楽しそうに屋台を覗(のぞ)き込んだ。
「何が食べたい?」
「ええとね、焼きそば。それから焼き鳥も。あと、フランクフルト」
「そんなに一度に食べられないぞ」
「焼きそばはママと半分にしようか」
「それならたくさん食べられるな」
コクリと頷(うなず)いた颯は焼きそばと焼き鳥を手に持った。
「フランクフルトは、これを食べてからね」
先に焼きそばを食べ始めた颯は、美味しいと何度も首を振る。
「焼き鳥も食べる」
浬から渡された大振りの焼き鳥も、颯は一本平らげた。七瀬も焼きそばと焼き鳥を頬張り、浬もそれに続く。
「焼きそば、美味しいね」
「うん、凄く美味しい」
香ばしいソースの味がよく焼きそばに絡んで、風味を醸(かも)し出す。
「お祭りの焼きそばは格別ね」
七瀬の言葉に浬は笑って応えた。
「そういえば高校の頃、クリスマスのチャリティーバザーで、焼きそば担当だった」
「先生が焼いたの?」
「あぁ、横浜の教会の敷地で鉄板に大量の焼きそばを入れて作った」
「わぁ、パパも焼きそば屋さんをしたの?」
「剣道部は腕が強いからと、例年焼きそばを焼いて、売れに売れた」
浬は学生時代を懐かしんだ。
「私も先生の焼きそば、食べてみたかったな」
「僕もパパの焼きそば食べたい」
「じゃあ、今度作ってみよう」
ご機嫌な颯はフランクフルトをねだった。
「全部食べられるか?」
「食べられる」
「無理なら半分、ママに渡して」
「お菓子も食べたいから、そうする」
それでもほとんどフランクフルトを食べた颯は、ベビーカステラが欲しいと言った。鈴のような丸い形のベビーカステラは、ちょうど颯の小さな手に収まる。
「パパも食べて」
颯は袋から一つ摘(つ)まむと、浬の口にベビーカステラを入れた。
「美味しいな」
「ママと赤ちゃんにも」
七瀬も快く受け取り、ベビーカステラを楽しむ。焼きたての表面はサクサクで中は、フワフワと温かい。宵闇は一層深く、行き交う人の影が長く短く揺れていく。

お腹がいっぱいになった颯はスーパーボール釣りがしたいとねだった。ビニールプールの中には大小色とりどりのスーパーボールがクルクルと回りながら流れて行く。器を手渡された颯は薄いすくい網をそっとボールの際(きわ)に添えた。
「取れた」
「もう少し取れるかな」
「パパ、やって」
器用な浬は次々とボールを掬(すく)っていく。やがてすくい網が破れると、スーパーボール掬(すく)いは終わりを告げた。器を受け取った店主が幾つかボールを継ぎ足す。
「おまけだよ」
「ありがとう」
透明なビニール袋に入ったスーパーボールを受け取った颯は、満面の笑みを浮かべた。
「スーパーボール、いっぱい」
「良かったね」
浬は颯を抱いたまま、屋台を見て歩いた。今度はヨーヨーに興味を持った颯が身を乗り出した。
「小さな風船?」
「ヨーヨーだよ」
「中指に付けて手で弾いて遊ぶのよ」
「ふうん」
今一つ、想像が付かない颯は、不思議そうな顔をしてヨーヨーを見つめている。
「どれがいい?好きな色を買おう」
颯は水色に赤のヨーヨーを選んだ。
「これにする」
浬は颯の小さな中指にヨーヨーの輪ゴムをくくりつけた。そうして手を重ねて上下にゆっくりと弾(はじ)いてみた。
「わぁ~」
ポンポンというヨーヨーを叩く音と中の水が跳ね上がる。
「下に押し出して、そう…上がってきたらまた、弾くんだ」
戸惑いながらも颯はヨーヨーを器用に弾き返していく。周囲でも買い求めた子供たちが、それぞれ色とりどりのヨーヨーを弾いていく。颯はスーパーボールの袋を七瀬に預けると、ヨーヨーを大事そうに両手に抱(かか)えた。
「これって、お店では売っていないよね」
「そうだな、お祭りの出店で売っていることが多いな」
「帰ってから、お家でも遊べる?」
「あぁ、遊べるよ」
颯にとっては、初めての秋祭りでの買い物だった。

宵闇は暗さを増して、提灯(ちょうちん)や屋台の煌々(こうこう)と灯る明かりだけが、辺りを照らしている。秋祭りの人手はまだ減ることもなく、人波は途切れることもない。あれこれ一通り見て回った三人は、そろそろ帰途につく時間となった。
「さぁ、もう帰ろうか」
浬の言葉に七瀬が頷(うなず)く。神社の境内は行き交う人が、ゆるりと交差する。鳥居に来た時、七瀬はくるりと振り返ると、徐(おもむろ)に頭を下げた。
「ママ、何してるの?」
不思議そうな颯が七瀬を覗(のぞ)き込む。
「神様に、ありがとうございましたとご挨拶してるのよ」
それを聞いた颯と浬も静かに頭を下げた。

颯は上機嫌だった。
「楽しかった」
「お腹もいっぱいになった?」
「うん、美味しかった」
ヨーヨーを下げた手が影になってゆらゆらと揺れている。
「眠くないか」
浬の問い掛けに颯はコクリと頷(うなず)いた。それでも足取りは少しずつ遅くなる。
「抱っこしようか」
「おんぶがいい。パパのおんぶ」
珍しく甘ったれた声でねだる颯は浬の背におんぶした。二人の影が重なって、足元を染めて行く。
「七瀬は疲れていないか」
「えぇ、大丈夫」
浬と七瀬は顔を見合わせると、過去を懐かしんだ。
「そういえば、先生におんぶしてもらったことがあったわ」
「思い出したか」
「酔ってしまって、うとうとしてた」
「よく滑り落ちなかったな」
「先生がちゃんと受け止めてくれたから、安心してた」
「随分と、絡んでいたぞ」
「酔っぱらいの戯言(たわごと)です」
七瀬は恥ずかそうに首を竦(すく)めた。街灯の明かりが街路樹の隙間から見え隠れしている。七瀬が浬に寄り添うと、影は更に一つになった。
「今夜はゆっくり休め」
「そうします」
いつの間にか眠っていた颯は、夢心地で答えた。
「お祭り、面白かったから、赤ちゃんにも教える」
クスリと笑った浬は、ウンウンと頷(うなず)いた。

秋の宵闇、楽しかった秋祭りの思い出と共に、三人の足取りは軽やかだった。


第11話へ続く…







風月☆雪音