改:第688話.月の雫【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第688話.月の雫

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

イ・ミニョンは学生たちの間で、一目(いちもく)置かれる存在になっていた。彼はセウン・グループの総裁イ・テワンの息子というだけでなく、建築において、ずば抜けた才能とセンスを持っていた。提出した設計図やデサイン画は、工学部のみならず、美術や芸術を担当する教授たちも唸(うな)らせた。
「素晴らしい。斬新なアイデアを取り入れつつ、基礎をしっかりと押さえている」
「古典的な様式は見る者の心を落ち着かせる。それでいて古さは感じられない。現代との融合だ」
「何より持って生まれた品の良さが、作品に深さを与えているのだ」
「イ・ミニョン、素晴らしい。10年に一度、いやひょっとすると今後は100年に一度の逸材に化けるかもしれないぞ」
教授たちは密かにその学生の話題を楽しんだ。

彼はいずれセウンの本社へ入る。本人がそう言っているし、今もヘイデンプラネタリウム別館の現場に出向いているという。足繁く通う彼には実際の建築過程を眺める方が大事で、教授たちの甘い勧誘や絵空事には、とんと興味を示さなかった。下手に引き止めれば機嫌を損ねる。プイとそっぽを向き、あからさまに嫌な顔をする。それも物陰から見ている女子学生たちにすれば、クールで知的な美しい顔が堪(たま)らないのだとか。

イ・ミニョンはいつもキム・ヒョクスという男を伴っていた。直接声を掛けるのはハードルが高いのでヒョクスに声を掛けるが、ミニョンはほとんど聞き入れない。
「行きましょう、先輩」
「おい、ミニョン。女の子が用があるって」
「僕は見知らぬ女性に頼まれる用などありません」
「話したいんだろう。女の子の目を見てみろよ。星が飛んでいるぜ」
「星ならプラネタリウムでもっとたくさん見られます」
「本物じゃないだろう」
「女の子の目の星も本物じゃない」
「おいおい、ロマンチックじゃないな」
「先輩」
ミニョンはヒョクスの前に顔を近づけた。
「な、何だよ」
「ロマンは宇宙の方が大きい。僕は今、プラネタリウム建設にしか興味がない」
「はい、すみません」
「分かったらとっとと歩いて下さい。無駄口を叩いているとランチを食べ損ねますよ」
「俺は何だっていい。腹の足しになれば…」
「そういうのをロマンが無いっていうんです」
「いちいち飯にロマンを感じて食べていられるか」
「何事も集中です。僕はこれと決めたらそれしか考えない。一途ですから」
「女の子にもそうあって欲しいな」
「何か言いましたか」
「いいえ、何も」
ヒョクスは仰々(ぎょうぎょう)しく頭を下げた。
「ミニョン坊っちゃま、失礼致しました」
それでもミニョンはどこ吹く風だ。
「女の子に対しては僕が興味を持ったかどうかです」
「ホントに?」
「男もです」
「えっ!?」

ミニョンはチラリと目線を送った。
「先輩のこと、気に入っていると言ったでしょう」
「お、俺は興味を持って貰う事なんて何も無いし」
「興味じゃありません。気に入っているんです。僕は先輩とお付き合いする気はありませんから」
「あ、当たり前だ。何てこと言うんだ」
「焦ってる」
「焦るだろう」
ヒョクスは聞こえよがしに叫び出した。
「俺は女が好きだからな。女だぞ、女」
「恥ずかしいからやめて下さい。皆、見ていますよ」
「えっ」
「これでキム・ヒョクスは女好きって分かったな」
「ち、違う。俺は」
「もう遅いですよ。キム・ヒョクス先輩」
「ひぇ~」
「だから言ったのに。プラネタリウムの方がいいって」
「俺の評判、台無しだ。奨学金も取り消されるかも」
「大丈夫ですって」

ミニョンはしょげるヒョクスの肩を抱いた。
「新しいプラネタリウムで月の雫を見せてあげますから」
「月の雫?」
「乙女座の1等星スピカ。あぁ、スピカはラテン語です。穀物という意味があります。日本では真珠星というそうですよ。真珠、知っていますよね」
「そのくらいは」
「真珠は満月の夜に貝の巻きが増すと言われています。それで西洋でも真珠を月の雫と言うんです」
「月の雫か」
「綺麗でしょう」
「だけど何でそんな話、お前が知っているんだ」
「さぁ」
「誰かに聞いたのか」
「覚えていないな」
ミニョンは不思議そうに首を捻(ひね)った。
「行きましょう、先輩」
「あぁ、その前に腹ごしらえだ」
「もちろんですとも」

そんな二人は笑いながらイ・ジュンサンの隣を通り過ぎた。彼はキャンパスの芝生に腰を下ろすとランチボックスを広げた。中には腕を上げたフローラの料理が入っている。
「今日は少し早く来てよかったな」
独り言をいう彼の後ろからフローラが声を掛けた。
「ランチのこと?」
「えっ」
「美味しそうに食べていたから」
「後ろから来たら見えないだろう」
「分かるわ。背中がそう言っていた」
「美味しいよ。君も食べて」
ミニョンはフローラの口元へ料理を運んだ。
「美味しいだろう」
「美味しい。本当は半分は違う事で楽しかったんでしょう」
「分かった?」
「ジュンサンがいたもの」
「プラネタリウムへ行くと言っていた。乙女座のスピカの話をしていた」
「何か思い出したのかしら」
「いや、憶えていなかった。乙女座のスピカは真珠星。真珠は月の雫だって、あれは僕が教えた話だ。ママが僕に読んでくれたから」

次回:第689話.新人作家

(風月)