僕は、とある難病による中途失聴者です。
まず前提として、
僕の自認は「ろう」ではありません。
ところが、
ろう者の方に「聴覚障害2級」と伝えると、
「じゃあ君『難聴』じゃなくて『ろう』じゃん」
と言われた経験が何度かあります。
というのも、
身体障害者手帳の障害等級には、
このような記載があるからです。
【聴覚障害2級 = 全ろう】
これは、あくまで、
福祉サービスの提供に用いる、
行政上のものさしに過ぎません。
個人の心のあり方を表すものではないのです。
もし、
心のあり方を等級で決めるのだとしたら…
聴覚障害2級未満のろう者に、
「あなたは『ろう』ではなく『難聴』」
と言うのと同じことになってしまいます。
心のあり方は、
本人が決めるものだと思っています。
さて、
ろう者と言えば、
手話を思い浮かべる方が多いのではと思います。
僕は4年半前から手話を学び始めました。
当初はかなり意欲的でしたが、
今は気が向いたときに関わるくらいで、
落ち着いています。
なぜなら、
生活の中で必要な分だけ使えれば、
それで満足だと感じているからです。
少なくとも、
僕は生後20年弱は聴者だったため、
心は「ろう文化」に染まっていません。
そのような中で、
「君もろうだよね?」と手を差し出されるたび、
どう説明すればよいのか迷います。
自分の中では答えが出ているはずなのに、
それを穏やかに説明するのが難しいのです。
ろう者の方々に対して、
喧嘩腰にならず波風を立てず、
平和に済ませる方法はないのでしょうか。
これまで、
「僕はろうではありません」と言うと、
相手が少しムッとしたことが何度かありました。
「自分の心の様を答えただけなのに、
何故だろう?」
毎回そのように考えていましたが、
相手に「誇りを傷つけられた!」と
感じさせてしまっていたのかなと、
勝手に腑に落ちました。
僕が「ろう」と言わない理由の一つは、
僕は難病で、
聴力以外に様々な大変さを抱えているからです。
「あなたは、
スポーツができたり、肉体労働ができたり、
体は自由に動かせますよね?」
そのような、
攻撃的とも受け取れる言葉が、
頭をよぎることがよくあります。
口に出したことはありませんでした。
昨年、デフリンピックがありましたが、
僕は無意識に観るのを避けていました。
一般のスポーツ観戦は何も思いませんし、
卓球はよくYouTubeで観ています。
(背中や腰に痛みが出てしまうため、
自分が卓球をするのは去年やめましたが、
観戦は好きです)
次回からは、
伝え方に工夫が必要ではあるけれど、
病気・身体面で説明してみようと思っています。
ただ、
それで説明しきれるとは思いません。
ところで、
僕は、長年の習慣で「難聴」と言うけれど、
「自分は難聴?」とも感じています。
今更ですが「難聴」って何でしょう?
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「聴」くのが「難」しい
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そのまんまじゃん!
その一方、
「聾(ろう)」という言葉には独自性があります。
(聾について僕は語れないので、
説明は省略)
とはいえ、
どちらも“聴くことが難しい”という点では
共通しています。
・・・?
※
「難聴」に代わる、新たな言葉ができるといいね。
だって、
あまりにも機能説明そのものだから。
心のあり方を表現する言葉として、
「難聴」は適切なの?
そのようなことを、最近ぼんやり考えております。
<2024年12月の記事>