改:第689話.新人作家【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第689話.新人作家

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

ミニョンとフローラが始めた児童書のボランティアは、その後も続いていた。読み聞かせから始まった活動はオリジナルの創作へと発展し、やがて一冊の本となった。物語はミニョンが綴りフローラが切り抜きの写真やイラストを貼り付けてくれたが、それも量が増えると限界になった。
「どうしよう。これだけじゃ足りないわ」
「セウンの資材室に何かないかな。壁紙の使わなくなった色見本があると思う」
「動物や乗り物よ」
「子供部屋向けに幾つかあったはずだ。聞いてみよう」
フローラは電話を手にしたミニョンを止めた。
「私が掛けるわ」
「大丈夫だよ、社長室へ直通だから」
「おじ様がいなかったらどうするの。別の人が取ったら何て名乗るの」
「じゃあ、こう言って。『別館です』って」

電話に出たのは聞き慣れた声だった。
「社長室です」
「ヤン・ドンヒョンさん?別館です」
「フローラですね」
「テワンおじ様はいらっしゃいますか」
「いらっしゃいますよ。替わりましょうか」
「おじ様へお願いしたい事があるんです。ミニョンへ替わります」
ミニョンから事情を聞いたテワンはある事を思い出した。
「色見本なら幾らでもあるが、描いた方が早いのではないか」
「ちょっとした挿し絵なら僕も描けるけど、大きなものは時間がかかる。創作と挿絵の両方は無理です」
「童話なら子供が描いてもいいんじゃないか」
「子供か、気がつかなかったな」
「とても絵の上手い子を知っているよ」
テワンはドンヒョンへ視線を向けた。
「ソングがニューヨーク子供絵画展で入賞したんだ。それも特選だぞ」
「凄いな。ソングは絵が上手かったものね」
「ドンヒョンが黙っているから新聞社から連絡を貰うまで分からなかったよ」
ドンヒョンは恐縮して答えた。
「私的な事ですので」
「何が私的だ。ソングの絵は展示会が終わったらヘイデンプラネタリウムの別館に飾られるんだぞ」
「へぇ~ソングは何を描いたのですか」
「フフフ~知りたいか」
「もったいぶらないで教えて下さい」
テワンは綻(ほころ)ぶ口元を押さえた。
「星空を見上げるミニョンとフローラだよ」
「僕たち?」
「いや、正確にはアスティとタルトだな」
「それって」
「ミニョンが書いた児童書の主人公の二人だろう」
「ソング、知っていたんだ」
「大ファンだそうだよ。もちろん、私も大ファンだが」
それはミニョンが一番最初に手掛けた手作りの児童書の主人公たちだった。

物語は何処からかやって来た、背中に翼のある小さな男の子と女の子の物語だった。ある日、二人はニューヨークから旅立つ乗客のポケットに隠れて飛行機に乗った。自分たちの小さな翼では遠くまで行けなかったし、渡り鳥の背中に乗って行くのは、もうこりごりだった。背中に乗ったまま居眠りをしてしまったアスティは振り落とされそうになったからだ。アスティとタルトは眠っている時は翼は動かせない。途中で目を覚ましても上手くバランスを取れなければ、そのまま落下してしまう。だから今度は飛行機に乗ることにした。これなら到着まで快適に過ごせる。居眠りしたって大丈夫さ。
「着いたら起こしてね」
アスティはタルトにそう言って眠ってしまった。

その間にタルトは食料を調達した。名前にした大好きなタルトもキャンディの包み紙に包んでポケットに隠した。グラスに入ったイタリアの白ワインが並んでいる。シュワシュワした泡はアスティの名前になったものだ。
「アスティは居眠りしているけれど見ないのかしら。ひょっとしてこの飛行機はイタリアに向かっているの?」

ポケットに入った二人が目を覚ましたのはイタリアの空港だった。
「わぁ~ここがイタリアか。僕も初めて見たよ」
それから二人は凄く早い電車に乗って北部の町へたどり着いた。
「ブドウだ、ブドウだ」
どこもかしこもブドウ畑。二人はブドウ畑を飛び回った。
「美味しい香りがするよ」
誰かがワインの話をしている。
「タルト、ワインって知ってる?」
「知ってるわよ。アスティの事でしょう」
「僕はワインじゃないよ。君こそお菓子のくせに。や~い、タルト」
二人はじゃれ合いながら広い斜面を飛び回った。お腹が空いたら花の蜜を吸い、ラズベリーやストロベリーをかじる。ブルーベリーは食べ過ぎると口が紫色になって怖いんだ。

やがて二人はワインの醸造庫へやって来た。部屋の中は薄暗くてひんやりしている。おじさんがワイン樽からワインをグラスに注いだ。
「赤ワインだ。ちょっと酸っぱい香りがするね」
「私は好きよ。ラズベリーとストロベリーの香りがするもの。ベリーはタルトにも使うのよ」
「僕だって。こっちはシュワシュワの白ワインだ」
アスティは勢いよくグラスの中へ飛び込んだ。

「アップアップ、助けて」
「大変!アスティ大丈夫?」
「泡がたくさん上がってきて翼にくっつくんだ。手が滑ってつかまる所がないよ」
「どうしよう」
タルトは翼を震わせた。

アスティはテーブルの上を指差した。
「スターシップがある。あれを投げ入れて」
「スターシップ?」
救助する宇宙船なんて何処にもない。
「ほら、あるだろう。ちょっと小さいけれどブトウの葉っぱが」
タルトは力一杯、枝を持ち上げるとグラスの中へ投げ入れた。
「ありがとう、タルト」
アスティはブトウの葉っぱのスターシップにつかまった。

二人は仲良く並んで星空を眺めた。
「あれが乙女座だよ」
「綺麗ね」
「スピカっていうんだ」
そこにはアスティとタルトの他に、ソングの姿が描かれていた。きっとそれは子供たちの願いなんだ。

『アスティとタルトの冒険』はソングの絵と共に出来上がった。新人童話作家はアスティと名乗っていた。

次回:第690話.パリへの飛行

(風月)