今年の1月、こんな記事を書きました。
 
 
ざっくり要約すると、
「自分は聾(ろう)者ではない」という主張です。
 
 
その背景には、
「まだ聞こえている」「元々聞こえていた」
といった謎のこだわりとプライドがありました。
 
 
・難聴
・聾
 
 
自分はどちらなのだろうか。
何者なのだろうか。

 

 

傍から見れば些細な葛藤かもしれませんが、
アイデンティティの問題は非常に重要なのです。
 
 
この視点なしに、
聴覚障害を理解することはできないと思います。
 
 
 
 
【難聴と聾の違いは何なの?】
 
 
この疑問が膨れ上がったのは約2年前。
 
 
手話サークルへ頻繁に通い始め、
年齢や性別を問わず、
様々なろう者と出会ったのがきっかけです。
 
 
僕より聞こえている、
あるいは同じくらいの聴力の人が、
自分を「聾」と言う人がいる。
 
 
一方で、
聾と言っている人が、
実は少し聞こえていることもある。
 
 
さらには、
ろう学校出身なのに難聴と名乗る人もいる。
 
 
当時の僕には、あまりにも衝撃的でした。
 
 
なぜなら、
以下のような固定観念をもっていたからです。
 
 
---------------------------------------------------------
少しでも聞こえている = 難聴者
聞こえていない = 聾者
ろう学校に通うのは = 聾者
---------------------------------------------------------
 
 
その後も多くの人と出会い、
様々な価値観や考え方に触れる中で、
次第に僕の意識も少しずつ変わってきました。
 
 
しかし、
長い間「難聴」というこだわりを捨てきれず、
「難聴」と「聾」の狭間を彷徨っていたのです。
 
 
そして、
今年の終わりに差し掛かった今。
 
 
両者の線引きというものに、
強いこだわりをもたなくてもいいのではと、
感じるようになってきました。
 
 
例えば、
自己紹介で「難聴」と言うのは、
長年の癖なんだなと。
 
 
聴力が下がり始めてから手話に関わるまで、
僕は「聾」よりも「難聴」という言葉に
触れる機会が圧倒的に多かったのです。
 
 
つまり、
長年「難聴者」だと信じ続けてきたために、
「聾」と名乗ることに不慣れで違和感があるのです。
 
 
自分が
「難聴者」だと思えば、難聴。
「聾者」だと思えば、聾。
 

 

自分の心が決めるものであり、
そこに明確な定義は不要なのです。




さて、今回は以上です。


これからも経験を積む度に、
価値観が変わっていくと思います。