死神の極~第15話. 荼枳尼天、高尾山の飯縄大権現と再会する | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

叢雲(むらくも)を背に姿を現した神獣青龍は、緑青に輝く鱗(うろこ)を逆立てると、ギョロリと大きな眼(まなこ)を見開き、花篤寺(けいとくじ)の本堂に控えし群を睨(にら)み付けた。
「非道なる振る舞いを致したは、そなた等か」
地響きのような唸(うな)り声が、本堂のガラスをガタガタと揺らしている。それは憤怒の声に他ならない。青龍の鋭い爪の先に見えしは、佐助稲荷の白狐、高唐(たかとう)のぐったりした姿だ。目は閉じられ口元には血が滲み、美しく真っ白な毛並みは今や鮮血に染まっている。
「逆らえば小さき者でも容赦(ようしゃ)はせぬぞ」
そのおぞましき光景に、普段から闘いとはとんと無縁な付喪神や、草葉の陰に住まう無益な妖怪たちは、あまりの恐ろしさにブルブルと震え上がると死神の極(きわみ)にしがみついた。
「極様、どうかお助けを」
「我らは青龍に喰われてしまうのですか」
もはや死神の極は闘う前に手足の自由を奪われている。手にした錫杖(しゃくじょう)を打ち鳴らすことさえ儘(まま)ならない。
「恐ろしや、恐ろしや」
衣にすがる力は更にも増して今にも張り裂けそうだ。それでも死神の極は足を踏ん張り仁王立ちになり、真正面から青龍に立ち向かった。

呆(あき)れた使い魔の御座台(みくらのうてな)は、とうとう付喪神や妖怪をワラワラと引き剥がしにかかった。
「これ、離れぬか。極様が思うように動けぬであろう」
「台(うてな)よ、そのように乱暴な」
「血も涙も無いのか」
「我は香木だ。元から血も涙も無いわ」
「非道じゃ、非道じゃ」
「何とでも言え。このままでは埒(らち)が明かぬわ」
すると傍(かたわ)らから、しゃがれ声が上がった。
「わしは婆(ばば)じゃ。無体なことはするな」
見ると身体の左右に巻いた赤蛇と青蛇がクネクネとうねっている。
「蛇骨婆か、蛇も一緒なら心強かろう。それより何処から来たんだ」
「せっかく高尾山の湯に浸かって養生しておったのに。恐ろしき気配を感じて逃げて来たわ。我の長年の夢だったものを」
さめざめと泣く蛇骨婆の姿にも、今は労(いたわ)る暇(いとま)もない。
「恐ろしいなら、ご本尊様の足元に隠れておれ。大事な蛇も忘れるなよ」
妖怪の卒塔婆(そとば)倒しが声を上げた。
「外国(とつくに)の蛇骨婆や我らのような妖(あやかし)でもよいのか」
「あぁ、大日如来様は大変心の広いお方だ。安心してお守りしていただけ」
「貯めた炉銀(ろぎん)も湯屋に置いてきてしもうた。この先、どうしたものか」
「それは災難じゃったのう。先ずは我らと飯でも食おう」
「ありがたや」
「そのくらい元気がありゃあ、大丈夫だ」
御座台(みくらのうてな)はそう言ってニッと笑った。

そんな無欲な会話が神獣青龍の耳にも届いているはずだ。死神の極は青龍に向けて声を張り上げた。
「我らが麒麟(きりん)を捕らえて何としよう。普段は天界に住まわれているというからには、地上では何を食べさせてよいかも分らぬ」
それにいち早く呼応したのは経巻物に収まった墨文字たちだった。
「供物の饅頭(まんじゅう)は全部食べられてしまうのか」
行儀よく並んでいた墨文字たちは目をぱちくりさせると、揃って死神の極を見上げた。動揺したのか、それまで整然と並んでいた列が僅(わず)かに乱れている。中には泣きべそをかく者さえ現れる始末だ。経典の文字が涙で滲(にじ)んでは大変だ。死神の極は優しく声を掛けた。
「麒麟は天界の果実をたんと食べていたはずだ。墨文字たちの饅頭(まんじゅう)を横取りなど致さぬよ」
ホッとした墨文字たちはゴシゴシと細い腕で涙を拭(ぬぐ)うと落ち着きを取り戻した。

そんなことでは引き下がらぬのが青龍だ。
「麒麟は何処だ」
死神の極(きわみ)の声が響く。
「麒麟はここにはおらぬ」
「何処に匿(かくま)った」
「知らぬ。我らに聞いても無駄なこと。とんだ見当違いだ」
「何だと!」
「他を当たらぬか。もう一度、よく考えてみよ」
「死神の分際で、誰に向かって物申しておる」
「それはこちらの台詞(せりふ)、青龍よ、陰陽師の式神であったことさえ忘れたか」

空を震わす波動と共に幾つもの稲光が花篤寺(けいとくじ)の屋根を襲う。誰もが火の手が上がるのを覚悟した。間一髪、それを跳ね返したのは不動明王が放った羂策(けんさく)の縄目だった。
「不動明王、何故邪魔立てする」
「麒麟を連れ去ったのは我らではないからだ。死神の極が申すは誠じゃ」
「仏とあろうものが平気で偽りを申すのか」
顔を強ばらせる不動明王を制するように閻魔大王は青龍との間に立った。
「神獣青龍よ、幾らなんでも言い過ぎじゃ。不動明王様に失礼であろう」
耳を貸さぬ青龍は再び緑青の鱗(うろこ)を逆立てた。威力を増した稲妻が、今度は本堂に立つ閻魔大王と死神の極を襲う。不動明王は素早く身体を捻(ひね)ると、手にした倶利伽羅(くりから)剣で稲妻を断ち切った。左右に立つは二人の不動童子だ。
「青龍よ、忘れたか。不動明王様は火の災いより我らを護ってくださる」
「怒りを鎮められよ」
矜羯羅童子(こんからどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)が声を揃えてそう言ったにもかかわらず、青龍は二人の童子に向けて鋭い稲妻を放った。
「小賢(こざか)しい童子めが」
「何を!分らず屋はそちらであろう」
「聞く耳など持たぬわ」
今や青龍は分別なく叢雲(むらくも)の稲妻を容赦なく撃ち込む。瞬時に飛び上がった二人の童子の後ろに不動八大金剛童子の六人が姿を現した。慧光(えこう)童子、慧喜(えき)童子、阿耨達(あくた)童子、指徳(しとく)童子、烏倶婆誐(うぐばが)童子、清浄比丘(しょうじょうびく)を併せた八大童子は四方八方に散り、陣形を作った。

一触即発、双方睨みあったまま暫(しば)し緊張の時が訪れた。童子の間には八角形の青白い光が連なっている。その形は正に陰陽道の八卦にも当たる八角陣。陰と陽を持ち合わせた形は鉄壁の守備を誇り、相手の攻撃も鏡の如く撃ち返す。神獣青龍が幾ら強くとも、自ら解き放つ稲妻をまともにくらってはたまったものではない。しかし、青龍は賢い神獣であった。今までの稲妻は叢雲(むらくも)を利用したまでのこと。本来の青龍は雨の神。今度は尻尾で叢雲(むらくも)をかき回すと途端に大粒の雨が降り出した。

刹那(せつな,大変短い時間)、強い雨が花篤寺を強襲する。あっという間に豪雨となった雨は八角陣を繋いでいた青白い光を掻き消した。それと同時に予測も付かぬ雨の簾(すだれ)の間から鋭い爪がヌッと姿を現し容赦なく童子を襲う。
「来るぞ!」
「構えよ!」
矜羯羅童子(こんからどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)、二人の金剛童子の声も虚しく、一人また一人と八大童子が倒れていく。怒り心頭した不動明王は背にした迦楼羅焰(かるらえん)を大きく燃え盛らせた。炎は徐々に形を変え、三毒を食らい尽くす火の鳥と化していく。剣にまとわりつく倶利伽羅龍(くりからりゅう)は怒りと憎しみを帯び、カタカタと震え出した。今にも咆哮(ほうこう)を上げそうな剣を持ち上げる不動明王に、口から血を滴(したた)らせた童子たちは渾身の力で身体を起こし、必死の形相で不動尊祈経を唱え始めた。邪悪なものの禍(わざわい)を祓(はら)う不動尊祈経が童子が負った傷を癒していく。しかし、とんだ弊害が待っていた。邪気を祓う経文に小さな妖怪たちが力を奪われ、次々に倒れていく。瘴気(しょうき)を浴びたように顔色は真っ青になり、今にも消えて無くなりそうな始末だ。見かねた死神の極は童子たちに訴えた。
「不動尊祈経は勘弁して貰えぬか。これらは妖(あやかし)ではあるが、成敗されるほどの邪(よこしま)なものは持ち合わせておらぬゆえ」
それに同調したのは高尾山の大天狗だった。
「白狐の妙薬の上に不動尊祈経まで唱えていただいて、傷もすっかり癒(い)えた。有り難い限りじゃ」
大天狗は頭(こうべ)を垂れると死神の極に視線を移した。
「そこでどうじゃ、この高尾山の大天狗と共に違う一手を打ってみるというのは」
「何をする気だ。まともに行ってはまた大怪我をするぞ」
「高尾山薬王院は飯縄大権現(いづなだいごんげん)を祀っておる」
ハッとした死神の極は大天狗を見据えた。
「不動明王様を烏(カラス)天狗のお姿にするつもりか」
「飯縄大権現は不動明王様の化身のお姿でもあるからな。そして烏(カラス)天狗によう似ておられるという」
大天狗はそう言うとニコリと笑った。
「いや、実は儂(わし)もハッキリとお目に掛かったことはないのじゃ。傷を癒してくれながら、管狐(くだきつね)が知恵を授けてくれてのぅ」
懐(ふところ)の竹筒からひょいと顔を出したのは小さな狐だ。利発そうな目がクルクルとよく動いている。大天狗は傍(かたわ)らに控えていた青天狗を呼び寄せると、不動明王の真正面に立つように指示をした。するとどうしたことか、不動明王の姿形が鏡を見るように目の前の烏天狗そっくりに変わっていく。背中の炎は大きな羽根になり、憤怒の顔は口が前に飛び出し、烏天狗の嘴(くちばし)のように尖っていく。変化(へんげ)が終わると大天狗は不動明王の八大童子たちに言い渡した。
「不動明王様は飯縄大権現になられた。これより白狐に乗られることとなる」
すると直後に、音も立てずフワリと降り立った者がいた。
「私をお忘れになっては困りますわ」
美しい天女の出で立ちをした女人は絶世の美女の姿で現れた辰狐、荼枳尼天(ダキニ)天であった。飯縄大権現は嬉しそうに顔を綻(ほころ)ばせた。
「高尾山には福徳稲荷の荼枳尼天がおられたな。共に過ごせるとは嬉しい限り。何百年ぶりかのう」
「おっしゃるのはそれだけですか」
「相変わらず美しい」
「それは嬉しゅうございます」
荼枳尼天は機嫌良く控えていた白狐を差し出した。
「こちらの白狐にお乗りくださいませ」
「そなたと同乗するのではないのか」
「まぁ、そのようなご冗談を」
ニッコリ微笑んだ荼枳尼天だったが、目の奥は決して笑ってはいなかった。
「私は佐助稲荷の白狐高唐を、一刻も早く助けねばなりませぬゆえ」

第16話

不定期に続く

(風月☆雪音)