今こうして人生を振り返ると、
美しい思い出があることが、人生の支えなのかもしれないと思う時がある。
あれから僕は、何度か彼女の家を訪ねた。
もちろん、お互いにバイトが休みの日だった。
彼女の家は個人事業主の材木店で、家の裏が工場になっていた。
お父さんとお母さんが、いつも仲良く仕事をしている小さな材木店だった。
家の裏には、何本かの太い材木が綺麗に並べられていて、その向こうには春になると桜が綺麗に咲き誇った。
ある春の日。
桜は、まだ蕾からやっと咲き始めた頃だった。
彼女はお母さんと一緒に、その桜の芽をせっせと摘んでいた。
台所では、桜の芽が潰れないように、少し大きな瓶に塩を入れながら、丁寧に詰めている。
僕はリビングのテーブルに座って、テレビを観ながら、その様子を何となく眺めていた。
しばらくすると、彼女が少し照れたような顔をして、白い陶器の茶碗にお茶を入れて持ってきた。
お湯の中には、桜の花びらが浮かんでいた。
少しピンク色になったお湯の中で、桜の花びらが綺麗に開いていた。
お母さんは、裏山で採れた筍の煮物を、小さな小鉢に入れて出してくれた。
僕は彼女に聞いた。
「これ、桜茶?」
彼女は、黙って頷いた。
そして、少し照れながら言った。
「桜の花びらが綺麗だったから……」
「貴方といつかお祝いをする時に、忘れないように、桜茶を作っていたの」
僕は、その時のことを今でも覚えている。
裏庭に咲き誇っていた桜。
風が吹くたびに、花びらがハラハラと舞っていた。
あの時の僕は、そんな光景をただ綺麗だと思って見ていた。
でも、今になって思う。
愛されていたのだろうか。
それとも、僕が彼女を愛していたのだろうか。
その瞬間には気がつかない。
けれど、時間が経って初めて分かることがある。
「あぁ……確かに僕は、愛されていたんだ」
そう思う。
そしてあの頃の僕は、二人の時間が永遠に終わることなんてないんだと、心のどこかで信じていた。
桜の花びらが散ることなんて、考えもしなかった。
この物語は、次回へ続きます。
読んでくれて、ありがとう。
