改:第690話.パリへの飛行【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第690話.パリへの飛行

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

『アスティとタルトの冒険』は、子供たちの続きが読みたいという声にせがまれ、シリーズ化されていった。手作りの質素な装丁のその本は、子供たちの口コミで広がり、大人の間でも評判になっていた。書店に問い合わせても発売されていないので手にする事が出来ない。児童施設から連絡先を聞いた人々からミニョンの元へも問い合わせが入るようになっていた。

その中には小さな子供の声もあった。
「こんにちは、僕はテオと言います」
「こんにちは、アスティだよ」
「病院にあった『アスティとタルト』をママンに読んで貰いました。大好きです」
「ありがとう」
「僕、ハドソン病院に入院しているんですけど、病気が治ったらパリへ帰らなくちゃならないんです。そうしたら『アスティとタルト』が読めなくなる。そんなの嫌だ」
電話の向こうでしょげた様子が目に見えるようだ。
「テオ」
「だから僕、今日のお薬は飲まなかった」
「お薬はちゃんと飲まなきゃ」
「でも飲んだら病気が治っちゃうよ」
「アスティとタルトもテオにお薬を飲んで欲しいと思っているよ」
「そうかな」
「そうだよ。テオ、悲しまないで」
テオは優しい声にまた口を開いた。
「『アスティとタルト』をフランスに持って帰りたいな」
「イタリアへ行った時のように一緒にフランス行きの飛行機に乗って行くさ」
「ポケットの中に入って?」
「そう」
「僕、見つけられるかな」
「隣のおじさんの靴下の中に隠れているかも知れない」
「帽子は?」
「眼鏡の裏かも」
「鼻の穴は?」
「くしゃみをしたら吹き飛ばされるぞ」
「アハハ~」
テオは声を上げて笑い出した。
「そうしたらアスティは大慌てだね」
「タルトが探しに行くよ」
テオはポツリと呟(つぶや)いた。
「フランス語だったら僕一人で読めるのに」
「テオは英語も話せるじゃないか。とても上手だよ」
「英語でお喋りは出来る。でも読むのは上手くない」
「そうか」
「アスティはフランス語、出来るかな」
「アスティはフランス語とイタリア語とスペイン語を話せるよ。韓国語は得意だ。日本語は少しかな。中国語は勉強中」
「凄いや」
「タルトはドイツ語が得意だよ」
「じゃあ、アスティとタルトは世界中の子供たちと仲良く出来るね」
「そうだね」
「僕…お薬飲むよ」
「きっとアスティとタルトも喜ぶよ」

ミニョンはテオとの会話をフローラへ告げた。
「フランス語の『アスティとタルト』を作るの?」
「それより『アスティとタルト』を出版しようと思う。実は響子先生からも言われていたんだ」
「それなら心強いわ。テオにも渡せる」
「でもテオは英語の本はあまり読めないんだ」
「そうだったわね」
「フローラ、翻訳版を作ろう」
「フランス版?」
「そのうち他の国へも広げたい。童話ならイタリア語やスペイン語でも僕が訳せる」
「私もドイツ語なら出来るわ」
「日本語は響子先生がいる」
「ヒンディー語はマイクに」
「韓国語は二人で訳そう」
「うん」

一年後、ミニョンとフローラはパリ行きの飛行機に乗っていた。フランスの文学賞グランドールの児童書部門で『アスティとタルト』が大賞を受賞し、授賞式へ出席することになったからだ。ニュースのインタビューにはテオが出ていた。元気になった彼は『アスティとタルトの冒険』を抱え、カメラの前でにこやかに答えた。
「今度はアスティとタルトがフランスへやって来るね。楽しみに待っています」

その映像をニューヨークの自宅で、もう一人の男が眺めていた。
「パパ、『アスティとタルト』って知ってる?」
「知っているよ。パパも読んだよ」
「パパが児童書を?」
「あぁ、よく出来ている。パパも大ファンだ」
「フランスのグランドール文芸大賞か。凄いな。でも作者は姿を見せないんだろう」
「アスティとタルトと名乗っているからね。子供たちの夢を壊したくないそうだ」
「ふうん」
シャルル・ドゴール空港へ飛行機が到着するとカメラは遠くから小さな二人の姿を映した。
「まだ若いんだ」
「えっ?」
「顔は見えないけど背中で分かる。特に女性の背中は綺麗だ」
「ミニョン、よしておけ。タルトはアスティのパートナーだ」
「別にアタックなんかしないよ。ただ、ちょっと」
「何だ」
「僕もパリで勉強してみようかな」

次回:第691話.留学

(風月)