恋はつづくよどこまでも二次創作小説【NYランデブー:最終話.桜の下の待ち人】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【NYランデブー:最終話.桜の下の待ち人】


帰国の朝、天堂浬(かいり)が目覚めた時、愛する七瀬は腕の中ですやすやと寝息を立てて眠っていた。明日からは当分の間、柔らかな温もりを抱いたまま、幸せな余韻に浸ることも出来ない。思い切り抱きしめたらきっと目を覚ますから、ふんわりといたわるようにそっと抱き寄せると、七瀬は浬の胸元に柔らかな頬を擦り寄せた。それだけで愛しさが募り、口元が綻(ほころ)ぶ。恋人たちは互いを確かめるように足を絡めた。
「先生…」
「まだ、早い。もう少し眠っていろ」
夢うつつのまま彼女は言った。
「飛行機、乗り遅れちゃう」
「お前とは違う」
「そっか、私が行くんじゃなくて先生が帰るんだ」
そうして七瀬は少し鼻をグスグスさせた。
「泣いているのか」
「言わないで、もっと悲しくなるから」
何故か鼻の奥がツンとして、浬は直ぐに次の言葉が出てこなかった。そうして半分だけ誤魔化してみせた。
「明け方は肌寒いな」
「パジャマ、着ます?」
「いや、このままの方が暖かい」
浬はブランケットを肩まで引き上げると七瀬を抱いて丸くなった。
「起こしてやるから安心しろ」
「うん」
「七瀬、愛してる」
「ちゃんと聞こえた」
「お前も言えよ」
「愛してる、先生」


少しだけ遅く起きた二人は、急いで朝食を済ませ、それぞれの時間を過ごした。七瀬はいつもと同じ時刻にハドソン記念病院へ向かい、研修が済むと午後には帰ってくる。浬は手際よく帰国の荷物をまとめると、イ・テワンと白浜杏里との談笑に加わった。短期間の滞在だったが、テワンと杏里は本当の祖父と孫のように打ち解けていた。そこにはもうテワンの亡き妻セナの人格は消え失せていたが、新しい絆を築いたのは確かだった。
「テワンおじいさま、本当にありがとうございました。私、来て良かった」
「私もだよ、杏里。会えて嬉しかった」
「これからもテワンおじいさまとお呼びしてもいいですか」
「もちろんだとも」
「私、もっとたくさん英語を勉強します」
「ホームステイや留学も出来る。その時には私に話すんだ」
ミニョンは英語版の『アスティとタルト』を差し出した。
「これはハドソン記念病院に入院していたフランスの少年テオのために書いた最初の本だ。テオもこの本を何度も読んで英語に慣れたんだ。杏里にプレゼントしよう」
「そんな大切な本を私に?」
「杏里に使って欲しい。そしてまたニューヨークへおいで」
「ミニョンさん、テワンおじいさま、ありがとうございます。私の宝物です」
杏里は嬉しそうに児童書を胸に抱いた。

時間は思いの外、早く過ぎていく。夕刻を過ぎると、帰国する三人はいそいそと荷物をまとめた。空港までは来た時と同じようにジェヨンが送る。しかし杏里はテワンの車に同乗して二台の車で向かった。ジェヨンが運転する車の後部座席には天堂浬と佐倉七瀬が座っていた。二人は初めの頃は他愛のない会話を重ねていたが、そのうち言葉少なになっていった。ブルックリン橋を越えると対岸に見えるマンハッタンのビルの明かりが無数の宝石のように煌(きら)めいている。七瀬は左手の薬指の指輪に視線を移すと愛しげに撫でてみた。冷たい感触が今夜はいつにも増して感じられる。それが会えない寂しさだと分かっていたけれど、今夜は格別な思いが胸の奥から沸き上がった。
『先生…』
七瀬が言う前に、浬は彼女の左手を取ると、何も言わず自分の目線より少し高くかざして見せた。
「綺麗だな」
「先生が選んでくれた指輪ですから」
「月が映っている」
「マンハッタンの明かりじゃなくて?」
「あぁ、月の光…いや、月の欠片だ」
七瀬は夜空を見上げると目を潤(うる)ませた。
「お月様が綺麗すぎて泣きそう」
本当は浬との別れが切ないのは分かっている。
「二人で月を眺(なが)めただろう。東京でもニューヨークでも同じ月を見られる。三日月、半月、満月と、その度(たび)、どんなに愛しく思うことか」
浬は優しく微笑むと七瀬の口唇を覆った。
「今までで一番優しいキス」
「俺は元々、優しくない」
「ううん、先生は本当はとても優しいって知ってる」
「言うな、照れる」
「慣れていないだけです」
浬が顔をしかめたので七瀬はクスリと笑い、短いキスを返した。
「これは治療です」
「それは俺のセリフだ」
額(ひたい)を合わせ指を絡める恋人を乗せて、車は確実にジョンFケネディ空港へ近づいていた。

多くの人々が行き交う空港では新たな旅立ちや別れの思いが交差する。そんな名残惜しさに少しだけ協力したのは、渋滞ではないのに30分掛けて到着したジェヨンの運転でもある。それに続いたテワンと杏里親子が乗った車も、ゆっくりと空港に到着した。慌ただしさの中で時間は早送りのように容赦なく進んでいく。
「テワンおじいさま、お元気で」
「杏里も身体に気をつけて過ごすように」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる母親の隣で杏里はテワンに抱きついて泣き出した。
「テワンおじいさま。私、帰りたくない。一緒にいたい」
「君は学校がある。待っている人がいる」
杏里は涙を拭うとテワンへ別れを告げた。
「おじいさま、さようなら。必ずまた来ます」
「あぁ、また会おう」

天堂浬と佐倉七瀬も別れを惜しんでいた。
「今度会うのは桜の咲く頃だな」
「早く咲いてくれないかな。お正月、急に暖かくなったら咲くかも」
「バカ、それで研修期間を誤魔化すつもりか」
「先生が次に会うのは桜の咲く頃だなんて言うから」
「しっかり地域看護とニューヨークの救急医療を学んでこい」
「はい、先生のお役に立てるよう頑張ります」
そんな七瀬を浬は優しく抱き締めると、そっと耳元で囁(ささや)いた。
「帰国したら天堂七瀬だ」
「えっ!?」
「嫌か」
「ううん」
「新しいネームプレートを作っておいてやる」
「うん」
七瀬は涙をこらえると浬の胸に顔を埋(うず)めた。浬は七瀬から腕を解くとイ・テワン会長に感謝の言葉と別れの挨拶を述べた。そして愛しい彼女を託した。
「七瀬をよろしくお願い致します」
「安心したまえ。花が咲き誇る頃に君の元へ送り出そう」
浬は深々と会釈をするとクルリと背を向けた。その後を足早に白浜杏里親子が追い掛ける。
「先生、天堂先生!」
愛しい七瀬の声が背なに届くと、浬は振り向くことなく僅(わず)かに右手を上げた。
「Dr.天堂はクールだね」
ジェヨンの言葉に七瀬はくしゃくしゃの笑顔で答えた。
「あれが私が愛する魔王 天堂浬です」
「僕には出来ないな。さて、急いで帰らないと。そろそろベビーが産まれそうだ。ミミのそばにいないと」
ジェヨンは七瀬にウィンクするとテワンを気遣った。
「おじいさまをよろしく。寂しがるかも知れないから」
「赤ちゃんが産まれたらお知らせくださいね」
「もちろん!」
ジェヨンは満面の笑みで振り向くと軽やかに走り去っていった。その夜、ジェヨンとミミ夫妻に愛らしい女の子が誕生した。


早春、紅白の梅が芽吹き、桃の花が彩りを添え、北野天満宮の梅が匂うように咲いた。浬は初めて買った日めくりの暦(こよみ)を花と共に一枚一枚めくって行った。梅の花が桃に、桃の花が桜に変わり、暦が三月弥生を重ねた頃、桜が二つ三つ咲き始めると、咲き誇る姿を自ら祝うように桜は満開を迎えた。

花曇りの朝、天堂浬は桜の木の下で佐倉七瀬を待っていた。ハラハラと音無き音が舞い落ちる桜吹雪の中、遠くからカラカラと石畳を軋(きし)ませる音が響いてくる。キャリーケースを引きながら楽しそうに桜並木を見上げるのは待ち焦がれた彼女だ。声を張り上げて名を呼べば気づくほどの距離にあったが、浬はそうしなかった。桜の中で七瀬を迎えることに、もう一つの意味があったからだ。そうしてギリギリまで待つと、浬は桜の木を背にぶっきらぼうに声を掛けた。
「おい、何処を見てる」
「先生!」
嬉しそうな笑顔が目の前で弾ける。
「いつまで待たせるんだ」
「お待たせしました。只今、戻りました」
「七瀬」
「先生、ただいま!」
もう、我慢できなかった。浬は胸に飛び込む七瀬を思い切り抱き締めると降り注ぐ桜吹雪を蹴散らすように振り回した。胸が高鳴り、愛しくてどうしようもない。一頻(ひとしき)り強く抱き締めると、浬は七瀬の前に婚姻届を広げた。ハラハラと桜の花びらが舞い落ちる。
「必要な箇所は全て書き終えた。あとは七瀬が直筆で記入するだけだ。直ぐに書け」
「帰ってからでもいいんじゃないですか」
「先に行く所がある」
「今じゃなきゃダメなんですか」
「ダメだ」
「お腹が空きました」
「区役所でも売店くらいあるだろう。そこで買え。ただし、提出してからだぞ」
「へっ!?」
浬は七瀬の手を取ると足早に歩き出した。
「ち、ちょっと待ってください。区役所で婚姻届を出すんですか」
「他に何処で出す」
「今日?」
「そうだ」
「私、印鑑を持っていません」
「お父さんに許可をいただくために、ご挨拶に行ってきた」
「鹿児島に?」
「あぁ、七瀬が帰国した日に婚姻届を出させて下さいとお願いしてきた。お前の部屋はもうない。今日から一緒に住むからな」
「あっ、そうか」
「その時、お母さんが印鑑を持たせてくださった」
「結婚の証人は?」
「上条さんだ」
「か、上条さん!?幾ら何でもそれは酷過ぎます。魔王全開ですよ」
「よく見ろ」
確かに上条とあるが、見慣れない名前が二人書いてある。
「上条さんには即、断られた」
「当たり前です」
「代わりに鎌倉に住む上条さんの祖父母にお願いしてもらった。以前、誘われて一緒にうかがって食事をいただいた。今回も快く引き受けてくださった」
「いつの間に、上条さんとそんなに仲良しになったんです?」
「特別仲が良いわけではない」
「私も上条さんのおじい様とおばあ様に会いたいな」
「お二人も早く七瀬に会いたいと言っていた。婚姻届を提出したらそのまま鎌倉へ行くぞ」
「目が回りそう」
「提出に不備がないよう必要なものは全部揃えてある。あとは七瀬が記入するだけだ」

夫となる人、妻となる人

七瀬は今戸神社の境内で婚姻届に自らの名前を記入した。速(すみ)やかに
区役所へ提出すると『御結婚、おめでとうございます』と言われた。

そうして気づいた時には七瀬は江ノ電に乗っていた。昼をだいぶ回った頃、天堂浬と七瀬は上条周志の祖父母の家を訪ねた。庭の芝生に大きなRV車が停まっている。
「上条さんが来ているようだ」
浬は七瀬の手を取ると玄関の呼び鈴を鳴らした。昔ながらの音が湘南の潮風に溶けて妙に心地よい。ドアが開いた向こうには、祖父母より先に長身の上条周志(ちかし)が顔を見せた。
「七瀬ちゃん、お帰り。おじい様、おばあ様、こちらが佐倉七瀬ちゃんです」
「はじめまして、佐倉…」
「今日から天堂七瀬です」
「ふうん、婚姻届出したんだ」
「おめでとう、浬くん、七瀬さん」
「ありがとうございます。お二人には、いち早くご報告をと思いまして」
浬が礼を述べた後に七瀬のお腹が鳴った。
「あら、お腹が空いていたのね」
「さっき食べただろう」
「クリームパン、先生が半分横取りしたから」
「酷いな、今からでも僕にしなよ」
「周志さん、そんなことを言って」
「本当は新婚一日目に同じものを半分ずつ食べて嬉しかったんです」
「まぁ、素敵だこと。じゃあ、もっと召し上がって」


七瀬は楽しそうに祖母と一緒に食事の支度を手伝った。
「お料理、あまり得意じゃなくて」
「いつでもいらっしゃい。教えてあげるわ」
「僕の方が上手いです」
「言わないでくださいよぅ」
笑いが起きて、二人は美味しく楽しい食事をいただいた。
「湘南の干物って最高!」
「焼き加減で旨くなると分かっただろう」
「お土産に買って行きましょう。明日の朝食は干物に決定!」
「その魚、何か分かっているのか」
「ええと」
「鯵(あじ)の干物よ。新婚さんの初めての朝食、二人で美味しく食べてちょうだい」
丁寧(ていねい)に包まれた鯵の干物は周志の祖父母二人のものだった。
「私たちの事を思い出して、必ずまた遊びにきてね」
「ありがとうございます」
涙ぐむ七瀬を浬はそっと抱き寄せた。

鎌倉の桜は散り急ぐように足元に積もり行く。別れの挨拶を告げる若夫婦の浬と七瀬は桜吹雪の向こうで幸せな笑顔を見せている。老夫婦の二人は、こぼれるような笑顔にも、また何処か寂しげな笑顔のようでもあった。浬と七瀬の後に、周志も暇(いとま)を告げる。二人は仲良く江ノ電で。周志の車も瞬く間に遠くなる。七瀬は立ち止まると浬の肩に付いた桜の花びらを摘まんだ。クスリと笑った浬は七瀬の頭に乗った花びらを重ねた。
「今日から二人一緒だ」
「先生、連れてきてくれてありがとうございました」
「また、来ような。俺の奥さん」
桜の下の待ち人はそう言って微笑むと、優しく新妻の手を取った。

番外編へ続く…

番外編.前編 パパはDr.天堂



第21話.月の欠片


高校生 天堂浬の回想:最終話.あの日の君に




風月☆雪音