改:第724話.芽生えた疑惑【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第724話.芽生えた疑惑

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

「ジュンサンのお母さんが自殺未遂…」
サンヒョクは少なからずショックを受けた。その原因はどう見てもユジンの両親に他ならない。
「ミヒはその時、指を骨折した。ピアニストとしては致命的な怪我だった」
ジヌは固い表情のまま口元を押さえた。
「ミヒは絶望していた。彼女自身も、もう二度とピアノは弾けないと思っていたんだ。だからあの時、私は…」
ジヌは何かを振り払うように首を振った。
「父さん、どうかしたのですか」
「いや、何でもない」
父の顔は暗く何処か陰があるように見えた。
「ではミヒさんがアメリカへ渡ったのは」
「手術をするためだ。イ・テワンさんはミヒのために最高の外科医を用意した。『神の手』と呼ばれる天才外科医だったそうだ」
「素晴らしいですね。ミヒさんはさぞ喜ばれた事でしょう」
「私がそれを知ったのは新聞記事だよ。ミヒがピアニストとして大成してからだ」
ジヌは寂しげに笑った。
「ミヒは最初から私など眼中になかった。思い出す事さえなかったはずだ」
「そんな事はありません。自分の命を救ってくれた恩人を忘れる訳がないじゃないですか」
「私はただミヒに生きていて欲しかった。生きているのだと確かめたかった」
サンヒョクはジヌの横顔を眺(なが)めた。父は何を思っていたのだろう。
『ひょっとして父さんはミヒさんを好きだったのではないか』

僅(わず)かな沈黙が流れた。
『ミヒさんは救ってくれた父さんの元を離れた。ただ救っただけだと父さんは言った。二人の間に何かあったのだろう。話せない何かが』
サンヒョクはその思いを打ち消すように口を開いた。
「たぶんイ・テワン氏はカン・ミヒさんを深く愛していたのですね」
ジヌはその言葉を否定した。
「その頃にはテワンさんは結婚していたよ」
「では不倫関係…」
「それはないだろうな」
ジヌは笑いながら否定した。
「テワンさんにはセナさんという愛する妻がいた。二人は幼なじみだった。テワンさんが留学している時にはセナさんもソウルの大学へ通っていたよ。誰が見てもお似合いの仲睦まじい二人だった」
「でも後に別れてミヒさんと結婚したのでしょう」
ジヌは悲しげに首を振った。
「セナさんは亡くなったんだ。ニューヨークのセウン本社で後継者争いに破れた一族の男が、その場にいた子供を人質にして発砲したんだ。セナさんは子供と我が子を庇(かば)い頭部に被弾した」
「子供の目の前で母親が撃たれたのですか」
「男の子で確かサンヒョクと同い年だった」
「僕やユジン、ジュンサンやチェリンと同じ年か」
「チェリン?」
「オ・チェリンですよ。父親は春川ホテルの社長です」
「そうか、オ・ジュニク氏か」
ジヌはそう言ってから思い出したように呟(つぶや)いた。
「そう言えばオ社長の奥さんソン・ユリさんはソン・セナさんの姉だったな」
驚いたサンヒョクは声を上げた。
「ソン・ユリさんとソン・セナさんは姉妹なのですか。それならイ・テワン氏はチェリンの叔父さんになるじゃないですか」
「そういう事になるな」
「そんなこと、チェリンの口から一度も聞いた事がない。あのチェリンがテワンさんの姪だと自慢しないなんて」
「ユリさんはあの銃撃事件の後遺症で妹のセナさんを失っているからな」
「セナさんはその後も生きていたのですか」
「数年間…。セナさんは脳に損傷を受け、性格も以前とは大きく変わってしまったそうだ。優しい人だったが噂では自分の息子を認識出来なかったらしい」
「そんな…。じゃあ、お姉さんやチェリンも分からなかったのか」
「ユリさんはもう、セウンとは関わりを持ちたくなかったのだろう」

サンヒョクの胸には様々な思いが浮かんでいた。母さんは昔からユジンが気に入らなかった。ユジンだけではない。ヒョンスおじさんやギョンヒおばさんの名前を出すだけで、露骨に顔をしかめた。
『親戚でもないのに、いつまで面倒みるの』
今なら分かる。母さんは関わりを持ちたくなかったのだ。

母さんは大学生の頃から父さんを知っていた。ヒョンスおじさんとミヒさんも同じ大学だったから、恋人だった二人も、別れてユジンのお母さんと結婚する事になった経緯も知っていたはずだ。スキー場で母さんは強い口調でユジンを詰(なじ)った。おばさんが『言い過ぎです』と言っても聞かなかった。ユジンに冷たく蔑(さげす)むような視線を浴びせた。ユジンがヒョンスおじさんとギョンヒおばさんの娘だからか。

サンヒョクはふと呟(つぶや)いた。
「父さん、母さんとカン・ミヒさんは仲が良かったのですか」
「あぁ、母さんはピアニストのカン・ミヒの大ファンだった。ミヒに憧れていたよ」
「もしヒョンスおじさんとミヒさんが結婚していれば、ユジンは二人の娘だったのかも知れない。そうだったら母さんはユジンの事をもっと気に入ってくれたのかも知れない」
「サンヒョク」
「すみません、つまらない事を言ってしまいました。そんな事、仮定にしてもあり得ないですよね」
サンヒョクは苦笑しながら言った。
「間違えた。ユジンじゃないな。ミヒさんがヒョンスおじさんと結婚していたら、生まれるのはカン・ジュンサンだ。あれ?でも同じ組み合わせだよな。それなら二人とも生まれれば、姉と弟になってしまう。そうですよね、父さん」
「あぁ、うん」
サンヒョクはその時、自分が放った言葉の重大さに、まだ気づいていなかった。

「姉と弟か」
この時ジヌの胸の中に僅(わず)かな疑問が生まれた。

次回:第725話.探偵の雇い主

(風月)