ZZ-TOP | 音楽の歴史とROCKなお話し!!                (翔ちゃんのブログ)

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1969 年、ギターのビリーを中心にメンバーが集まる。それまで各々はサイケデリック・バンドをやっており、ビリーのバンド The Moving Sidewalksは、ジミ・ヘンドリックスの前座をしたこともあった。その際、ジミに「アメリカで最も有望な若手ギタリスト」と称されている。

また、ダスティとフランクは、それまで同じバンドに在籍していた旧知の仲であり、これ以降もZZトップのリズム隊として長く活動を共にしていく。

バンド結成当初は、ブルースに根ざしたサウンドで、黒人のブルースマン達と一緒にツアーで回ることもあった。その頃、マディ・ウォーターズらと楽屋裏でポーカーをした逸話が残っている。その際、傍らには必ずウォーターズのピストルが置いてあり、それが怖かった、と後にメンバーは語っている。

1972 年、3枚目のアルバムTres Hombresがプラチナ・ディスクに輝く。それまでの精力的なライブ活動と、数々の大物バンド(ローリング・ストーンズやディープ・パープル、ジャニス・ジョプリン等)の前座経験がセールスに繋がったとされている。また、この頃から全米に名の知られるところとなり、コンサートの規模や観客動員数で記録を樹立して行く。トラック数台分に及ぶ膨大なステージセットを携え全米を回り、ステージに本物の蛇を持ち込むなど、ライブ・パフォーマンスも大きな話題を呼んだ。

このように、活動は上り調子となったものの、絶え間ないツアーとレコーディングの連続にバンドは疲弊。1977年をもって2年間の活動停止に入る。この間、ビリーとダスティの髭が伸び、今によく知られるルックスになる。

1980年代初頭、当時の先端技術であるシンセサイザーを導入した頃から、バンドに転機が訪れる。それまでのブギー・ロックにプログラミングされたシーケンサーサウンドを導入、大胆な変化を見せる。そのサウンドが、アメリカの長距離トラック運転手達に特に好まれたこともあり、Eliminator, Afterburnerなどは、レコードよりもテープの方が売れることとなった。

それと同時に、この頃始まった人気番組MTVにて「Legs」や「Sleeping Bag」など。コミカルなプロモーション・ビデオが毎日のようにオンエアされ、世界の幅広い世代から受け入れられるようになる。初来日したのも、ちょうどこの頃だった。サングラスとビリー、ダスティの凄まじく長い顎髭がインパクトを呼び、日本でも有名になる。バンド名にちなんで、1998年にはホンダ・ZのCMに起用された。

1990 年には、マイケル・J・フォックス主演の映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」のエンディングテーマに「Doubleback」を提供した。これは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズのファンである彼らの意向によるもの。湾岸戦争の際には、戦勝祈願コンサートを実施したことがある。

90 年以降、バンドサウンドはブルースに回帰する姿勢を見せている。ただし、新しいもの好きのビリーの趣味もあり、現代的なエフェクトやダウン・チューニングによる重厚なサウンドも多用され、新しい方向性を見出している。

2004 年には、ロックの殿堂入りを果たしている。

WWEのファンであり、2009 年7月20日にRAWのホストを務めた