人生の始まりは、突然だった。
もし、パラレルワールドがあったなら、きっと僕は、幸せな人生だったのかもしれないと思う時がある。
筋書き通りの、彼女との幸せな世界があったとしたら、僕は幸せだったのだろうか。
彼女のバイトが終わる頃、僕は彼女のバイト先の駐車場で、いつものように彼女を待っていた。
車のシートを少し倒して、覚えたてのタバコをふかしていた。
サイドウィンドウを、コンコンと彼女がノックした。
「お帰り!」
僕は車のドアを開けた。
「お疲れ様」
僕は、彼女に見られないように、油で汚れた爪を隠した。
彼女は車の中で、バイト先の話や、今日あった出来事を、楽しそうに僕に話してくれた。
そして、ふと思い出したように言った。
「今週の日曜日、お父さんが家にいらっしゃいって言ってたよ」
「あぁ、大丈夫だよ」
僕は、何も考えずに答えた。
そして、日曜日がやってきた。
僕は、あの優しいお父さんに会えるのが楽しみだった。
明日は何になるのかも分からない少年だった僕に、分け隔てなく接してくれた人だった。
優しく綺麗なお母さん。
小さな自営業の会社を、お父さんと喧嘩することもなく切り盛りしている。
いつも喧嘩ばかりしている自分の両親と比べても、そこには暖かい家庭があるように思えた。
彼女の家に上がり、夕食をご馳走になった。
その後、お父さんと色々な話をした。
大学生だった僕は、まだ進路を模索していた。
好きな音楽の話。
将来、それだけで食べていくのは難しいという話。
ガソリンスタンドでのバイトの話。
いろいろな話をした。
すると、お父さんが真顔で僕に言った。
「うちは、娘二人で、小さな材木屋だけど、何とか生活しているんだ。もし良かったら、うちを継がないか?」
隣で聞いていたお母さんが、すぐに口を挟んだ。
「お父さん!彼に失礼よ。将来有望な学生さんなんだから」
そう言って、笑いながら僕に助け船を出してくれた。
僕は、お父さんに言った。
「自分はまだ学生で、やりたいことがあります。どんなふうになるのかは分からないですが……男として、このままでは終わりたくないんです」
今考えてみれば、心の中には何も答えなんて用意されていなかった。
本当は、このままお父さんやお母さんを手伝って暮らしてもよかったのかもしれない。
でも、大学に行かせてもらっている自分の親。
そして何より、何の経験もない自分が、ここで安易な妥協をすることが嫌だった。
だから、あんな言葉になってしまったのだと思う。
あの時の僕は知らなかった。
自分が何気なく口にした言葉を、何十年後も、いや、一生かけても悔やむことになるなんて。
もし、あの時、別の言葉を選んでいたら。
もし、あの時、もう少し素直になれていたら。
僕の人生は、違うものになっていたのだろうか。
その答えは、まだここでは書かない。
さて、この物語の第一章は、ここで終わりです。
次回、物語は大きく動きます。
