HAIKU日本2023全国俳句大会 冬の句大賞

 

合鍵を返却ポインセチア燃ゆ

                                 [ 宮城県仙台市 渡辺徹 ]

 

(評)ポインセチアは、観賞用に温室で栽培され、クリスマスのころに枝先の葉が緋紅色になります。俳句では、鮮やかな紅色の植物を炎のように燃えているようだと形容する表現技法があります。紅葉や鶏頭など、さまざまな植物の印象鮮明な色彩を幾度となく組み合わせて詠まれてきていますので、もはや共有の財産の表現です。掲句では、「ポインセチア燃ゆ」に対して、「合鍵を返却」という措辞をもってきています。これにより、合鍵を返却するに至った事情や、合鍵を返却してからのこれからの展望など、合鍵返却という一事が読者の内にストーリーを喚起し、想像を膨らませます。季語が作中人物の心情を象徴して訴えてくるようです。合鍵返却以降に、もっと素敵なドラマが待ち受けていることを予感させる、向日性のある作品で、まるで小説の一場面を思わせます。

 

珠玉賞

 

勝負球やや低めにて冬の入り

                                  [ 福岡県久留米市 うろたんし ]

 

(評)関西ダービーとなった今年の日本シリーズの五試合目を思い出します。阪神のルーキーが低めの球を弾き三塁打を放って、勝負を決めました。そのままの勢いで阪神は38年ぶりの日本一。こんな熱闘の場面を蘇らせてくれる俳句。「やや低めにて」の中七がこの句を際立たせており、緊迫の一瞬をさらりと伝えています。

 

 

しぐるるや喪のクラクション遠ざかる

                                  [ 大分県豊後大野市 後藤洋子 ]

 

(評)初冬の頃、降ったりやんだりする通り雨が時雨。伝統的に風雅な趣や無常の嘆きを含みます。時雨の降る日、出棺時に霊柩車が長いクラクションを鳴らすと、それが故人との最後の別れになります。見送りの列に遠ざかるクラクション。「しぐるるや」が一層の悲しみを誘い、哀切に満ちた余韻のある一句となっています。

 

秀逸句

白濁の齢に馴染む蕎麦湯かな

                                    [ 埼玉県川越市 一の橋世京 ]

 

(評)季語でいう「蕎麦湯」は、蕎麦粉を熱湯で溶かし甘みを加えたもので、現代の蕎麦屋で出されるものとは異なります。蕎麦を茹でたときの汁は、蕎麦に含まれているタンパク質が溶け出しているため白くて少しとろみがあります。白濁した齢(よわい)に馴染むとは、その人の人生をも語ってくれているような何とも言えない味。一口飲めば冷えた体が暖められ、染み渡っていく様が想像できます。

 

 

人影に寒鯉微動したりけり

                                     [ 東京都渋谷区 駿河兼吉 ]

 

(評)川や池などに棲む「寒鯉」は、水温が低いため泥の中に潜ってじっとしていることが多いもの。その寒鯉が人影に動いたような、その一瞬を捉えての作。かすかな動きをすかさず切り取った詠み手の感性が光ります。「微動」が極寒の水に晒されて生きる「寒鯉」の厳しさをよく表しています。

 

 

天水を軌跡に溜める冬田かな

                                     [ 新潟県南魚沼郡 高橋凡夫 ]

 

(評)トラクターなどの轍の跡に、「天水」が溜まっている冬の一日の光景を詠んだ秀吟。自然への畏怖の念が感じられます。淋しい田園が思い浮かび、役目を終えた「冬田」の景がしみじみと伝わってきます。雨空の日には冬田は一層侘しさを増し、見つめる作者にも寂寥感が去来したことでしょう。

 

 

狭い部屋ずらり厚物冬来る

                                     [ 愛知県名古屋市 神秘きのこ ]

 

(評)猛暑に続いた秋はあっという間に終わり、今年はすぐに冬がやってきました。セーターやコートなど嵩張る厚物がずらり並んで、部屋は衣装替えの真っ最中。冬がやってきた実感を「ずらり厚物」の中七の措辞が言い得て妙です。誰しもが実感し、共感を呼ぶ一句は「冬来る」の季語で温かな余情が広がります。

 

 

廃線のケーブルカーや山眠る

                                     [ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

 

(評)廃止となった「ケーブルカー」の跡のみ残る冬の山に、盛況だった過去を想うと淋しさもひとしお。山は何事もなかったかのように静かに眠りにつきます。落葉しつくした山々が冬の日を受けて眠っているかのように見えると、擬人化したのが「山眠る」の季語。この季語が雄大な冬景色の中、ピタリと収まっています。

 

 

怪談の最初はいつも虎落笛

                                     [ 和歌山県橋本市 徳永康人 ]

 

(評)思わず「虎落笛」の「ひゅ~」の調べが聞こえてきそうです。怪談に付き物なのが、ひゅーひゅーという効果音。その音が「虎落笛」であるという作者の発想が楽しい一句。あのおどろおどろしい音が「虎落笛」と重なり、妙に納得させられてしまいます。「怪談」と「虎落笛」の取り合わせに意外性がありウィットに富んでいます。

 

 

担任はファミレス僕に六つの花

                                     [ 山口県山口市 鳥野あさぎ ]

 

(評)「六つの花」は美しい結晶から名付けられた雪の異称。「担任」の先生と「僕」の関係に何があるのか、深読みさせられてしまうミステリアスな一句。何やら正反対の場所に居て、別世界の僕には雪が舞ってる様子。寒さの中、侘しさと哀愁に包まれる「僕」の姿が印象深く、破調の一句に作者の感性が冴えています。

 

 

立冬やバターゆっくり丸くなる

                                     [ 徳島県鳴門市 井形順子 ]

 

(評)「ゆっくり」バターが溶けていく様を一句の眼目にして、「立冬」と取り合わせました。ゆったりと料理をしている主婦の余裕が感じられる生活詠の中に、俳句の詩としての普遍性が漂う感性の一句となっています。「溶けて」ではなく「丸くなる」と形を詠み読者に興味を抱かせます。

 

 

寂しさの煮詰まつてくる一人鍋

                                      [ 大分県大分市 みい ]

 

(評)一人だけの食事は味気ないもの。だんだんと煮詰まってくる「一人鍋」に「寂しさ」を感じたという作者。鍋で身体を温めながらも感じる寂しさが、読者にも伝わり共感を呼びます。「煮詰まつてくる」が作者の心の動きをよく表わしていて、現代社会の一面を見る思いがします。