羹…ではなくって、厚物なヒト。  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥
好きなミステリードラマは?  映像業界☂ネタ:好きなミステリードラマは? 映画 『鬼畜』 …ありゃ ミステリーじゃねかったか?  参加中 
 
 
theme:黄昏の芸能ブローカー  
    
    
       action 019  
    
    
世の中には色々な職業があって、
日本の映像業界のスタッフ側(?)の一人、
自分の好きなことを堂々とやって
とても楽しく仕事をしている人もいた! 
…ということを発見した瞬間がある。
俺も初めて逢った時はちょっとビックリした。
「世の中にはこんな人もいるんだ」
視野が拡がった。
ここではその人のことを仮に
“芸能ブローカー”
と呼ぶことにしよう。
本人も、
「オレは芸能ブローカーだ」
と云っている。
云っているだけでなく、
やっていることも芸能ブローカーそのものだ。
    
    
1998年10月4日。 芸能ブローカーから電話がきた。 
    
「あ、●下だけど。南ぃ、おまえ明日あいてるか?」 
「はい。大丈夫です」 
「んじゃ4時に電話くれ」
(ガチャ。) 
  
  以下、2時間後の☎。 
  
「あのなぁ、ヘルプってことで ウチの仕事じゃないんだけど 
今日の午前中、あっち(別の事務所)から連絡あってな。 
ゲームセンターの店員 兼 サラリーマン通行で 
芝居できるの一人よこせってんだよ。
それがなぁ、どうも本編(映画の撮影)らしくて、スタッフは先に行ってて
泊まり込みで撮ってるんで、朝9時に現地集合になるってことなんだけど  
大丈夫だよな?」 
「あ、はい。お願いします」 
「んじゃ、タイトル、『あつもの』。 
集合、春日部駅西口改札前、朝9時。
北千住発の準急8時4分てのに乗ってくれ。 
オールシーズン、スーツ2着。ラフ一着。黒の短靴。
店員の衣装は向こうで用意してるからな。 
それと…ったく、本編のくせに衣装くらい用意しろっての。 
ウチは衣装屋じゃねぇんだから…ブツブツ 
商店街の通勤時間てことでバッグと、それから 
シーン替わりでコートも用意な。
ま、荷物 重たくなるけど ひとつ頼むわ。」
「はい」 
「途中、ロケバスで移動ってなってて21時まで。もしくは終日ってことで 
FAXで送ってきた内容みると、今んとこどうなるか帰りの時間わかんねぇけど 
2シーンしかねぇみてぇだから たぶん午前中には終わるだろ。 
もしそれ以上かかっても大丈夫だよな。」 
「はい」 
「ウチの仕事じゃないんでオレは もちろん 
ウチからは誰も行かないけど現場では
あっちのマネージャーと助監督の指示に従ってな。
あ、それと終了時間は また翌日 連絡してくれ。」
「はい」 
「じゃぁな。」
(ガチャ。) 
    
    
ということで 
20世紀も終わろうとする季節の変わり目、 
詳しい場所は忘れてしまったけど 
当時の撮影の仕事のメモがあった。 
もう何年も前のことなので 
ここから先は今こうしてまた断片的に記憶を辿る。 
    
    
当日は朝から少々の雨模様でも晴れ間も覗く秋の気配だった。 
寂れた商店街の一角で、そのゲームセンターそのもの、
おそらく空家を借りてロケ現場として用意された架空の店のようなもので
店内に並べられたゲーム機の数々も普段は使われていない様子だった。 
主演の役者がヒロイン役とそのゲームセンターで出逢う…  
という設定のシーンだったか? 
午前10時頃までは、ほぼ待ち時間。 
いつものごとく蝶タイとベストイカニモという判りやすい衣装を着せられ 
フレームから完全に外された場所。店内の片隅に俺は座っていた。 
店のガラス越しに通りが映るので 
俺のほか数名の仕出し要員は役者の背景を行ったり来たり。 
そしてまた、店の外から中へ切り返されるキャメラワーク。 
そこへ主役も登場。 
    
スタッフ 「おはようございます。昨日は眠れましたか?」 
緒 形  「はい。もうあれからグッスリ!」 
スタッフ 「なにか お飲みになりますか?」 
緒 形  「いや、今はいいです。」
 
    
主演俳優の方は、それなりの貫禄あっても決して威張ることのない気さくな感じで 
自分が今日の今、なんの仕事をしているのか? 
現場に訪れる関係者のうち まだ撮りの内容についてよく知らない同年代の人にも 
丁寧に説明していた。 
    
緒 形 「実は わたしもねぇ、台本を読ませて戴くまでは何も知らなかったんですけど 
      ------- 中略。 ------- 
     どうやら、その菊のことを 『あつもの』と呼ぶそうなんですよ」
 
    
映画でもテレビでも撮影現場では
役者さんが普通の民間人に話しかけるというようなことは あまりにないし 
また、ザックバランに話しかけるほどの勇気ある民間人(ギャラリー)も めったにいない。 
そして仲には、映像の背景で動く仕出し(エキストラ)は 
あくまで 動く小道具でしかないのか? それが当然の世界のように 
こちらから挨拶しても 一切それに返すことをしないベテランの役者もいたりする。 
それは決して、人格的に余裕があるとかないという問題ではない。 
演じる側にとっては、その仕事が真剣勝負であるほど 
余分なモノに囚われずに、いま自分がやってることが何なのか? 
ということに集中しているだけのことだとおもう。 
    
それでも、その日、俺が見た役者さんは、ちょっと違ってた。 
たぶん、台本をひとおとり読んで頭に入れた時点で 
あとはもう一旦キャメラが回るまではニュートラルの状態だったのかもしれない。 
演技者、表現者、役者、俳優というものは常に 
その役柄が現実の自分とは別の人格であっても 
その者の実在や架空ということに関係なくして 
自分自身と、仕事として与えられた役の人格との区別をつけて 
スイッチの切り替えできないと・・・・なんだよな。 
そうじゃないと一年に何人もの色々な役はこなせないし 
世間や業界に貼られるような 
あれはあのヒトのハマリ役というレッテルで 
何を演っても決った形に留められてしまうと 
そこから抜け出るのも精神的に てぇへんな状態になっちまうケースもある。 
    
あの日、わずか数時間のうち、数十分という短い時間に 
その役者さんには 
「既に そういうことも乗り越えてきた人間なんだなぁ…」という風格を感じた。俺はな。 
    
そして、そんな撮影の合間のことだった。 
    
緒 形   「あのぉ~、すみません。」 
南 (店員) 振り向く。 
緒 形   「お手洗いは どこですか?」 
南 ()  「自分も今日ここへ来たばっかりで よくわからないんですけど。
        たぶん、そこのドアがそうだとおもうんですが…」
 
緒 形   「あ、そうですか。ありがとうございます。」 
内心 「俺は店員じゃねぇっつーの。スタッフ!ちゃんと教えてあげといて!」 
    
    
う~ん。 いま想い起こしても さすが、
主演ドラマのアイドルが最終回の現場をすっぽかしても 
重要な相手役でありながら、「それがケシカラン!!」とはせず 
自分の仕事は最期までキチンとやり遂げる姿勢のお父さん… 
ポケベルが鳴らなくても怒らない
! 
スイッチの切り替えは見事。 
そういう人だったです。 
そしてその奥行き、人間性の幅こそが 
数々の名作、名演、話題作を世に贈りだしてきたことに 
大きな役割を果たしていたのだと信じます。 
その証拠に 見る側をいつも新鮮な気持ちにさせてくれた。 
    
    
ご冥福おいのりいたします。