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幸せな人間と不幸な人間

幸せな人間と不幸な人間はどこが違うかと言うと、不幸な人間は自分が幸せになることばかりを考えている。幸せな人間は他人を幸せにすることを常に考えている。他人を幸せにすれば結果として自分も幸せな気分になれる。また幸せにしてもらった人からいずれはリターンを受けることになる。ただし幸せにしようとした人間が残念な人間だった場合にはリターンは期待できないし、幸せにしようとされていることに気づかない不幸な人間である場合もある。不幸な人間には犠牲的精神がない。だから自分の感情や精神や心の持って行きどころを求めて煩悩に走り他人に迷惑をかけ他人を不幸にする。他人を不幸にした場合はそのリベンジを受け結局自分も不幸になる。

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やらない

「やらない」うちになぜ「できない」と決めつけ「やろうとしない」のだろうか。「できない理由」を挙げればキリがない。「できない理由」は無限にある。確かに運動神経とか音感のように持って生まれた資質というのはある。しかしほとんどの事は資質や才能ではなく「努力」と「経験」だろう。中学校のときに苦手だった科目もあるだろう。それが大人になってからなぜ「できない」のだ。中学生もできるはずのことだ。すると「子供は吸収が早いから…」などと、またできない理由を考え始める。なぜ「できない」理由を考えるかと言えば、「できない」のではなく「やりたくない」からだろう。ではなぜ「やりたくない」のかと言うと、「頭を使う」という労力のいる作業がめんどくさい、のと、歳とともに垢のように蓄積された沽券やプライドや自尊心が、新たなことを学ぶという行為を阻害しているからだろう。「できる」ことだけを繰り返しいつまでもやっているようでは進歩はない。それは「継続は力なり」ではなく「ワンパターン」だ。

出張のため次回更新は6月18日になります。

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怒られる人間

人間には比較的よく怒られるやつと、ほとんど怒られないやつがいる。普通人間は怒られたくないものだ。だからと言って怒られない人間ばかり選んでいては、そいつは一見優等生に見えるが、実はスキルは上がらないし、いつまでも打たれ弱いままのやつだ。積極的に怒られる人間になろう。そして積極的に怒られる人間を使おう。大人になってからその差は歴然としてくる。怒られない人間ばかりを選んできた社会は、精神的にも経済的にも決して裕福にはなれない。

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