昭和の時代を生きてきた僕らが、学校で教えられたこと。
一生懸命勉強して、いい学校に入って、できれば株式市場に上場しているような会社に勤める。
あるいは公務員になる。
社会の歯車になり、サラリーマンになり、誰かに雇ってもらう。
それが、正しい人生のように教えられてきた気がします。
僕の父も、勤め人でした。
趣味は、お酒とゴルフ。
子供の頃の僕には、父のその趣味がよく理解できませんでした。
休みの日になると、ゴルフのトーナメントをテレビで観ている。
そして夕方になると、練習場へ「玉打ち」に行く。
たまに僕も、父について行きました。
まさか自分が、父と同じ年齢になって、同じゴルフをしているとは……。
人生って、不思議なものです。
60歳になったある日、ふと父に言われた言葉を思い出しました。
「お前の仕事は大変だな」
僕はずっと、人を相手にする営業の仕事をしてきました。
訳もなく怒られることもある。
頭を下げることもある。
会社からは、成績が悪ければ居る場所さえなくなる。
逃げ場所なんて、ほとんどない。
そんな世界で36年間、生きてきた。
今考えると、それだけでも奇跡に近いのかもしれません。
そして60歳になった僕は、サラリーマンという「カゴ」の中から、今度はいきなり外へ出されることになりました。笑
コロナをきっかけに、僕の趣味も変わりました。
それまで好きだった海外旅行から、ゴルフへ。
父もサラリーマンを辞めてから、あっという間に人生が過ぎていった。
「だったら、いっそ好きなことを一生懸命やった方が、人生を諦められるんじゃないか」
そんなことを考えるようになりました。
以前の僕は、
「最後は、どこの国で人生を終えるんだろう」
なんてことまで考えていたんです。
ところが40歳を過ぎた頃、父が亡くなり、僕は実家に戻ることになりました。
一つは、母の面倒を見るため。
そして、もう一つ。
20年近く離れていたこの街に戻ってきて、ふと思ったんです。
「ああ、ここでの出来事が、嫌な仕事でも頑張ってこられた原点だったんだな」
だったら、ここに帰ろう。
横浜から、バツイチの僕は、この街へ戻ってきました。
父の口癖がありました。
「サラリーマンゴルファーは金がないんだから、いかに練習して上手くなるかだ」
もし、僕がゴルフ練習場を作るなら。
24時間、好きな時に練習できる。
仕事帰りでも、朝でも、昼間でもいい。
車でも電車でも来られる。
道具がなくても練習できる。
人目を気にせず、自分のペースで打てる。
風が強くても、ドライバーを思い切り振れる。
分からないことがあれば、分かりやすく教えてもらえる。
そんな場所があったらいいな。
それが、スキマゴルフ豊四季店を作る原点でした。
そして今、僕が思っていることがあります。
上手くなることより、まずはゴルフを嫌いにならないこと。
スコアだけを追いかけるのではなく、
「今の一球、ちょっと良かったな」
と思える一球を、何回再現できるか。
それでいいんじゃないかと思っています。
だってゴルフは、ミスのスポーツだから。
プロだって、優勝した次の試合で予選落ちすることがある。
上手い人だって、信じられないミスをする。
だからこそ、大人が夢中になれるんじゃないでしょうか。
僕自身も、まだまだ上手くなりたい。
60歳から始めた小さなゴルフ練習場。
まだまだ、やりたいこともあります。
そして、ここで一緒にゴルフに夢中になってくれる仲間が、少しずつ増えていったらいい。
そんなことを思う、今日この頃なのです。
