ウェブページのデザイン事情 -173ページ目

反面教師.

他人に意地悪をするというのは自分が満たされていない証拠。
他人の悪口を言うのは自分がどこかで同じことを言われている。
他人を無視するのは、いずれ自分も無視されることになる。
すぐにキレるのは自分も他人をキレさせているということ。

世の中反面教師の固まりだ。とはいえこの「反面教師」という言葉を意識していないとついつい見落としがち。その現象だけを見て、ああ、あいつはそういうヤツなんだな、というところまでで考えがその先に及ばないのが常であろう。他人の振り見て我が振り直せということなのだが、そこまではなかなかフィードバックがかからないものだ。

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叱責

叱責されるということは恥ずかしいことでもなければり憎まれているわけではない。その証拠に優秀な人間ほどよく叱責され、伸びしろがなく将来性が望めない人間は叱責されることは少ない。叱責するほうは改善や経験のために叱責しているのであり、叱責しても無駄な人間には叱責しない。そこで憎まれたり恨まれたり夜な夜なワラ人形を作られて釘を打たれるリスクを承知でやっているのだ。それに疲れることも覚悟している。なので叱責し終わった後に「これで一皮むけてくれれば…」と願うわけなのだが、そうはいかない場合も少なくない。その叱責がきっかけで口を聞かなくなってしまったり会社を辞めてしまったりすることもある。とはいえ毎日誉め讃えていたのでは人間進歩しないし弱点を自ら改善することはできない。だから叱責するのだ。もちろん叱責するほうは感情的になったり心底怒っているわけでもない。それなりに計算しているはず。もし本気で感情的になって怒っているならば、それは叱責ではなくヒステリーだ。

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私にはできない.

誰でも「できる」ことより「できない」ことのほうが圧倒的に多いはずであり、「できない」ことは恥でも引け目でもない。しかし「できない」からと言って、いつまでもやろうとしないでいると一生「できない」ままだ。トライを重ねていけば大抵のものは「できる」ようになるはずだ。どうも「できない」と言ってる人間は「できる」人は才能や資質によって「できる」のだと思っているようだが、ほとんどは努力と経験によって「できる」ようになるわけだ。そして「できる」ようになった人間は最初から「できた」わけではなく、何度も失敗や試行錯誤を繰り返して「できる」ようになったわけである。ちょっとやってみて「できない」だけで諦めてはいかない。といっても反射神経や動体視力、音感や感性など、持って産まれた個人のスペックというものも無いわけではないが。

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