吊るしの日。  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥
    
   
先日のページ で“甑だおし”という、酒蔵ではめでたい行事として
秋からつづいたその年の仕込みが
そこですべて終わったという云い方をしてたんだけど
実際の酒づくりの作業は、杜氏さんや蔵がしらが中心になって、常に
醪の温度や醗酵の具合を見つめながら
朝晩の櫂入れや毎日に渡る成分分析をしている。寝ずに。泊り込みで。
その気持ち的には、おそらく、
精神性と肉体を●●に照準をしぼり
一番良い状態に持ってゆく。
やり過ぎもダメだし、やらな過ぎもダメだ。

ということと同様、そしてそこに酒の場合は
いつかはヒトが口にする物なので
限りなくパーフェクトに近い状態で
「よし、ここだ。明日だな…」
いちばんいい出来具合(モロミの醗酵具合)を見計らって酒を搾る。
この“搾る”という作業が、酒の種類によっても幾つかの工程の違いがあるんだけど
中でも、先日、“酒づくり唄”のコーナー でも書いた、
山田錦と呼ばれる高級な酒造適合米で仕込んだ酒の場合は
あらゆる作業がすべてにおいて手づくりなので
搾るときも、タンクの醪を50センチほどの縦長の麻布袋へ入れて
口元を紐で縛り、それを二本、ほぼ同じ量で、そういう筒の袋へ汲んで
別のタンクの上へ橋渡した棒へ吊り下げる。合計80本。そして 
袋の中の醪の重さ(水分の重さ)で徐々にしたたり落ちるように酒を搾り出す。
これを“吊るし”という名前で呼んでいる。首吊り…とも云うらしい。
水は澄んでいる井戸水を使って当たり前でも
貴重な米で造る酒なので、できあがった醪を袋へ詰める一本一本の手作業が
低温な酒蔵の中では普通の人には過酷な作業かも知れない。
慣れないと難しいというより、経験とセンス、バランス、タイミングによる。
酒は生き物なので。
要するに、なるべく空気に曝される時間を短くしないと、酒が酒ではなくなってしまう。
そういう作業が、実は今日、朝からやることになってる。
   
全国に今、酒蔵というものは何千軒あるのか? 
春に毎年、国税局の管轄で行われる、
全国新酒鑑評会というのがあって、そこには約1,000軒以上の蔵元が
地酒を出品する。
そのうち、味も香も厳選なる審査を経て、200件くらいの蔵元に金賞の栄誉が与えられる。
云うなれば、各蔵元の杜氏さんの腕の競い合い…ということになるんだろうけど
全国で毎年行われる新酒鑑評会のほかに、秋口には関東信越地区の鑑評会もあり
そこでは優秀賞というコトバはあっても、決して全国の金賞ではない。
んで、毎年行われる全国新酒鑑評会(現在は広島で開催されてる模様)
連続して2年、金賞を執った、貰えたという蔵元はたくさんある。
3年連続。これも難しい。
4年連続。もっと難しい。
5年連続。その筋ベテランの職人の世界では、ようやく、「ケツが青い」という云われ方をされなくなる。
6年連続。これはもう全国に数軒しかない。快挙。
んで、俺が勤めさせてもらっている蔵元の杜氏さんと蔵頭が造る酒は
今年で、7年目を狙っている。
その鑑評会へ出品するための酒を今日と、明日以降の、そういう、
“いちばん醪の出来具合がいい日”を見計らって搾る。
そんな作業がある日。
眠れるわけがない。
金箔入り…じゃなくって、緊迫してる。
ひじょうに緊張ぎみ。チンコも縮こまる。俺が。
実は、こう見えても気が小さい。
俺の何かしらのミスにより、
俺が触ってもいけないような神聖な酒に
もしも何かがあったときは、
俺の首を吊るしても償えないもんがある。
なんだかねぇ、外はスゲェ強風なんだけど
吹けよ、呼べよ、嵐だよな。
気合。 ちゃんと寝ろよな!
ほんと、すんげぇ風だよ。
ゴウゴウ唸ってる。
今日は昼間、遣い物にならない酒の大量な空き瓶を
リサイクルセンターへ捨てに行ったんだけど
途中、海の脇を通って、トラックの窓から浜の様子を見ると
海岸に荒波で打ち上げられたゴミがそこいらじゅうに散乱してた。
アホだな。人間は。
ポリバケツでもなんでも、穴があいたり壊れたりすると
平気で海へぶち込んじまう。
流れ着くのは必ず、自分たちの住んでる近くへ帰ってくるのにな。
その向こうの海は荒れ狂う潮で、なんだか誰かを怒ってる感じがしたよ。
大自然の恵み。
   
太陽と水と空気。
空には月と、数々の星の瞬きと
ひとつひとつの命をつなぐ時間がある。
吊るされるモノと吊るすモノ。
捨てられるモノと利用され、生かされるモノ。
ああ、そうだね。
こういう経験をしながら生きることができるのも
今日まで生きて、生かされてきたおかげだ。
   
それにしても、なんで、この冬は雪が降らなかったのかねぇ。
こわいよなぁ。
米、獲れんのかよ。作れんのかよ。
最近は、北海道あたりで作られるコシヒカリが旨いらしい。
ミカンも静岡あたりで作るといいんじゃねぇのか? 
するってぇと、俺はお茶を栽培した方がいいかもな? 
秘境の地、佐渡の銘茶。
あんまり美味そうじゃねぇな。
孤島のバナナ? 
ああ、そんなのはみんなしおれてるよ。爺さんばっかりだし。
おお、アケビはあるぞ! 秋になるといっぱいだ。
(なんの話だ?)
あの、アケビってのはな、俺もあんまし喰ったこたぁねぇけど、
中身をビュビュっと指で取って食べたあとに皮はみんな捨てちまう。
だけどなぁ、あの皮を適当な大きさに切って
味噌で痛めて喰うとなぁ、これがまたスンゲェうめぇぞ! 
山形出身の爺さんにおそわった。
あっちの方では、そういうもんを工夫して喰う時代もあったらしい。
アケビの皮の味噌炒め。
道場さんなら知ってそうだな。
あの人は国鳥指定のスズメ料理もやっちまう。
いいのか? 
最近はスズメの大群も、あんまし飛んでねぇよなぁ。
テレビドラマとか観てても、むかしは偶然でもなんでもなく
役者がダベってる向こう側の空に群れをなして飛んでるのが見えた。
今はない。
鳥もマトモに空を飛べなくなってきた時代だ。
もの凄い破壊。
やがて、吊るされるモノと吊るすモノ。
捨てられるモノと利用され、生かされるモノ。
俺は今日、“吊るし”の手伝いをする。
できあがるのは絶品の酒だ。
飲んでみたい人が飲む。
生きている人が飲む。
数も少なく、4号瓶(720ml.)で一本\5,000以上の酒になるので
生前にどんなに酒が好きであっても
そんな高級なもんを墓石の上からかける馬鹿もいない。
生きている人間に飲んでもらうための酒だ。
飲めば判る。
ハンパじゃねぇぞ、飲んだ人は裸にされちまうよ。わりぃけど。
そういう酒を造ってるんだ。杜氏さんは。
葬儀会場で配られる酒とはちがう。
でも今日の作業は、吊るし。
生きている人間の勝負の日。自分との闘い。
死ぬ覚悟で生きるってことは大変だけど
やってる人は少ない。今の時代。この日本では。
やってみたい? 
   
んじゃぁ、こちらへどうぞ。
    http://home.p02.itscom.net/fighting/LIVE.html
   
視えると思うよ。自分自身が。