HAIKU日本2023全国俳句大会 夏の句大賞

祖父の手にプリズム散らす夏蜜柑

                                [ 東京都日野市 高山夕灯 ]

 

(評)夏蜜柑は、初夏に食べごろを迎える柑橘で、果実は大きく、酸味が強いのが特徴です。祖父の手にある夏蜜柑は、いましがた庭の木から捥いできてくれたものでしょうか。夏蜜柑に初夏の日があたり、まばゆいばかりに輝いて見えるさまが一句に表現されています。「プリズム散らす」という中七の措辞がとても新鮮です。この表現の中には、夏蜜柑を眩しく見る作者の感動だけではなく、夏蜜柑を採ってきて孫が自然に触れる機会をつくり新しい物事を教えてくれる祖父への畏敬の念も込められているのでしょう。夏蜜柑の酸っぱさを教えてくれた祖父とのかけがえのない思い出の一齣が、光褪せることなく一句のなかに息づいています。

 

珠玉賞

出目金の二つは奴の心なり

                                [ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

 

(評)「出目金」の大きな二つの眼に、心が宿っているという着眼点がユニークです。そんな発想をする作者の人情や人柄までもが楽しく想像されます。確かにキョロキョロ動く出目金の眼はそれぞれに違った動きをしますが、こんな見方をする作者の独特の感性が俳諧味たっぷりの句を生みました。

 

 

炎天の声に従ふ辻回し

                                [ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

 

(評)「辻回し」と言えば日本三大祭りのひとつ、京都の祇園祭の山鉾巡行の一コマ。掲句は巨大な山鉾の進行方向を変える「辻回し」の迫力を言い得て妙。大通りでは豪快に回す様が見られる一方、小路では指示役の誘導で微調整を繰り返しながら向きを変えます。祭り囃子ではなく「炎天の声」で、その場面を彷彿とさせます。暑さも吹っ飛ぶ程の景を見事に描き出し、その緊張感が伝わってきます。

 

秀逸句

睡蓮に音無き風のすべりけり

                                [ 東京都渋谷区 駿河兼吉 ]

 

(評)印象派の巨匠・モネが好んで描いたのが「睡蓮」です。熱帯原産の多年生水草で赤、白、黄の可憐な花を付けます。水面で微かに揺れた睡蓮を見た作者の確かな写生の眼が感じられ、読み手にその場面を明瞭に伝えます。沼や池の穏やかな水面に浮かぶ睡蓮の美しい姿が浮かびます。

 

 

夕焼けてさびしき鬼の木となりぬ

                                [ 神奈川県川崎市 下村修 ]

 

(評)鬼ごっこをして遊んでいた子供たちが、だんだんと家に帰っていく。そんな夕暮れ時の光景が浮かびます。鬼役の子だけが残ってしまった昭和の残影のようなノスタルジーが漂い、完了の「ぬ」で止めて効果的な一句に仕上がっています。取り残されたように夕焼けの街に立つ、一本の「鬼の木」。一つの物語のラストシーンを思わせるような一句です。

 

 

夏つばき足の踏み場もなかりけり

                                [ 新潟県南魚沼郡 高橋凡夫 ]

 

(評)「夏つばき」は夏に椿に似た五弁の白い花を咲かせ、別名「沙羅の花」とも呼ばれます。散り敷かれた様が見事に描かれた一句一章句で、大地に還った花を「足の踏み場もない」と詠んだ作者。「夏つばき」に話し掛けるように詠んだ一句は、ユニークさを感じさせます。目の前にある実景を詠んだ写生句の魅力に溢れています。

 

山ひとつ包み込みたる大花火

                                [ 山梨県中央市 甲田誠 ]

 

(評)夏の夜を楽しむ様が臨場感を持って詠まれています。一山を包み込むという大花火はどれ程のものなのか・・・。「山ひとつ包み込みたる」の措辞が読者の想像を掻き立てます。夜空に輝く絢爛たる大輪の花火は言うまでもなく、打上げの迫力ある音や地面を這う振動なども伝わってくる豪快な一句。

 

 

夜涼みやドーナツ盤に落とす針

                                [ 長野県埴科郡 竹内辰輔 ]

 

(評)作者は20代の若い俳人。現代にあってもレトロファンは多くいて、NHKのラジオ深夜便などでも、ドーナツ盤での音楽を楽しむコーナーがあります。「ドーナツ盤に落とす」の措辞によって、ゆったりと流れる至極の時間が伝わってきます。部屋の窓を開けて涼しさを感じながら詠んだ味わい深い一句です。

 

 

鬼虎魚「文句あっか」の面構え

                                [ 岐阜県土岐市 近藤周三 ]

 

(評)何とも言えず滑稽味たっぷりの秀作。主役はオレだと言わんばかりに置かれた一品の「面構え」。荒々しい風貌が「文句あっか」と言っているかのように思えたのでしょう。味は“夏の河豚”と呼ばれるほどの美味。「こう見えても、すこぶる美味しいんだぜ」と我が身を誇る「鬼虎魚」の声が聞こえてきそうです。

 

 

自販機やコインと汗の落ちる音

                                 [ 愛知県名古屋市 あめきのこ ]

 

(評)「コイン」と「汗」の取り合わせがとても良く、素直な詠法が魅力を放っています。「コイン」の落ちる音とポタポタ落ちる「汗」の音。猛暑の中やっと自販機を見つけたのか、どこかホッとしたような感覚が漂います。五感を研ぎ澄ませ、音をリアリティーを持って詠んだ味のある巧みな作品です。

 

 

シャツの柄気にして八十路サングラス

                                  [ 三重県松阪市 谷口雅春 ]

 

(評)シャツの柄が少々派手目ではないかと、気になりながらサングラスを掛けて外出。少々弱気になる心をカバーし、数倍強くしてくれる代物が「サングラス」。解放感ある夏のお洒落に挑戦する「八十路」の微妙な心理と実感で、日常のことをさらりと詠み上げた俳諧味のある秀句です。

 

 

髪洗ふ足芸人の薄い背よ

                                   [ 大阪府大阪市 清島久門 ]

 

(評)“足”が付くので樽回しなどの足技を特技とする芸人と想像できますが、人気はまだまだなのでしょう。「薄い背」がそのことを物語っているようです。「足芸人」の哀愁が一句の中に漂います。背中を丸めて髪を洗う芸人への労りの心情が見て取れ、優しさに溢れる一句となっています。

 

 

香水を贈られし夜婚約す

                                    [ 兵庫県三田市 立脇みさを ]

 

(評)「婚約す」という素敵な言葉が印象的な一句。汗の匂いが強くなる夏の身だしなみとしても使われることから、夏の季語である「香水」を思い出と共に詠んだ句は、季語の持つイメージを遥かに超えた優美な響きを醸し出しています。人生の節目となった夏を蘇らせるロマン溢れる秀句。

 

 

夕立や父のポマード買うた店

                                    [ 山口県山口市 鳥野あさぎ ]

 

(評)「夕立」と「ポマード」の斬新な取り合わせが魅力の一句。「ポマード買うた」の優しい響きが懐かしさをより一層深めます。ノスタルジアを感じさせ、「ポマード」の懐かしい響きに昔の父親像が蘇ります。古き良きものへの哀愁と父を想う心情が相俟って、印象深く心に刻まれる秀句です。

 

 

さみしくて空が見たくて浮く海月

                                    [ 徳島県阿波市 井内胡桃 ]

 

(評)海の月という字のイメージだけでもロマンチックな「海月(くらげ)」。ふわふわと漂う様は儚く美しく、見ているだけで癒やされます。「さみしくて空が見たくて」の十二音がとても美しく響き、読者の心を詩情世界へと誘ってくれます。「海月」の気持ちを慮って、見つめている作者の姿が浮かびます。

 

 

ぬばたまの闇こそ燃ゆる螢かな

                                    [ 大分県豊後大野市 後藤洋子 ]

(評)「ぬばたま」はヒオウギの種子のこと。丸く光沢のある黒色の種はミステリアスで、「夜」「夕」「闇」「髪」など黒い色に関連した語にかかる枕詞です。そんな闇夜こその「螢」。螢の光る様には様々な表現がありますが、「燃ゆる」とはなかなか表現しないもの。作者の特別な想いが託されているようです。「ぬばたま」と相まって艶やかさを漂わせています。