戦い-1
戦争のことではない。ビジネスを行う上での戦いのことである。ただし戦いといっても、相手をぶちのめす、とか、ねじり伏せるとか、そういった暴力的なものではなく、言い換えれば「折衝」や「交渉」のことである。これはビジネスを行う以上は避けられないイベントでもある。世に中には多種多様な利害関係や権力、商習慣や守るべきテリトリー、壊さなければいけない慣例、異なった哲学や価値観が乱立していて、その中で生き抜くためには、常に戦う姿勢が必要であろう。当たり前のことであるが戦いなくして勝利はないわけである。また戦わずして新たな一歩は踏み出せないはずでもある。

このコラム12年分ダイジェスト

このコラム12年分ダイジェスト
気配り-2
そして相手を観察すること、周囲の反応を想定すること、を自然と習得していく。これを聞こえの良い言葉で「気配り」と言う。この「気配り」は他人とコミュニケーションする上での世界共通のツールでもある。だから「気配り」のできない、「気配り」の足りない人間は、自分が知らない間に相手を怒らせたり、信頼を失ったり、コミュニケーションを拒否されるようになってしまう。人間、年齢を重ねるほどに、自分の「気配り」の無さに気づく前に、相手を悪者として片付けようとするようになる。そうなる前に、相手が怒った場合は「自分に気配りが足りなかったのでは?」と疑うことを習慣づけよう。ほとんどの人間はそうそう簡単に怒ることはない。まともな大人であれば大抵のことは我慢できるはず。それでも怒るということは、恐らくは自分に「気配り」が足りなかったと思ったほうが良い。

このコラム12年分ダイジェスト

このコラム12年分ダイジェスト
気配り-1
人間生まれたばかりは、全くもって自分のことしか考えていない。それが成長とともに親の顔色を見て行動するようになり、幼稚園や小学校では組織の中でどのように行動すれば良いのかを学んでいく。高校、大学では、組織に順応しつつも競争に勝つこととを習得し、社会に出てからは、より深く、より広く、周囲の事、相手の事を考えた行動、言動を身に付けていく。自分の言動に対し相手がどう思うか?自分の行動に対し周囲がどう反応するかということを失敗を重ねながらも経験し、身につけていくわけだ。

このコラム12年分ダイジェスト

このコラム12年分ダイジェスト