現代の生活スタイルにおいて「金たらい」というのは本当に必要なのだろうかと疑問に思いつつ、シンクの中で邪魔で仕様がない金たらいを明日の「金属、小型ゴミの日」に出してやろうかと考えたり、天井から吊るして誰かが下を通り過ぎようものならば上から金たらいを落としてやればこれ面白きことかなとも思ったけれども、この家には自分しか居らんのであることから推察するに金たらいは天井から吊るされたままになるのは明白なる事実であって、これシュールの極みと思いつつもこれまた誰一人としてこの吊るされた金たらいを見る者は居らんのであるからシュールも何もこれまた邪魔な存在でしかない金たらいに腹を立てるのである。
そもそも「金たらい」というのは洗濯に使用されていたのであり、その他には顔や髪を洗うのに使用するというのが本来の用途であるのに、どうしてウチのシンクに金たらいがあるのかと尋ねられれば、それは使用済みの食器等を水に漬けておく為である。
しかし、先程から小生が云っているようにウチには自分ひとりしか居らんのであり、そして我が家の鉄の掟として「食べたらすぐ洗う」を徹底しておるので食器等を水に漬けておくなんてなこたぁ皆無なんであり余計に「金たらい」が邪魔で邪魔で何度、窓から往来に放り投げて「ファ~~~~」と叫んでやろうかと思ったことか数えたらきりがない。
「ほな捨てなはれ」とあなたは簡単に云うかもしれんが、「邪魔やな…」と思いながら幾年も一緒に過ごしてきた金たらいを簡単に捨てれるほど小生はクズではない。
こんなことを考えながら月に一回の「金属、小型ゴミの日」は過ぎ去ってゆくのである。
また一ヶ月「金たらい」が邪魔。