写ればいいというものではない(2)
露出がどうの、画素数がどうの、フォーカスだ、色調だのと、ぐだぐだと蘊蓄をこねる前に、どうやったら「いい写真」が撮れるかということは、「情報の教科書」にも「ミラーレス一眼メーカー別比較」にも「デジカメ入門」にも書かれていない。写真は「カメラ自慢」のために撮るものではない。カメラを自慢する人間に限って写真がへたくそだったりもする。ポートレートであれば、被写体となった人間の「人となり」や「キャラクター」を表現すべきだろう。この殉職員名簿、いや、教職員名簿を見た子供たちはどう感じるだろうか。

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写ればいいというものではない(1)
新聞の埼玉版に教職員異動者名簿があった。その内の主立った何名かの顔写真が載っていたのだが、何でみんなこんなに仏頂面で写っているのだろうか。まるで戦没者名簿のようだ。写真を撮る時に最も大切なのが、撮る側と撮られる側のコミュニケーションだろう。そんなものは無視して、写ればいい写真だから、という発想がそもそも教育的ではない。

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ローリスクローリターン(2)
ローリスクローリターンとは安全なようで、実はつまらない生き方なのではないか。みんながローリスクローリターンを好むようになると、だんだんと社会に閉塞感が漂い始めるような気がする。不平不満をだらだらと言いながら同じ会社にいつまでもいたり、嫌われないようとするための画策に明け暮れたり、他人の手柄やニュースを紹介することで注目されることに満足するというのもローリスクローリターンなのだろう。

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