黄昏の芸能ブローカー / action 004  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

    黄昏の芸能ブローカー 
   
       action 004 
   
 
  
世の中には色々な職業があって、
日本の映像業界のスタッフ側(?)の一人、
自分の好きなことを堂々とやって
とても楽しく仕事をしている人もいた! ・・・・・ということを発見した瞬間がある。
俺も初めて逢った時はちょっとビックリした。
「世の中にはこんな人もいるんだ」
視野が拡がった。
ここではその人のことを仮に
“芸能ブローカー”
と呼ぶことにしよう。本人も、
「オレは芸能ブローカーだ」
と云っている。
云っているだけでなく、
やっていることも芸能ブローカーそのものだ。
 
ある夏の日、芸能ブローカーの携帯電話へ、
「どうしても今日ここに人が足りないから何人か連れてきてくれ。スグ必要、頼む!」
というホットな情報も珍しくはないらしいが、
そういう依頼があった。
    
我らの(?)芸能ブローカーは すぐさま人を手配し、
その任侠モノの映画撮影の現場へ顔を出した。
白昼のロケ現場には、
渡哲也さんと松方さんが次のシーンの準備待ちで日陰に待機していた。
ある意味で緊迫感漂う、その久しぶりの修羅の顔合わせに、
突然に借り出された仕出し の一同はギョっとする。
芸能ブローカーはといえば、
いつもと変わりない清々しい(?)趣で、
「おはようございます」と明るく挨拶。
すると、それまで黙ってじっと椅子に坐っていた役者、渡さんが、
スッと立ち上がり深々と頭を下げ、
「おはようございます」
と、芸能ブローカーに挨拶を返す。
それを横で見ていた若いスタッフの幾人かは
「この人、誰?」 
という顔だったらしいが、しばらくして、
松方さんが芸能ブローカーの側へ来て、こう云った。
「…おたく、渡さんのマブダチですか?」
と。
本人は、
「いいえ、滅相もない。
昔いろいろとお世話になったのはこっちの方で、
私は タダのエキストラ の責任者です」
と、この話も正直者の本人から直接に訊いたこと(2001年)なので疑いようもない事実だが、
芸能ブローカーの存在をそれほど大事に思ってくれていた役者さんがいたことは、
その話を訊いた時、俺はどこか嬉しく感じた。

 
ある時は強風と豪雨の中を
何回ものNGの末に深夜まで撮影が続行された現場も、
「あの世話になった人の葬儀だけはオレが一番に駆けつけなきゃならないんだけど、
今日この撮影現場からはどうしても抜け出せない」
という想いも、
「一人、ここへ来る途中で事故にあって救急車で運ばれた奴の様子が判らない」
と、携帯を握りしめていたスタジオ内でのやるせなさも、
芸能ブローカーはどんな時も、
仕出しや端役出演者の見方として生きて来た。
「すいません、この警官衣装のベルト、どうやって着けるんですか?」
と、経験の浅い者が質問すれば、
「おい南、お前、教えてやれ」
とは言わず、丁寧に・・・撮影開始時間を気にしながら、
丁寧に手取り足取り、
その装着を手伝う姿も俺は見た。
「ここのテーブルのここに置いてあった紙コップに、
オレの入れ歯、水に漬けてあったの、誰か知らねぇか? 
さてはスタッフの連中、片付けて捨てやがったなぁ・・・」
などという話も、
そんな体験談を云っている本人は至って真剣だが、
聞いている人達には笑えるエピソードで、
それは、撮影が長引くロケ現場で、
待機する我々の疲れや苛立ちを何とか和ませようとする
芸能ブローカーの優しさであって、時にはこんなこともあった。
 
「ちょっと今日は時間が押して、もしかするとみんな、
今日中には帰れなくなるかも知れないな。
さっき、助監督に訊いたら、まだ8シーン残ってるって言ってたから、
今日中には無理だな・・・」
「どうなるんですか? 私、あしたの朝、別の仕事が入ってるんですけどぉ」
と、困った様子の、ちょっと可愛い顔をした女性の一言に、
「そんなこと、オレの知ったこっちゃねぇよ! 
こんな事はよくある話で、撮影が長引くなんてのはこの仕事に付き物だぁ。
当然と言えば当然の話だろ。
明日がどうあろうと、お前が今日この仕事をやるって決めてここへ来た時点で、
最期まで仕事をするってのが筋ってもんだ。そうだろ。
この仕事はそういうもんなの! 
そんなことも判らなねぇで来てるのか・・・」
芸能ブローカー本人も別件で旨く行かないことがあって苛々していたのか何なのか、
人間だから機嫌が悪いこともある。
ところが、しばらくして、
その場から姿が見えなくなったと思えば、
深夜、コオロギの鳴く暗闇から現れ、
さっきの女性をみんなから少し離れた所へ連れて行き、
「俺も今、持ってる分から、これだけしか出せねぇけど、
その辺でタクシー拾って帰ってな。
さっきは悪かったな、キツイこと云って。
これに懲りずにまた来てくれよ」
と、芸能ブローカーは、その女性に一万円札を一枚握らせ、
「気をつけてなぁ!」
と、デカイ声を張り上げて見送る。
すると、闇に響き渡るその声に反応したクルーの撮影本体から、
「カット、カットぉ、なんだぁっ 今のは!」
と、監督の怒鳴り声が聞えて来た。
どうやら、撮っていた本番シーンがNGになった様子。
こうして、朝を迎えた撮影終了後、
我々仕出し組は始発電車で家路へ向かった。
   
 
  
              つづく 。