そろそろ文章に残しておこうと思う。
昨年12月7日 午後9時35分に父が亡くなった。享年68才だった。

毎日、馴れない立ち仕事で遅番から仕事を終えて夜中、寒空の中アパートに自転車で帰る時いろいろ考えて涙が出てくるよ。でも、まだお父さんの事だけを考えては泣けないのが正直なところだよ。お母さんも今後、奥さんのいないオレとまた二人で暮らすようになったとしても、家でポツンと一人でいる事に寂しさや不安もあるみたいだよ。オレもお父さんが死んでから二週間もしないうちに、もう41才になっちまった。知ってのとおり結婚も出来なかったし、今後も人の親になれそうも無いから、残念だけど本当の意味でお父さんの気持ちは一生わかってあげられないと思う。
お父さんは息子が一番に欲しくて、お母さんが妊娠した時に男の子が欲しいと一生懸命祈ってくれたんだよね。オレが無事に産まれた時も手足の指がそれぞれ五本あるかを真っ先に確認したんだってね。
お父さんが商売で失敗してから、何百万もオレは借金を肩代わりしてきた。何度も経済的に苦しい状況になって、それでもお父さんは酒に飲んだくれててさ。自分でもどうしようもなかったんだろうけど、周りを見渡してもそんな友人は一人もいなかったから他人が羨ましくって仕方なかったよ。オレも今まで一生懸命やってきたけど、結果オレ達は松戸と足立の家を二回も失ってしまったな。晩年はお父さんとお母さんに生活保護を受けさせてしまった挙げ句、こんな田舎に住まわせて申し訳なかったと思ってるけど。
まだ東京でオレが仕事をしている時にお母さんには内緒でお父さんが入院している病室に見舞いに行った時に、今後の家の事を話し合ったのがオレ達の二人だけの会話が最後だったな。あれから結局お父さんはオレとお母さんに何も言葉を残さずにいっちまったけど、こちらに来て毎日家のベッドで寝たきり何を考えていたの?
オレもアパートの部屋で夜中に眠れなくって、手首にカッターの刃をあててみたけれど怖くて刃を引けなかった。人が死ぬ時ってどんな気持ちなんだろう?
オレが喪主になって葬儀を執り行って火葬場に行って、お父さんが灰になっちまうまで、あっという間だった。お父さんの遺骨をオレが抱いて火葬場を出る時に、小さな棺桶がお花模様のシーツに包まれて入れ替わりに入ってきたけれどまだ小学生くらいなんだと思う。お母さんらしき人が遺影で顔を隠しながらすれ違ったけれど、あれは可哀想だった。
今までも、今この瞬間もオレとお母さんは毎日辛い思いをしている。オレの右手はマメだらけになってしまって手を握るのも痛い。何も手に入れられず全てを失ってしまってお父さんを恨む気持ちもあるけど、オレはお父さんとお母さんに親孝行しようと必死だったよ。
オレが結核で入院してた時も毎週二人で日曜に見舞いに来てくれたね。
入院と治療のストレスから怒鳴って帰らせた事もあったな。あの時はごめんな。
昔オレが子供の頃「お前がお母さんを守れ」とお父さんから言われたけれど、オレも今の状況をどうにかしたいと思っているけれど、もうどうしたら良いのかわからないよ。
こんなオレでもせりなは「おじちゃん大好き」って言ってくれるけど、思えばあの子が産まれた頃がオレ達家族が一番幸せな時期だったのかもな。お父さんの残した借金やオレ達家族の自己破産もいまだ裁判所から連絡の無いまま進んでいないよ。
きっと今の状況が落ち着くまで、まだまだ時間がかかると思う。お父さんの事を許すのも時間がかかるかもしれない。
でも時々思うよ。もっとオレの持っている映画のDVDを家族で見せてあげたかったなって。
それに毎日、手を合わせてる時に感謝の気持ちだけに早くなりたいと願っているんだ。
どうすれば良いのだろう?
今どこを進んでいるのだろう?
わからない
全ては闇の中
そうですね。世間の人は悪く言うでしょう。誰が悪いとか誰の性とか‥そんな事関係なく、人にはどうする事も出来ない‥どうしようも無い事って起きてしまうのです。


原作読んでみよう。
映画。なんだか‥自分の事が重なる
まるで…そう言われてるようで、、
オレの預かり知らぬ事を掘り下げて調べて、文書に起こす。あまりの無計画性に知れば知るほど憤る。
搾り取るだけ搾り取って、もう何の役にも立たなくなったら勝手にすればって‥あまりにも非道すぎね?自分が一番の被害者みたいな事言うけど、それは自分が選んだ道でしょ?心根にそれがあるからオレはムカつくんだよ。愛を感じねーよ。少しは申し訳ないと思わないの?買う時だって目先の事しかねぇーし、今だって自分の事しか頭にねーのな。
あまりに不便で過去にタイムスリップしたみてーだ(泣)