音楽の歴史とROCKなお話し!!                (翔ちゃんのブログ) -38ページ目

1974年頃からディスコブームが始まります!

当時、ロックミュージックとは別に、ダンスサウンドが世の中のヒットチャートに出てきます。

日本では1960年代にオープンした渋谷の「クレイジースポット」や新宿の「ジ・アザー」が最初とする説がある。しかし一般的には1968年に赤坂と歌舞伎町に出来た「ムゲン」、そして赤坂の「ビブロス」がディスコの走りといわれている。エレキバンドが出す大音響の演奏にあわせて踊るゴーゴークラブやゴーゴー喫茶が流行しており、ゴーゴーガール目当てに通う者もいたが、それらの店とは一線を画して主に芸能人やモデル、富裕層や外国人客を主な客層としたことで、一気に時代を先んじた存在に上りつめた。当時の「ムゲン」は、川端康成や三島由紀夫、三宅一生などの時代の先端を行くそうそうたるメンバーで賑わっていたという。この頃は生バンドとレコードの両立だったのが、1971年六本木にオープンした「メビウス」が日本で最初にレコード演奏のみで営業した。これは生バンドの人件費を抑える為におこなった行為だったが、結果としては現在のディスコやクラブと同じくレコード演奏のみのスタイルとなっている。(以上ウイキペディア参照)

この中で、白人でありながら、黒っぽいサウンドに挑戦し、ヒットしたこの曲をお聞きください。
KC & The Sunshine Band - That's the way I like it (1974)




時は前後しますが、R&Bの世界ではこの人を忘れる訳に行きません!!!

James Brown - Sex Machine1970




この人の凄い処はこのヒットソングの数でご理解いただけると思います。
1956: Please, Please, Please (R&B #5)
1959: Try Me (R&B #1, U.S. #48)
1960: Think (R&B #7, U.S. #33)
1961: Baby, You're Right (R&B #2, U.S. #49)
1961: Bewildered (R&B #8, U.S. #40)
1961: I Don't Mind (R&B #4, U.S. #47)
1962: Lost Someone (R&B #2, U.S. #48)
1962: Night Train (R&B #5, U.S. #35)
1963: Prisoner of Love (R&B #6, U.S. #18)
1965: Papa's Got a Brand New Bag - Part I (R&B #1, U.S. #8)
1965: I Got You (I Feel Good)] (R&B #1, U.S. #3)
1966: Ain't That a Groove Pts. 1 & 2 (R&B #6, U.S. #42)
1966: Don't Be A Drop-Out (R&B #4, U.S. #50)
1966: It's a Man's Man's Man's World (R&B #1, U.S. #8)
1966: Sweet Little Baby Boy - Part 1 (U.S. #8)
1967: Cold Sweat - Part 1 (R&B #1, U.S. #7)
1967: Let Yourself Go (R&B #5, U.S. #46)
1968: I Can't Stand Myself (When You Touch Me) (R&B #4, U.S. #28)
1968: I Got The Feelin' (R&B #1, U.S. #6)
1968: Licking Stick - Licking Stick - Part 1 (R&B #2, U.S. #14)
1968: Say it Loud - I'm Black and I'm Proud - Part 1 (R&B #1, U.S. #10)
1968: There Was A Time (R&B #3, U.S. #36)
1969: Ain't It Funky Now (R&B #3, U.S. #24)
1969: Give It Up Or Turnit A Loose (R&B #1, U.S. #15)
1969: I Don't Want Nobody To Give Me Nothing (Open Up The Door, I'll Get It Myself) (R&B #3, U.S. #20)
1969: Let A Man Come In And Do The Popcorn - Part One (R&B #2, U.S. #21)
1969: Mother Popcorn (You Got To Have A Mother For Me) Part 1(R&B #1, U.S. #11)
1970: Get Up (I Feel Like Being Like A) Sex Machine (Part 1) (R&B #2, U.S. #15)
1970: Santa Claus Is Definitely Here To Stay (U.S. #7)
1970: Super Bad - Part 1 & Part 2 (R&B #1, U.S. #13)
1971: Escape-ism - Part 1 (R&B #6, U.S. #35)
1971: Get Up, Get Into It, Get Involved - Pt. 1 (R&B #4, U.S. #34)
1971: Hot Pants (She Got To Use What She Got To Get What She Wants) ? Part 1 (R&B #1, U.S. #15)
1971: I'm A Greedy Man - Part I (R&B #7, U.S. #35)
1971: Make It Funky - Part 1 (R&B #1, U.S. #22)
1971: Soul Power - Pt. 1 (R&B #3, U.S. #29)
1972: Get On The Good Foot - Part 1 (R&B #1, U.S. #18)
1972: King Heroin (R&B #6, U.S. #40)
1972: Talking Loud And Saying Nothing - Part I (R&B #1, U.S. #27)
1973: Down And Out In New York City (R&B #13, U.S. #50)
1973: I Got A Bag Of My Own (R&B #3)
1973: Sexy, Sexy, Sexy (R&B #6, U.S. #50)
1974: Funky President (People It's Bad) (R&B #4, U.S. #44)
1974: My Thang (R&B #1, U.S. #29)
1974: Papa Don't Take No Mess - Part I (R&B #1, U.S. #31)
1974: Stoned To The Bone - Part 1 (R&B #4, U.S. #58)
1974: The Payback - Part I (R&B #1, U.S. #26)
1976: Get Up Offa That Thing (R&B #4, U.S. #45)
1985: Living in America (R&B #10, U.S. #4)
1987: How Do You Stop (R&B #10)
1988: I'm Real (R&B #2)
1988: Static, Pts. 1 & 2 (with Full Force) (R&B #5)

故ブラウン氏は2006年12月24日、歯科医を訪れそこで肺炎の症状が判明し、ジョージア州アトランタのエモリー・クローフォード・ロング病院に入院する。翌12月25日の午前1時45分、ツアー予定を残したまま死去。73歳であった。代理人によると死因はうっ血性の心不全であった。その死去はCNNやBBCなど世界中のメディアでトップニュースとして報じられた。
死の直前にブラウンはアニー・レノックスの新作アルバム『Venus』で「Vengeance」をデュエットする予定であった。アルバムは2007年初旬に発売予定である。
12月30日にオーガスタで行われた葬儀には約8500人のファンやマイケル・ジャクソン、M.C.ハマーなど友人、関係者が集まりブラウンの音楽界に残した業績、人生を讃え最後のお別れをした。ブラウンが逝去する直前に病床で話した、ブラウンのマネジャーであるチャールズ・ボビットはそのスピーチで、ブラウンが最後まで仕事のことを気にしていたこと、マイケル・ジャクソンやプリンスとしなければならない仕事があるのだと最後に話したことを明かした。(以上ウイキペディア参照)
$音楽の歴史とROCKなお話し!!                    (翔ちゃんのブログ)-James Brown

Uriah Heepユーライア・ヒープは、知ってますか?

ユーライア・ヒープ (Uriah Heep) は、イギリスの老舗ハード・プログレッシヴ・ロックのバンド。1980年代半ばまではメンバーの入れ代わりが激しかったが、1986年以降は固定メンバーで活動。1970年代前半が全盛期。ブリティッシュ・ロック、特にハードロックにおける主要バンドのひとつ。デビュー以来メンバーによるコーラスが特徴的なバンドである。(以上Wikipedia)

最近、YOUTUBEは、昔の画像でも、結構音の良いものがあります。(感謝です)
それでは、!

Uriah Heep - Easy Livin' Live



バチカンのローマ教会がエイリアンの存在の可能性を認めた!

本当見たいですね。。。。
まあ、一部ではその存在は既に認められていたものの。。。。
ヴァチカンが認めたとなると、これは大変な事です。


(以下、アメーバーニュースから)
すでに今月も半ばを過ぎ、あっという間に下旬に突入しそうな今日この頃。

そう、11月下旬といえば、あの「オバマ大統領が11月下旬に宇宙人の存在を発表する!?」の11月27日が刻々と近づいているわけです!

個人的には、アメリカ現地時間で27日=日本時間の28日になっても、実際には、まあ、何もないんだろうな~、なんて寂しく思っていたりしているわけですが.....。

そんなちらっと諦めモードが漂う中、先陣を切って、別の国がエイリアンの存在の可能性を認める声明を発表!

その国こそ、あのローマ法王のお膝元、バチカン帝国。それも発表した日は、先週の13日の金曜日!
 

再び前回同様、ディープな宇宙ネタが満載のブログ、「ふるやの森」によると:

バチカンの天文学者は、地球人以外の知的生命体が宇宙に実在する可能性を認める声明を発表した。今回のバチカンの会議に参加したのは、非カトリック信者を含む計30名の天文学者、物理学者、生物学者たち。

会議の代表を務めたのは、イエズス会教父でありバチカン天文台所長かつ天文学者のホセ・ガブリエル・フューンズ氏。彼によると、「地球外生命体の実在の可能性は哲学・神学に多大な影響を与えることになるが、科学的な観点に焦点を集めて調査は行われた」とのこと。

もう一人の会議運営責任者のアリゾナ大学のクリス・インペイ教授は、「今回の調査は、生命があらゆる場所で生まれ続けていることを確証した」と語った。


とのことですが、この情報のソース元はABC(Australian Broadcasting Corporation)、いわゆるオーストラリアの政府が運営する公共放送、つまり日本のNHKっぽい放送局ということで、これまた信頼できるソースなのです。

ガチガチに頭の固そうなイメージのカトリックの総本山、バチカンのローマ教会からこんな頭の柔らかいニュースが発信された、というだけでもおもしろいのだけれど、実はローマ法王といえば、陰謀論の世界では、ロックフェラー、ロスチャイルド、ブッシュ親子やエリザベス女王などと並んで世界を代表する影のリーダーという噂もあったりして、何やら意味深なニオイもしますね。

それにしても、なんだか、じわじわと世界は動いていませんか?

これはもう、意外にもオバマさん、この勢いに乗って「バチカンが言うなら、ウチからも一言!」ということで、思わず「はい、エイリアンは存在しますとも!」と宣言しそうな感じですね。

それはそれで、大いに楽しみです!

とりあえず、私たちは40年以上も前から宇宙への夢を育んでいました。
誰もが知ってる、このストーリーです





STAR TRCKの船をざっと紹介しましょう。
スタートレックのシリーズでは、映画をのぞいて、一番新しいエンタープライズからのオープニング曲
Faith of the heartで、ご覧下さい

ラッセル・ワトソンが歌うオープニング曲"Faith of the heart"(Where my heart will take me)は、映画「パッチ・アダムス」のエンディングで流れるロッド・スチュワートが歌うものに若干のアレンジを施したものです。

Star Trek History




STAR TRECK歴代の主な出演者等です。
Star Trek History



まあ、時代は21世紀。
クリンゴンが来るか、ヴァルカンが来るか。。(笑)

何にしても、友好的にお付き合いしたいものです。

スマップの中居君!ナイスです!

ペタしてね



原曲というか、この曲のアレンジコピーですね!

Grand Funk Railroad - The Locomotion  1974年前後のライブです。

ジャーニー (Journey)

ペタしてね

ジャーニー (Journey) は、アメリカのロックバンド。1973年にサンフランシスコで結成され、メンバー交代や解散、再結成などを経て、音楽性を変えながら結成から30年以上経つ現在も活動している

サンタナ・バンドに参加していたニール・ショーンとグレッグ・ローリーを中心として、1973年にサンフランシスコで結成。数々のプラチナ・ディスクやゴールド・ディスクを獲得し、日本でも人気が高い。特に80年代初頭、ボストンやTOTO、ヴァン・ヘイレンらと並び人気を得た。近年、ハリウッド大通りに手形と名前を刻んだ。スティーヴ・ペリーの独特のハイトーン・ヴォーカルが印象的だが、他のパートも技巧派のメンバーが多く、特にニール・ショーンの流麗なソロはギター・ファンの間でも人気が高い

今回は年代的にちょっとフライングなんですが。。1983年のライブインジャパンから、珍しい映像です。

ギターのニールショーンが、当時のローランド富士弦製のGRギターシンセを使ってるのが印象的です。

最近、ジャーニーが聞きたい!

なんて思ってるんですが・・。


いかがですか?



後で、上げますのでv宜しくです。

Aerosmith

Aerosmith-Dream On
今回は、珍しいオーケストラバージョンで




1970年代に第1次黄金時代を築くが、その代償とも言えるドラッグや人間関係の問題で1980年代前半は低迷。全員が麻薬中毒の治療のために更生施設に入院。これは、落ちても這い上がろうとした彼らの執念の表れとして今も語り継がれている。
その後、ロック史にも珍しい復活(1985年)を果たし、商業的には1970年代を上回る第2次黄金期を築いた。
1998年映画「アルマゲドン」のメインテーマを手がけた。同映画のヒロイン女優、リヴ・タイラーは、ボーカルのスティーヴンとベベ・ビュエルの間に産まれた実の娘。
日本では、1970年代後半はキッス、クイーン、チープ・トリックの陰で多少地味な存在であったが、1985年の復活以降は人気バンドとしての地位を確立した。来日回数も多く、1998年には海外アーティスト初の4大ドーム・ツアーを敢行した。
バンド結成当初、ドラマーだったスティーブン・タイラーがヴォーカルとドラムスを兼任するはずだったが、目立たないので兼任をやめ、彼の悪友ジョーイがドラマーとして加入した経緯がある。 尚、バンド名はドラムスのジョーイによる造語。
2001年に『ロックの殿堂』入りを果たす。他にも今まで『ピープル・チョイス・アウォーズ』2回、『ビルボード・ミュージック・アウォーズ』6回、『アメリカンミュージック・アウォーズ』8回、『ボストン・ミュージック・アウォーズ』23回、『MTVビデオ・アウォーズ』12回、『グラミー賞』4回など数々の賞を受賞している。『ローリングストーン誌』、『ヒットパレード誌』でも最優秀ロックバンドに選ばれている。

Chicagoをご紹介!

このバンドは、現在も活動中で、何度かのメンバーチェンジもありますが、現役で頑張っています。
詳しくは後ほど






前身となったバンド「ビッグ・シング」は、ロバート・ラム(Vo,Key)、テリー・キャス(Vo,G)、ジェイムズ・パンコウ(Tb)、ウォルター・パラゼイダー(Woodwinds)、リー・ロックネイン(Tp)、ダニー・セラフィン(Drums)、ピーター・セテラ(Vo,Bass)の7人編成であった。
その後、元セルジオ・メンデスのメンバー、ラウヂール・ヂ・オリヴェイラ(Perc)が加入(アルバムへの参加はVIIから14まで)。アルバム「XI」のリリース後には、テリー・キャスが死亡している。またアルバム「Hot Streets(12)」で元1910フルーツガム・カンパニーのドニー・デイカス(Vo,G)が参加するが、アルバム「13」のリリース後、ほどなく解雇される。
アルバム「16」より、元サンズ・オブ・チャンプリンのビル・チャンプリン(Vo,Key,G)が参加する。 「17」ではクレジットのみ、クリス・ピニック(G)がメンバーとして表記される(ちなみに、アルバム内ジャケットにあるメンバーの集合写真にはクリスを含まない7人のみが写る)。
「17」を最後に、当時のシカゴのヒット曲でヴォーカルを担当していたピーター・セテラ(Vo,b)がソロ活動に専念するため、脱退。代わって「18」よりジェイソン・シェフ(Vo,b)が加入。
「19」を最後に、オリジナル・メンバーであるダニー・セラフィン(Drums)が解雇される。「19」でセッション参加していたドウェイン・ベイリー(G)は、「TWENTY 1」より正式メンバーとなる。
アルバム「ナイト・アンド・デイ」製作中にはドウェイン・ベイリーが解雇され、代わってキース・ハウランド(G)がメンバーとして迎えられる。なお、このアルバムのレコーディングにはブルース・ガイチ(G)が参加。
2006年3月には「XXX」が「TWENTY 1」以来15年ぶりとなる全曲新作のオリジナル・アルバムとしてリリースされるが、健康問題により、リー・ロックネイン(Tp)はレコーディングには参加していない。
2009年8月、ビル・チャンプリン(Vo,Key,G)が脱退

ビジュアルロックの元祖!

1973年 一番始めにこのバンドが売れたのが日本でした。
当時のロック好きな男の子だけでは無く、そのルックスから女の子の人気が異常に増えたのです!
当時、一般には、ロック=不良のイメージが強かったのですが。彼らがそのイメージを変えた一つでした。

Queen - 'Keep Yourself Alive




Queen - 'Now I'm Here




Queen - 'Liar'




今日は、1973~74年Queenのデビュー当時の映像を三曲、お届けしました!

これは、だめでしょ!(笑)