HAIKU日本2023全国俳句大会 秋の句大賞

 

ウクライナもロシアも知らぬ案山子かな

 

                                    [ 大阪府大阪市 清島久門 ]

 

(評)ロシアのウクライナ侵攻は泥沼の様相を呈しています。何のための戦争なのでしょうか。こんな世界情勢と取り合わせるのは、昔ながらの暢気さのまま、収穫を待つ秋の田に佇む「案山子」。「案山子」は知らぬとした一句には、作者の様々な思いが込められていて、危ない時代に生きる不安を際立たせています。

 

珠玉賞

 

新涼や足取り軽くブルドッグ

                                     [ 東京都目黒区 ワーグナー翔 ]

 

(評)猛暑を通り越して、散歩の途中の「ブルドッグ」も息を弾ませることも無くなったのでしょう。「足取り軽く」と感じた作者の弾んだ気持ちが現れています。「新涼」と「ブルドッグ」の取り合わせに妙味があり、清々しさを満喫する作者の足取りも自然と軽くなっていく様子が伝わってきます。

 

 

菊人形胸の小菊が咲き揃う

                                     [ 徳島県板野郡 犬伏峰子 ]

 

(評)「菊人形」は秋の風物詩の一つと言えます。最近は昔ほどの派手さはなくなったものの、菊師の情熱は連綿と受け継がれています。しなやかで作業しやすい「小菊」は、人形に着付ける際に用いられます。展示の期間に開花を合わせるための苦労も大変なことでしょう。そんな苦労をねぎらうかのような作者の優しさが感じられる一句です。

 

秀逸句

孫の髪梳いて震災記念の日

                                     [ 埼玉県行田市 吉田春代 ]

 

(評)「震災記念の日」は、大正12年9月1日午前11時58分に発生し関東一円で莫大な被害を被った、関東大震災の犠牲者の霊を弔う日です。可愛い孫の髪を梳いてやりながら、この日に当たることを思い出したのでしょう。「この子たちの時代がどうか平和でありますように」と願う作者の横顔が見えてきます。

 

 

渓谷は墨絵ぼかしに冬支度

                                     [ 千葉県佐倉市 佐々木宏 ]

 

(評)冬に向かっての支度は、深い山々ではことさら大変でしょう。晩秋の趣きが残る「渓谷」は、季節が進むにつれ枯色になります。「墨絵ぼかし」が目の前の景を読者に思い浮かばせ、観察眼の優った写生俳句となっています。墨絵の持つ濃淡の美が、晩秋の佇まいを伝えてくれます。

 

 

恋の歌詞もらい鈴虫もらいけり

                                     [ 東京都葛飾区 泉田夕輝 ]

 

(評)配合と言うよりも二物衝撃のシュールな作品。「もらい」のリフレインが面白味を出した一句です。若さ溢れる詠法で、作者のこれからの俳句が大いに楽しみです。作者のウキウキした気持ちが伝わってきて、読み手も楽しい気分にさせてくれます。

 

 

父の歳超えて余生の風は秋

                                      [ 東京都練馬区 符金徹 ]

 

(評)「風は秋」としたことで余情も深みも増しました。流れるようなリズムで作者の心境を表わし、「秋」の言葉から感じる侘しさや寂しさよりも、楽しみにしていた秋がやってきたことを喜ぶ作者の姿が見えます。自らの人生に対する感慨が伝わってきて、味わい深い境涯俳句となっています。

 

 

朝露をまとふ立札小さき畑

                                      [ 神奈川県茅ヶ崎市 つぼ瓦 ]

 

(評)「立札」が自分の農園であることを示している貸し農園を思い浮かばせます。消えやすく、儚いものにたとえられる露。殊に「朝露」は日が昇ると間もなく消えてしまいます。農作物や辺りのもの皆が、露に濡れた清々しい朝の瞬間を詠んだ秀吟となりました。

 

 

パソコンに一句入力夜寒かな

                                      [ 石川県小松市 上田俊朗 ]

 

(評)晩秋に夜分寒さを覚えるのが「夜寒」。普段通りの暮らしを詠んだ然り気ない一句に、作者の生活感が出ています。日常の出来事が何か捨てがたいような哀愁を漂わせています。終助詞「かな」が一句全体を包み込んで、効果的な秋の一句となりました。

 

 

割算の苦手といふ子西瓜割る

                                      [ 京都府京都市 古川邑秋 ]

 

(評)「割算」が苦手な子供は、「西瓜」を割るときに苦労するのかもしれません。等分に分けるのは、なかなかの難問です。掲句は一句一章句として捉えることが出来、作者の優しい眼差しが感じられます。発想に意外性と面白みがあり、読み手にもほのぼのとした景を思い起こさせます。

 

 

南部鉄風の調子や涼新た

                                      [ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

 

(評)重厚感ある様からは想像できないほど、高く透き通った音色が愛される南部鉄器の風鈴。音色が長く鳴り響くのも魅力のひとつです。季節は秋になって涼しさを感じ始めた頃、その吹く風を「涼新た」と言います。中七の「風の調子や」に妙味があり、初秋の冷気の心地よさが漂ってくるようです。

 

 

メモ紙のたつきつましやつづれさせ

                                      [ 大阪府寝屋川市 伊庭直子 ]

 

(評)「つづれさせ」は綴刺蟋蟀(つづれさせこおろぎ)のこと。りーりーりーと鳴く声を昔の人は「肩刺せ、裾刺せ、綴れ刺せ」と聞いて、着物の綻びを縫い直せと教えているのだと言います。「たつき」とは生計のこと。「メモ紙」もチラシなどを使っていると思わせてくれます。冬に向かっていく秋の寂しげな情趣を詠んだ一句で、慎ましやかな暮らしぶりが垣間見えます。

 

 

猪の首を洗う蛇口の音激し

                                      [ 兵庫県姫路市 和田清波 ]

 

(評)なかなか見られない猟師の捌きの場面を想像させ、読者をゾクッとさせるものがあります。「猪(い)」は秋の季語。深まる秋の中、狩猟の場面とその後を連想させて、現実以上にリアリティのある迫力の作品となっています。「蛇口の音」の激しさを詠んで、獰猛な猪の姿を浮かび上がらせる技の上手さがあります。

 

 

雀きて遊ぶ庭先子規忌かな

                                      [ 徳島県阿波市 井内胡桃 ]

 

(評)「稲の波かぶりて遊ぶ雀かな」「いそがしや昼飯頃の親雀」など子規は雀の句も多く残しています。忌日は9月19日。寝たきりになった子規の目を四季折々に咲く草花や、庭にやってくる鳥たちが大いに楽しませたことでしょう。そんな子規の目線で詠んだような一句が心に沁みます。「かな」の詠嘆がこの上なく優しく響きます。

 

 

柿落とすからすの心唯知るぞ

                                      [ 大分県大分市 牧吏恵 ]

 

(評)大胆で粗削りなところが魅力の俳句です。副詞としての「唯」が効いていて、「柿落とす」のは「からす」のみが知ること。下五の強調の助詞「ぞ」で切ったのも効果的な一句です。からすの他は誰も知らないに違いないことを強調し、作者の気持ちを込める働きをしています。